第六章 生命の船
オムニアの先遣艦は、近づくほどに異様だった。
表面が脈動している。
まるで巨大な心臓のように、ゆっくりと膨らんでは縮む。色は深い緑と青が混じり合い、光の筋が内部から透けて見える。まるで——本当に生きているようだ。
「有機金属だ」とヨーコがスキャナーを見ながら言った。「金属と生体組織が分子レベルで融合している。こんな技術、地球の科学では百年かかっても到達できない」
「入り口は?」と甚之助。
「正面に、何か開口部に見えるものがある。ただし——扉のように見えるが、実際には生体膜だと思う。触れたら反応するかもしれない」
ガルダ号が慎重に接近した。
ヨーコが生体周波数コンバーターを起動させながら、先遣艦に向けて信号を送った。
「昨夜の量子情報の返信として、俺たちが来たことを伝える。受け入れるつもりなら——向こうが反応するはず」
三秒の沈黙。
生体膜が、ゆっくりと開いた。
「……来いということだ」と駿は言った。
「突入する」
◆
内部は——言葉を失う空間だった。
金属ではない。有機的な素材が、空間のあらゆる面を覆っている。壁が呼吸しているように見え、床は柔らかい弾力を持ち、天井には光の筋が走っている。
血管のように。
神経のように。
「俺、ちょっと鳥肌が立ってる」と甚之助が言った。「意外と怖いな、こういうの」
「私も」とヨーコが言った。「でも敵意は感じない。少なくとも今は」
廊下を進む。
導かれるように、内部の光の筋が特定の方向に向かっている。
「ついてこい、ということか」と駿が言った。
光に従って歩く。
曲がる、降りる、また曲がる。
地球の建築物とは全く異なる構造だ。方向感覚が狂う。でもスキャナーが現在位置を記録し続けている。
そして——空間が開けた。
広い部屋だ。
中央に、何かがいる。
人間に似ているが、人間ではない。
高さは三メートル。半透明の身体から内部の発光器官が透けて見える。四本の腕はそれぞれ細く長く、先端が無数の細い糸のように広がっている。
顔らしき部分に——目がなかった。
しかし、確かに——こちらを「見て」いる感覚があった。
「……」
三人が立ちつくした。
存在が、何かを「発信」した。
音ではない。言葉でもない。
でも——意味があった。
ヨーコが手首のコンバーターを見た。
「……受け取れてる。変換できてる」
「何と言ってる?」と駿が聞いた。
「『ようこそ、三つの火よ』——火、というのは私たちの生命力を指してるみたい」
存在がまた発信した。
「『長い間、見ていた。お前たちは他と違う』」
「何が違う?」
「『他の人間は、我々を見て二択を選ぶ。崇拝するか、排除するか。お前たちは三番目を選ぶ』」
「三番目?」と甚之助が言った。
「『理解しようとする』」
◆
対話は、コンバーターを通じて行われた。
完璧ではない。ヨーコが翻訳の橋渡しをしながら、少しずつ意味を汲み取っていく。
そしてオムニアは——語った。
三十年前、地球に最初に接触しようとした理由。
それは資源でも、植民地化でも、技術の奪取でもなかった。
「『地球には、宇宙が失いかけているものがある』」
「何だ?」と駿が前に出た。
「……変換が難しい」とヨーコが言った。「概念が複雑すぎて、人間の言語に完全に変換できない。一番近い言葉は——」
ヨーコが少し考えた。
「『多様性』かな。生命の多様性。地球は、宇宙の中で異常なほど多くの形の生命が共存している。それは——宇宙的に見て、奇跡に近い状態だ」
オムニアが何かを発信した。ヨーコが受け取る。
「『宇宙は均質化に向かっている。強い者が弱い者を飲み込み、多様性が失われていく。その流れに抗う星が——地球だ』」
「俺たちが気づいてないだけで、そういう話だったのか」と駿が呟いた。
「待って」とヨーコが言った。「まだある」
「『しかし今、地球の多様性を意図的に壊そうとしている者がいる。それは外部の侵略者ではない』」
三人が固まった。
「外部ではない?」と甚之助が言った。
「『内部に——人間の中に——地球の多様性を消そうとしている者がいる。それが我々が今回来た理由だ。お前たちに伝えるために』」
ヨーコが顔を上げた。
眼鏡の奥の目が、駿を見た。
「駿」
「聞こえてた」
「これは——」
「ガーディアンかもしれない」
「あるいは、それより大きい何かかもしれない」
オムニアが最後の情報を発信した。
「『三つの火よ。お前たちの戦いは、今まで外を向いていた。これからは——内を向く必要があるかもしれない』」
船の壁が、静かに脈動し続けていた。




