第七章 内部、という言葉
「アマテラス」に戻る途中、三人はしばらく黙っていた。
「内部」と駿が言った。「人間の中に」
「信じるか?」とヨーコが言った。
「お前はどう思う」
「……確認する手段がない。でもオムニアは嘘をついているように見えなかった。感情のないコミュニケーションだったが、隠し事をしている感じもしなかった」
「そういう技術を持っている可能性は?」と甚之助。
「あの技術レベルなら——あるかもしれない」
ガルダ号の窓から「アマテラス」が見えてきた。
いつも通りの、穏やかな光を放つ宇宙ステーション。
十億人が暮らす場所。
「内部に、地球の多様性を壊そうとしている人間がいる」と駿は繰り返した。「それが誰かを特定する前に——もう一度考える必要がある」
「ガーディアンは?」とヨーコ。
「可能性としてはある。でも決めつけはしない。ガーディアンが地球の多様性を壊そうとしているのか、それとも別の意味で『内部』なのか」
「ライに聞くか?」
「タイミングを見る。今は——」
通信音。
クロス少佐からだ。
「オムニアの先遣艦が信号を止めて、後退を始めた。上層部は対話の試みが失敗したと判断している。お前たちが接触したのは知っているか?」
「知っているなら聞く必要はないだろ」と駿は言った。
「……そうだな。内容を共有してくれ」
「重要な情報があった。でも今はまだ共有する段階じゃない。少し時間をくれ」
「理由を聞いていいか」
「情報の出所を確認する必要がある。信頼できると判断してから共有する」
「……わかった」と少佐は言った。「ただし——」
「なんだ」
「上層部がお前たちを探している。あの先遣艦への接触を、何者かが映像に捉えていた」
ヨーコが素早くヘッドアップを確認した。
「ステルスが破られた?」
「ステルス自体は機能していた」と少佐は言った。「でも先遣艦の側から発せられた光が——お前たちのガルダ号のシルエットを浮かび上がらせた。三十秒間だけだが、軌道上の監視衛星に映った」
「誰が見た?」
「EDF上層部。そして——もう一か所」
少佐が少し間を置いた。
「内閣府の特殊観測部門だ。彼らは独自の衛星を持っている。お前たちのガルダ号の形状を、現在解析中だ」
甚之助が舌打ちした。
「正体バレのリスクが上がった」とヨーコが言った。
「急ぐぞ」と駿は言った。「帰ったら対策を考える」
◆
作業室に戻って、三人がテーブルを囲んだ。
「問題を整理する」と駿が言った。「一、ガーディアンが「アマテラス」で活動している。二、オムニアが『内部の敵』の存在を示唆した。三、俺たちのガルダ号が撮影された」
「優先順位は?」とヨーコ。
「三番目が急ぎだ。ガルダ号の形状が解析されたら、俺たちの行動パターンと照合される。正体まで辿り着く可能性がある」
「ガルダ号の改造を急ぐ」と甚之助が言った。「外形を変える。船体形状を変えるパネルを六時間で取り付けられる」
「やれ。ヨーコ、内閣府の解析状況を追ってくれるか?」
「追う。ただし——侵入すれば向こうに気づかれるリスクがある」
「どれくらいのリスクだ?」
「三十パーセント程度。でもそれ以上のリスクを冒さないと、情報が取れない」
「判断はお前に任せる」
「……三十パーセントで行く。外縁からだけを確認する。中には入らない」
駿が甚之助を見た。
「俺は何をすればいい?」と甚之助が先に言った。
「ガルダ号の改造をやりながら——ガーディアンへの対策も考えてくれ。もし奴らが「アマテラス」内で攻撃的な行動に出た場合の制圧手段を」
「わかった。並行してやる」
「二人に全部任せて悪いな」と駿は言った。
「お前は何をやる?」と甚之助。
「ライを探す。正面から話をしに行く」
◆
ヨーコが解析中に、一つ気になることを見つけた。
「駿」
「なんだ」
「内閣府の観測部門——今の責任者が誰か調べたら」
「誰だ?」
「七年前まで、EDF内の宇宙生命体研究部門にいた人物だ。名前は——白峰奈緒。そこまでは普通だが——」
ヨーコが端末を操作した。
「白峰奈緒の研究テーマは、三十年前のオムニア接触記録の解析だった」
駿が止まった。
「つまり——三十年前のことを最もよく知っている人物が、今俺たちを追っている?」
「偶然じゃないと思う」
ヨーコは画面を見ながら、少し眉をひそめた。
「もう一つ」
「なんだ」
「白峰奈緒が内閣府に移籍した理由——EDF時代に書いた論文が問題になった。内容は——」
ヨーコが少し止まった。
「地球の生命多様性が、宇宙的な意味で特異である証明。そして——その多様性を意図的に守る必要性の訴え」
「内部の敵」という言葉が、駿の頭に戻ってきた。
「白峰奈緒は——そのために動いているのか」
「方向性が同じなら——味方かもしれない。でも」
「でも?」
「内閣府の観測部門がどういう意図でこの人物を責任者に据えたかによる。味方が組織の中で利用されている可能性もある」
ヨーコが眼鏡を外してこめかみを押さえた。
「情報が多すぎる。整理が追いつかない」
「休め」と駿は言った。
「休まない——」
「今は休め」
駿の声は静かだった。でも柔らかくはなかった。
「疲れてる状態で判断すると、ミスが出る。俺はお前のミスで誰かが傷つくのが嫌だ」
ヨーコが顔を上げた。
眼鏡なしの素の顔で、駿を見た。
その顔に、かすかな戸惑いがあった。
「……一時間だけ」
「二時間だ」
「一時間半」
「わかった」
◆
ヨーコが仮眠室に入った後、作業台に向かう甚之助が小声で言った。
「お前、ヨーコに優しいな」
「そうか?」
「そうだよ。ここ最近、特に」
駿は答えなかった。
「……お前たちの関係、俺は聞かないようにしてるが」
「聞いていい」
「えっ」
「隠し事じゃないから」
甚之助が手を止めた。「……付き合ってるのか?」
「そういう話をした」
甚之助は少しの間、黙っていた。
それからまた作業を再開した。
「……よかった」とだけ言った。
「それだけか」
「それだけで十分だ」
甚之助の背中が、心なしか満足そうだった。




