五番勝負! 中編
それではルールの説明をしよう。
勝負はディラン一人と俺、ミーナ、ミコさん、リース、コヨミの五人による五番勝負。五回戦に分けて、先に三勝した方が勝者となる。
対戦方法は、予め用意した箱の中にある紙から一枚だけ取り出し、そこに書かれてあるお題を実行するという形式だ。これならお互いに得意分野が必ずしも来るとは限らず、フェアな勝負をすることができる。
中には審査員が必要になるお題も紛れてるとのことで、その時は公平な審判としてウニ助が勤めを果たすことになっている。事情が事情ではあるが、こういう時でもウニ助は冷静な判断ができる器量を持っているので、それを小一時間かけて立証しようと俺が身を乗り出そうとしたが、ディランは文句一つ言うことなく承諾していた。
そして舞台は再び敷地内のグラウンド。沙羅さんの命運が左右する勝負の幕が開く。
「えー、それでは長らくお待たせ致しました。さぁ、一体僕達の母親であるサーたんはどうなってしまうのか? サーたん宗教団体の妻となるか、はたまたここに滞在して皆の母親として生き続けることになるのか。サーたんの命運を巡る五番勝負……名付けてサーたん争奪戦の開幕です!」
「「「「「うぉおおおおお!!!!!」」」」」
うるせぇ奴らな上に、何かあそこにノリノリのウニ野郎がいるんだが? 舞台セットまで律儀に用意されてるし? 誰だよ用意した奴……。
「司会は僕が勤めます、サーたんの息子の一人でありますウニ野郎と」
「その助手であります、サーたんがお送りいたしまーす♪」
良いのかそれで? アンタはそれで満足なのか? 一番事態に巻き込まれてる人が呑気でどうするよ?
「ここまで本格的になってくると燃えてくるものがあるわね。敗北は許されないわよ、やっさん」
「分かってるけどさぁ……このテンションのせいで興が削がれちまうんだよ」
「言ってる場合でもないだろう。この勝負の敗北者は死に直結することに等しいのだからな」
「俺は命を賭けるまでの覚悟を持って挑もうとした覚えはねぇよ!」
短気組はやる気充分……というか無駄にやる気に満ちているようだ。熱気が目に見えるかのように暑苦しい。更に言うなら、ぶっちゃけ鬱陶しい。
「えー、それでは早速勝負に移りたいと思うんですが、サーたんチームの先鋒を決めてください」
そういえば出る順番とか決めていなかったっけか。別に拘りとかないし、俺が出場せずに三勝してくれるなら願ったり叶ったりなんだが。
「どうしましょうか? まずは決めやすい大将から決め――」
「無論、それは私の役目だろう」
「何言ってんのよ。私に決まってんでしょ」
うん、分かってた。絶対この二人が火種となってもめることになるくらい。もうお約束と言っても過言じゃない。
「また貴様か馬の尻尾。身の程を弁えろ雑魚め」
「あ? 雑魚はそっちでしょ? アンタにゃ一本槍持った玉砕覚悟の歩兵がお似合いよ」
「おぉっと~? サーたんチームが戦う前から険悪な雰囲気に~?」
バリバリと視線の火花を散らす犬と猿。これじゃ勝負する前に仲間割れして不戦敗になっちまう。戦わずして勝つなら良いが、負けるとなれば俺のプライドが許さねぇ。
「ちょっと待てお前ら。少しは冷静になって考えてみろ」
「何だ愚人。貴様は黙って兵糧庫でも守っていろ」
「ここは戦場なのよ。戦う気がないなら台所で塩味効いたおにぎりでも握っていなさい。具は適当で良いから」
「さりげなく腹減ったアピールすんじゃねーよ。そうじゃなくて、お前ら本当に大将で良いのか?」
「何? どういうことだ?」
「あのなぁ……仮にお前らが大将と副将を勤めたとしてだな? それでもし俺、ミコさん、コヨミが三勝したらどうなる? お前らは戦わずして勝ったことになるんだぞ?」
「「………………」」
こいつらはただ戦いたいためだけにこの勝負に参加した節がある。ならそこを突けば、いとも容易く落ちるだろう。
「お前らはそれで良いのか? それなら先鋒から出て好きなだけ暴れた方が良いんじゃ――」
「先鋒は私がやるわ! あの野郎の顔面に一撃叩き込んでやるのよ!」
「引っ込んでいろソーラーパネル。貴様はその貧相な胸に日光でも当てていろ。少しは効果があると聞いたぞ」
「え? マジで? 植物が光合成によって成長する原理みたいな?」
「よし、ジャンケンするからテメーら一生黙ってろ」
それから俺は、批判の声しか上げない戦闘狂共を黙らせ、五人同時にジャンケンで順番を決めた。その結果、先鋒がコヨミ、次鋒がミコさん、中将がリース、副将がミーナ、そして大将が俺となった。
上手くいけば一番楽して勝てるポジションでもあり、下手をすれば一番面倒なことになる位置付け。せめて先の三人で全勝してくれることを祈ろう。
「それでは順番が決まったところで早速いきましょう! 先鋒のコヨミさん、ステージにお上がりください!」
「ふふふ……軽くシゴいてやるとするかのぅ。流れをこっちに引きずり込んでやろうではないか」
根拠のない自信を抱きながらステージに上がるコヨミ。相反するディランは、コヨミを一目見た途端に鼻で笑っていた。
「やはり最初は捨て駒か。五番勝負の王道とも言える」
「おいおい、お主は人を見掛けで判断するのかのぅ? 甘く見ていると痛い目を見ることになるぞ?」
「有り得ないな。何故ならこの勝負は私の圧勝で終わるのだから」
「むほほっ、高ぶらせてくれる発言じゃのぅ~」
決して相手の挑発に乗ることなく、むしろ偉そうな物言いに頬を高揚させている。なるほど、あいつMだったんだな。
「それでは一回戦! 気になるお題の方は――これだ!」
司会進行のウニ助――野郎が箱の名かを弄り、お題の紙を抜き取って上に掲げた。そしてステージにセッティングされてある巨大モニターにそのお題が表示された。
『――ゲロ猫プロジェクト――』
「うわぁ…………」
ここでそれを持ってくるのか。てっきり捨てネタだと思っていたんだけどなぁ……。
どう見てもマイナーな奴しかやっているとは思えないソーシャルスマホゲーム。これがお題の一つとしてリストアップされているのはどう考えても不自然だ。つまり何を言いたいのかと言うと――
「ぐふふ……ワシの時代到来……」
あの野郎、まだ残りの神通力を残していやがった。「してやったり……」みたいなあの笑みが何よりの証拠。後で確実にシバき倒しておこう。
「それではルールを説明……というよりも、まずはこのゲームの説明からした方が良いのかな?」
「それならワシが説明しよう。せめてものの情けじゃ」
ウニ野郎からマイクを奪い取ると、人の金で勝手に買いやがったスマホの画面を見せびらかす。画面が小さいから他の奴等に何一つ見えていないというのに、やっぱり根本的なところであいつは馬鹿だ。
「これはプレイ人数が百人も満たないという幻のクソゲーじゃ。この『むにゅコン』という、指一本で全てを操れるシステムを用いて、キャラクターを直接操作して敵を倒すというアクションゲームじゃ。こんなところかのぅ?」
「はい、コヨミさんご丁寧な解説をありがとうございました~。それでは、改めてルールを説明致します。サーたんさんどうぞ」
「は~い♪」
笑顔で返事を返すと、同時に観客のキモオタ共から声援が上がる。ライブ会場じゃねーんだから自重しろよ。ここが住宅街だということお構い無しか。
「ルールは至って簡単です。お二人共がプレイしている前提で進行し、超高難易度のクエストを先にクリアした方が勝利になります」
ということは、これは完全にコヨミが有利だということか。マイナーなゲームだと言っていたし、余程の物好きでない限りプレイしている奴はいないだろう。
卑怯だとは思うが、今回は話が別だ。楽に勝負に勝てるのであれば、それに越したことはない。
「ふふふ……ワシはレアキャラを揃いに揃えて、それなりに腕も上げている。一回戦から運がなかったのぅお主」
「…………」
自信満々な姿勢とコヨミ。そして急に寡黙になるディラン。正々堂々という概念から外れた勝負が開始された。
~※~
――数分後。
「勝者、ディラン!」
絶対的有利と思われた勝負は、コヨミの敗北で終えられた。
「オタクを嘗めるなよ捨て駒。私達はありとあらゆるゲーム、アニメ、フィギュア、等々においてのスペシャリストだ。数日程度で身に付けた知恵と実力など付け焼き刃に過ぎないんだよ」
「…………」
3の口になって目を丸くしているコヨミ。負けたショックが堪えているのか、それとも事を深く捉えていないからの反応なのか……。
とぼとぼ歩いてステージ上から戻ってくると、負け犬は「フッ……」とリースお得意の笑みを浮かべる。
「にーちゃん……ワシはどうやら一つの盲点に気付いておらんかったようじゃ」
「……一応聞いておこうか」
「なーに簡単なことじゃ。確かにワシは数多くのレアキャラを所持していたが、所詮はそれだけのこと。どんな優れた機種であったにせよ、それを操縦するパイロットが未熟であれば充分な力を発揮できん。それにキャラのレベル自体も完全ではなかったしのぅ。つまり……」
そして負け犬はペロリと下を出し、利き腕である右手の掌を額に付けた。
「ワシの完敗じゃな! ごめーんち☆」
ドゴォッ!!
「ごふっ!?……で、ですよねぇ~……」
腹に重い一撃を放ち、用無しの敗北者を処分した。人に迷惑を掛けた上に挽回する場も使えぬゴミに価値はない。
「どどどどうしましょう旦那様!? 早速負けてしまいましたよ!?」
「どうするもこうするも……流れを取り戻すには、次の勝負でミコさんが取り返すしかない」
「無理です無理です! あんな強そうな人にどうやって勝てば良いと言うんですか!? 私なんかじゃ指で摘ままれて真っ二つにされて終わりですよ!」
まさかコヨミが負けるとは思ってもいなかったのか、自分の勝負が重大な一戦に変わってしまったプレッシャーにより、あれやこれやと慌てふためくミコさん。
だが、ここまできて敵前逃亡などさせるつもりはない。平和主義者のミコさんには酷な話だが、どうにか頑張ってもらうしかない。
俺は冷静さを欠いているミコさんの両肩をガッチリと掴み、頬が赤くなるのを堪えて瞳の奥を見通すように真っ直ぐと見つめた。
「落ち着くんだミコさん。あくまで勝負形式はランダムなんだから、その勝負によってはミコさんが有利になる場合もある。可能性はゼロじゃないんだし、自分の運を信じるんだ」
「うぅ……わ、分かりました……で、でももし仮に負けたとしても暴力だけはご勘弁を!」
「あぁ、あれは例外だから気にしないで。責めることはないから、肩の力を抜いて行ってきなさい」
「そ、そうですか。よーし……旦那様の期待に応えるためにも頑張らないと……」
多少は不安感が取れたのか、少し表情が柔らかくなったミコさんがステージ上へと上がっていく。
「大丈夫なのあの娘? 温厚な人っぽいし、こういうことには不向きなんじゃないの?」
「まぁ見てろってミーナ。もしかしたらだが、意外な一面を露にするかもしれないぞ?」
「ふーん……アンタがそう言うなら信じてあげた方が良いかもね」
「当然だ。ミコさんのステータスを甘く見るなよ?」
何となくだが、ミコさんはあいつに勝つような気がする。ただの勘だが、こういう時の流れって二回戦目は勝つのが自然体みたいな?
「えー、それでは続いて二回戦に参りましょう! ミコさん準備は宜しいでしょうか?」
「ちょ、ちょっと待っ――きゃっ!?」
ウニ野郎に急かされて慌てたのか、ディランの方に駆け寄る最中に転んでしまうミコさん。
天然な上にドジっ娘……か。普段ならぶっ飛ばしたくなる女の部類だが、何故かミコさんならそれが許せてしまう。いやむしろその……萌える。
「あの娘、萌えだな……」
「狐耳萌え……」
「ハスハス……ドジっ娘ハスハス……」
「ゴルァッ!! ミコさんを下心の目で見てんじゃねぇぞキモオタ共がァ!! その濁った目玉に洗浄液を掛けられてぇかァ!? あァ!?」
「何で急にキレてんのよアンタ? そういうアンタも変な目で見てたでしょーが」
「は? あんな奴等と俺を一緒にするんじゃねぇ!」
俺は決して邪な目でミコさんを見ていない! これはあれだ! 子供の晴れ舞台を陰ながら見つめる運動会の日の父親のそれだ! 下心ではなく親心だ!
「それでは二回戦目です! そのお題は――」
俺が一人暴走している間に勝負が進行していき、また一枚の紙が取り出された。
『――百マス計算――』
思い出されるは小学二年生の算数時間。そんな時期が俺にもあった……。
「ふむ、百マスか。これは家事狐に有利なのではないか?」
さっきまで大人しくしていたリースが徐に口を開いた。
でも確かにリースの言う通りかもしれない。何せ、ミコさんは家事においてのエキスパートだ。実は家計簿を書いたりしてくれている人だし、勝利の望みは充分にあるはずだ。
「ルールはもうお分かり頂けていると思いますが、勝敗は速さと正確さで判断します」
「どちらがより速いか。そして暗算の間違えなく答えられているか。ジャンルは足し算で、一問ミスをするとペナルティとして五秒プラスしてしまうので気を付けてくださいね~♪」
シンプルな足し算となると、これは頭の回転よりも記入する速さが重要になってくるかもしれない。
ミコさんは計算が得意とはいえ、記入の速度は未知数だ。多分、普段のミコさんからして急かされる類いのものは苦手と見た。何処か抜けている人だし、勝てるのかこれ?
「悪いがこのまま二連勝させてもらう。お前の勝率はゼロだ」
「うぅ……で、でも私も負けられないと言いますかその……」
「はっきりと物を言え!」
「ひゃうっ!? ごごごごめんなさい!」
まずいな……あのキモオタの威圧で気圧されてしまっている。あのまま勝負したとなると、怯えている気持ちに負けて計算どころじゃない。
何か手は……何でも良いから何か良い手はないか……?
「……やれやれ、仕方無いわね」
「は? ミーナ?」
急に呆れて首を振るミーナ。すると否や、大きく息を吸って、
「ミコ~! もし勝負に勝ったら、やっさんが何でも好きな望みを一つ叶えてくれるって言ってるわよ~!」
という勝手なことを言い放った。相手がミコさんだから良いものの、その程度のことでミコさんが変わるなんてそんな――
「……いつでもどうぞ。私は準備オーケーです」
「な、何?」
セッティングされた椅子に座り、鉛筆を持った瞬間にミコさんの雰囲気が豹変した。その変わり様にディランも思わず焦りの一言を漏らしていた。
そしてそれは俺も同じこと。さっきまであたふたしていた狐が、冷静沈着な鷹のように様変わりした瞬間を見て唖然としてしまった。
「それでは準備は宜しいですね? それでは――始めっ!!」
シュバババババッ!!
「こ、これはまた……凄いわねあの娘」
ウニ野郎の合図と共に書き始めたのだが、なんか物凄い音が聞こえてくる。ただ紙に数字を書いてるだけなのに、まるでキャベツを光速で千切りにしているかのようだ。
「ば、馬鹿な!? こんなの勝てるわけが――」
ポキッ
「ハッ!? し、しまったぁ!」
今度はミコさんの速度にディランが気圧されてしまい、焦りのせいで鉛筆の芯を折ってしまう。百マス計算において致命的であるそのミスにより、勝敗は明らかなものとなった。
そして二回戦が開幕してから約三十秒後。ミコさんは静かに机の上に鉛筆を置いた。
「終わりました。採点お願いします」
「速いですね~ミコさん。それでは少し拝借致します」
ウニ野郎がミコさんから紙を回収すると、助手である沙羅さんに手渡され、赤ペンチェックが入る。あの速さだと間違えの一つや二つがあってもおかしくはないと思うが……。
「うん……うん……はい! 見事満点ですね! 良く頑張りましたねミコちゃん」
「あっ……ど、どうもありがとうございます……」
照れた様子を見せながら沙羅さんに頭を撫でられる。そこでようやくミコさんの雰囲気がいつものそれに戻っていた。
つーか、あの速さでパーフェクト? 能ある鷹は爪を隠すと言うけど、まさかミコさんが本気になるとこれ程とは思わなんだ。
「試合終了! 勝者、ミコ!」
ミコさんの意外な才能が発揮されたことにより、俺達は一点取り返すことができた。




