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Crazys!  作者: ノンアルコール
C,1 Trash City Metro.
3/65


 *


 メトロキングスのアジトに併設されて建てられた倉庫の入口には、申し訳程度にぶら下げられた電球の光に照らされて、オレンジ色に塗られていた。昼間ほど埃っぽくないメトロだが、巻き上げる砂塵に代わって夜の闇が視界を遮る。

 加えて、コーリン駅の付近は、人も少なく街灯すら頼りない。電球の光が奪われていまったら、一瞬で真っ暗闇になってしまうだろう。

 倉庫の前には、アサルトライフルを携えた見張りが三人いる。夜なのにサングラスをかけて、煙草を吹かす、いかにもギャングの風体である。

 ジリジリと、見張りたちの頭上の電球が僅かに点滅し、視界がぼやける。そろそろ変えどきか、と、一人の見張りが頭上の電球を見上げた時、傍で声が上がった。

「何だテメェは!」

 傍に居た仲間がライフルを構えたことで、電球を見上げたギャングともう一人の見張りも、状況は把握できていないものの反射的に仲間がライフルを構えた方向に銃を向けた。

 銃を向けた先には、一人の男が立っていた。色褪せたカーキ色のフード付きロングコートを着て、顔に防毒マスクをつけた背の高い男である。

 防毒マスクの男は、無言でコートのポケットに両手を突っ込んだまま、じっとこちらを見据えるかのように立っている。

「何者だおい! 聞こえてんの…」

 ギャングの一人が吠えた時、パン、とガラスが割れるような音が響いて、ギャングたちの視界は暗転した。電球の真下にいた男に、薄いガラス片が零れ落ちる。電球を破壊されたのだ。視界は奪われた。

 それに気付いた時、連続した発砲音が鳴り響いた。

「ギャアァ!」

 傍で悲鳴が上がる。まずい、撃たれている。不穏を察知したギャングは、銃を抱えて転がる様に傍に並んだドラム缶の物陰に身を隠した。上手く、銃弾を避ける事は出来たようだ。

「クソッ!なんだって…ぐふっ!」

 もう一人の仲間の悲鳴が上がる。暗闇で何も見えないが、状況は芳しくない事は良くわかる。

 物陰に身を隠したギャングは、アサルトライフルを抱えながら見えない敵に震えた。明かりが消える前、一瞬だけ姿を見せたあの防毒マスクの男の仕業だろうか。だが、頭上の電球を破壊された時、あの男が発砲した様子はなかった。スナイパーがいるのか、いるとしたら、どこに。

 男は、脳味噌を回転させて考えるも、考えたところでスナイパーの位置を特定できるわけではない。男は、どこから飛んでくるかも知れない銃弾に震えながら懐の通信機を取りだした。

「き、緊きゅ…」

 応援を呼ぼうと、通信機のスイッチを入れながら、震える声を発した瞬間、手の中にあった通信機が、爆発する様にして粉微塵に破壊された。通信機を握った手のひらに、丸い風穴があく。ドクドクと血が流れるが、痛みよりも先に、見えない敵への恐怖で感情はいっぱいになった。

「う、う、うわあああああ!」

 男は雄たけびを上げる。次の瞬間、ゾッとするような気配が背後に現れた。背後に顔を向けると、大きな手が男の目の前に迫っていた。

「ひっひいいいいい!」

 男は、その大きな手のひらに頭部を掴まれ、軽々と持ち上げられる。もはや情けない悲鳴を上げるしかなかった。闇夜に浮かぶようにして現れた不気味な防毒マスクに、男は恐怖し顔を歪める。

 ギャングの男を軽々と持ち上げた防毒マスクは、男の頭部を掴んだまま勢い良く目の前のドラム缶の角にそれを叩きつけた。

 グシャ、という嫌な音がして彼のコートやマスクに血が飛び散り、汚い悲鳴を上げていた男は、それっきり動かなくなる。


 防毒マスクの男、ツキシマは、マスクについた返り血を指で拭うと、無言のまま手に掴んでいたギャングを地面に落した。

 辺りは暗いが、常人以上に夜目の効くツキシマにとっては困ったことではない。電球と通信機を破壊したのは、カグラだろう。どこにいるのか、姿はツキシマからは見えないが、近くに居る事は確実なようである。

 そう考えると、ツキシマは、見張りたちが守っていた倉庫の入り口に向かった。銃声が上がったのだ。騒ぎを聞きつけたギャングたちが、迎撃の準備をしているかもしれない。ならば、こちらも全滅させる勢いで討たなければなるまい。

 ツキシマは、両手にリロードが完了したハンドガンを構えると、倉庫の硬い鉄の扉を力押しで蹴破った。


 *


 倉庫の屋根の上から、電球と通信機を狙撃したカグラは、ゴーグルを外して倉庫内に入るツキシマを見つめた。

 変な物を見た。

 暗視スコープがあるからこそ、カグラもミスすることなく通信機を撃ちぬけたあの暗闇で、ツキシマは迷うことなくギャングたちに照準を定め、ドラム缶の影に身を隠したギャングさえも捕まえてしまった。夜目が利く、という次元の話ではないだろう。

 それに加えて、あの馬鹿でかいハンドガンの連射を、反動など気にするまでも無く、なんでもない物のように自由に扱っていた。しかも二丁。人間ができる技だろうか。

 ぞわり、とカグラの背に冷や汗が流れた。

 もしかしたら、自分はとんでもない化け物と手を組んだのではないだろうか。そう考えると、カグラの『賞金八〇〇万E一人占め作戦』も、そう簡単なものでは無くなる。いや、そう判断するのはまだ早い。闇の中でギャングを捕まえられたのは、気配を察知していただけかもしれないし、ハンドガンは、反動を軽減する代わりに威力が落ちているのかもしれない。

 どちらにせよ、今考えている暇は無い。

 カグラは急いで倉庫の二階に続く窓から倉庫内に侵入した。


 *


 ツキシマが扉を蹴破った先は、だだっ広い倉庫だった。至る所に荷物が積み重ねられており、その影からギャングたちが迎撃の準備を整え、アサルトライフルの銃口をツキシマに向けていた。

 ギャング達の壁を越えた向こう側に、一枚の扉が見える。更に奥の倉庫へ繋がる扉の様だ。恐らく、フィッシャー・カーンもそこにいるのだろう。

「撃てええええ!」

 ギャングの一人が叫んだ。入り口で棒立ちしていたツキシマに、一気に鉛玉が注がれる。ツキシマは、慌てて傍の荷物の物陰に身を隠した。

 こうも一斉射撃を受けては、身動きが取れない。被弾覚悟で突っ込むしか方法は無いが、ギャングたちを撃つ前に四肢が四散してしまう。

 背中から、甲高い音を立てて弾丸が荷物に着弾する音が聞こえる。なんという無駄弾か。いや、荷物が着弾ダメージのせいで防護壁の意味が無くなれば、意味はあるかもしれない。だが、それはツキシマにとっていただけない展開である。

 ツキシマは、様子をうかがう為に、荷物の上からそっと顔を出した。銃口を向けてくるのが、ざっと見て五人。多めに見積もって七人ほどだろう。右に二。左に三。正面にも二、といったところか。銃弾の嵐が激しくなったので、ツキシマは慌てて頭を引っ込めた。

 さて、どうしたものか、と、ハンドガンのグリップを握り締めながら考えていると、突如変化が訪れた。

「うわぁ! 撃たれた! スナイパーがいるぞ!」

 一瞬、ギャングの焦る様な声と共に銃弾の嵐がやむ。

 その瞬間、ツキシマは考える暇も無く動き出した。壁となっていた荷物を飛び越え、先程確認していた標的に向かって銃口を向け、空中で引き金を引く。姿の見えないスナイパーを探すため、間抜けにも顔を出して上を見上げていたギャングの顔面に、ツキシマが放った銃弾が着弾。頭部が吹っ飛んで、血と脳味噌が飛び散った。

 ツキシマは、狙った標的の生死を確認することなく、地面に着地すると同時に地を蹴って走り出す。銃口を前に向け、絶える事無く引き金を引いた。

 連続的な発砲音が響き、銃弾を受けたギャングが踊る様にして宙で回転する。ツキシマが撃つほかにも、ツキシマの背後から飛んでくるライフルの弾に、愚かなギャングたちが頭部を撃ち抜かれた。前方と上空の敵に、少数のギャングたちは狙いを失い、次々に倒れて行く。

「クソッ! おい! クリーチャーを放て!」

 弾丸を免れたギャングが、背後で待機していた仲間に向かって叫んだ。ギャングの声に呼応するように、扉が開いて猛獣のような鳴き声が響く。

 獣の様な四足歩行。ピンク色の皮膚の様な身体に長い尻尾。人間の様な頭部には、眼球は無く、鼻も無い。代わりに、大きく裂けたクチに鋭い牙と爪が凶悪に光る。

 クリーチャーだ。十体ほどのクリーチャーが、叫び声を上げながら飛び出して来た。

「化け物共! あいつを食い殺せ!」

 銃を構えていたギャングは、クリーチャー達に向けてツキシマを指差して指示しながら、姿勢を低くしてクリーチャー達が入って来た扉に走る。

 ギャングの指示通り、化け物染みた雄たけびを上げるクリーチャー達は、あっと言う間にツキシマを囲み、長い舌を垂らして吠えた。

「グルルルルル…」

「ギィィィィィ!」

 ツキシマは、気味の悪い唸り声を上げて自分を取り囲むクリーチャーを、静かに見据える。

 こうも標的との距離が近いと、カグラもサポートの狙撃は簡単ではないだろう。考えている間に、クリーチャーが動いた。

 クリーチャーの動きは素早い。低い知能であるだけ、その身体能力は高いのである。鋭い爪は岩をも砕き、強靭な牙は骨をも噛み砕く。

 数体のクリーチャーが、ツキシマに飛びかかった。

 ツキシマは、両手に握ったハンドガンをクルリと回すと、前方から飛びかかって来たクリーチャーに向けて発砲した。それと同時に、もう片方の銃で、位置を確認せずに横から飛んでくるクリーチャーを撃ち抜く。大口径のハンドガンから飛び出す弾丸は、一般のハンドガンとは比べ物にならない威力でクリーチャーの頭部を破壊した。

 続いて、伸ばされたツキシマの腕に噛みつこうと、牙をむき出しにしたクリーチャーが飛びかかる。前方の敵を撃ち抜くために伸ばされたツキシマの腕は、容易にクリーチャーの牙の餌食となった。

「グルッ!」

 クリーチャーの強靭な牙に捕らわれても、ツキシマは取り乱すどころか声を上げもしない。

 冷静に、片方の手の銃口を、腕に噛みついているクリーチャーの頭に添えて、引き金を引いた。赤い血を吹き上げてクリーチャーの頭部は爆砕し、長い舌を残して地面に転がる。真っ赤な鮮血が、ツキシマの防毒マスクを濡らした。

 四体目は、ツキシマの足首に噛みついた。ごりごりと顎を鳴らして彼の足の肉を食いちぎらんと牙を光らせる。

 それに対してツキシマは、冷徹とも言える動作で乱暴に足を振り、噛みつくクリーチャーの喉を靴の爪先で突いた。

 ゲッ、とクリーチャーが噎せて、床に転がる。ツキシマは、足を上げてクリーチャーの喉を踏んだ。

「グゲッゲゲゲゲゲッ」

 徐々に足の裏に圧力をかけると、ゴキゴキと骨の軋む音がして、クリーチャーは通信機がバグったような悲鳴を上げる。その間にも、ツキシマはクリーチャーに攻撃を続ける。

 様子を覗っているクリーチャーを、九ミリ弾が無慈悲に撃ち抜き、無鉄砲に突っ込んできたクリーチャーを、避けてはハンドガンを握った手で殴り倒す。

 クリーチャーが、その凶悪な牙でツキシマに噛みつこうとも、鋭い爪でツキシマの身体を引き裂こうとも、血がどれだけ流れようとも、彼は動じない。

 ただ、弾丸を発射する人形のように、敵の骨を砕く機械の様に、くるくると回りながら硝煙の匂いを辺りに立ち込めさせる。

 煙が、ツキシマの視界を阻む。だが、その時には既に、彼の周りには血みどろにまみれたクリーチャーの死骸が転がるだけだった。



「なんだ…あれ…」

 倉庫の屋根を支える鉄筋の上で、スナイパーライフルを抱えたカグラが震える声で言った。

 何体ものクリーチャーが、何体ものあの化け物が、まるで飼い主にじゃれつく犬の様にあしらわれ、殺されている。

 クリーチャーの爪は岩をも砕き、クリーチャーの牙は骨をも砕く。普通の人間が、奴らに噛みつかれて、引き裂かれて、立っていられるはずが無いのだ。寧ろ、無事なわけが無い。

 にもかかわらず、ツキシマは、奴らの攻撃を受けても動じない。痛みに声すら上げない。それどころか、一方的にクリーチャーを撃ち殺しているようにも見える。

 人間業じゃない。ここに来て、カグラは改めてそう感じ、そして震えた。


 歓喜に。


 素晴らしい、素晴らしい相方を手に入れた。これはもう、ツキシマを狙撃して、標的の賞金を独り占め、なんて姑息な真似をしている場合では無い。

 アレがいれば、あの強靭で頑丈な盾があれば。これから先、ランクS級の賞金首をごろごろと捕まえる事ができる。大儲けすることができるのだ。

 今、という瞬間の儲けよりも、長い目で見て、ツキシマとコンビを組んで儲けた方が、確実に儲かる。

 そう、金だ。金が欲しい。溺れる様な金が。尽きる事の無い金が欲しい。

 その為の、素晴らしい、素晴らしい計画を今思いついた。

 

 ならば、その計画の第一段階は、当然成功を華として飾らねばならない。

 なんとしても、フィッシャー・カーンを捕える。邪魔する者は、何であろうと撃ち殺そう。


 視界の端で、カグラ同様、ツキシマの人外じみた強さに驚き、カグラと異なり、恐怖したギャングたちが、更なるクリーチャーを倉庫の中に呼び込んだ。

 このままではまずい。ツキシマは、何匹のクリーチャーを相手にしても怯む事はなさそうだが、時間はそう待ってはくれない。早くツキシマを、あの化け物を、奥の扉の向こうへ向かわせねば。騒ぎに感づいたカーンが、逃げ始める恐れがある。

 そう危惧したカグラは、スッと目を細めて意識を集中させてライフルを構え、スコープを覗く。素早く動き、ツキシマに飛びかかり始めたクリーチャーに照準を合わせる。

 野性的な動きのクリーチャーに、小さな照準を合わせるのは難しい。だが、そう言っている場合では無い。

 全ては、金の為に。


 カグラの撃った弾丸が、ツキシマを襲ったクリーチャーの頭を撃ち抜いた。ツキシマが、ハッとしたのもつかの間。同時に放たれたクリーチャーが、次々と額から血を噴き出して倒れる。

「ツキシマ! ここは任せて、奥の扉に行きなさい! その奥に、フィッシャー・カーンがいるはず!」

 カグラは、スコープを覗きながら通信機に向かって声を上げた。通信機からの声を聞いたのか、ツキシマはハンドガンをホルスターにしまい、傍で唸り声を上げるクリーチャーを無視して走り出した。

 それでいい。今の一番の目的は、カーンを生かして捕える事だ。


 カグラは、スコープ越しにツキシマの背中を確認すると、次なる標的に狙いを定めるため、目を細めた。

 恐らく、このアジトには、百体ものクリーチャーが飼われているのだろう。そいつら一匹一匹に銃弾をくれてやっていたら、キリがない。だから、化け物共に指示を与えている人間を殺せばいい。クリーチャーのブリーダーなど、そういないのだから。

 カグラはそう考えると、クリーチャーに指示を与えるため、ドアの隙間から僅かに顔を出したブリーダーを撃った。

 古めかしい、カグラのレバーアクションライフルは、引き金を引く度に大きな反動を起こし、彼女の腕の中で跳ね上がる。引き金を引いた後は、手慣れた動作で金属製の硬いレバーを引き、空の薬莢を薄い硝煙と共に外に飛ばす。

 狙って、撃って、レバーを引く。一連の動作。無駄弾など一発たりとも無く、カグラが放った弾丸は、確実に標的の頭部に突き刺さった。


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