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第六章 生命の船


 オムニアの先遣艦は、近づくほどに異様だった。


 表面が脈動している。

 まるで巨大な心臓のように、ゆっくりと膨らんでは縮む。色は深い緑と青が混じり合い、光の筋が内部から透けて見える。まるで——本当に生きているようだ。


「有機金属だ」とヨーコがスキャナーを見ながら言った。「金属と生体組織が分子レベルで融合している。こんな技術、地球の科学では百年かかっても到達できない」

「入り口は?」と甚之助。

「正面に、何か開口部に見えるものがある。ただし——扉のように見えるが、実際には生体膜だと思う。触れたら反応するかもしれない」


 ガルダ号が慎重に接近した。

 ヨーコが生体周波数コンバーターを起動させながら、先遣艦に向けて信号を送った。


「昨夜の量子情報の返信として、俺たちが来たことを伝える。受け入れるつもりなら——向こうが反応するはず」


 三秒の沈黙。


 生体膜が、ゆっくりと開いた。


「……来いということだ」と駿は言った。

「突入する」



 内部は——言葉を失う空間だった。


 金属ではない。有機的な素材が、空間のあらゆる面を覆っている。壁が呼吸しているように見え、床は柔らかい弾力を持ち、天井には光の筋が走っている。

 血管のように。

 神経のように。


「俺、ちょっと鳥肌が立ってる」と甚之助が言った。「意外と怖いな、こういうの」

「私も」とヨーコが言った。「でも敵意は感じない。少なくとも今は」


 廊下を進む。

 導かれるように、内部の光の筋が特定の方向に向かっている。


「ついてこい、ということか」と駿が言った。


 光に従って歩く。

 曲がる、降りる、また曲がる。

 地球の建築物とは全く異なる構造だ。方向感覚が狂う。でもスキャナーが現在位置を記録し続けている。


 そして——空間が開けた。


 広い部屋だ。

 中央に、何かがいる。


 人間に似ているが、人間ではない。

 高さは三メートル。半透明の身体から内部の発光器官が透けて見える。四本の腕はそれぞれ細く長く、先端が無数の細い糸のように広がっている。

 顔らしき部分に——目がなかった。

 しかし、確かに——こちらを「見て」いる感覚があった。


「……」

 三人が立ちつくした。


 存在が、何かを「発信」した。

 音ではない。言葉でもない。

 でも——意味があった。


 ヨーコが手首のコンバーターを見た。

「……受け取れてる。変換できてる」

「何と言ってる?」と駿が聞いた。

「『ようこそ、三つの火よ』——火、というのは私たちの生命力を指してるみたい」


 存在がまた発信した。

「『長い間、見ていた。お前たちは他と違う』」

「何が違う?」

「『他の人間は、我々を見て二択を選ぶ。崇拝するか、排除するか。お前たちは三番目を選ぶ』」

「三番目?」と甚之助が言った。

「『理解しようとする』」



 対話は、コンバーターを通じて行われた。

 完璧ではない。ヨーコが翻訳の橋渡しをしながら、少しずつ意味を汲み取っていく。


 そしてオムニアは——語った。


 三十年前、地球に最初に接触しようとした理由。

 それは資源でも、植民地化でも、技術の奪取でもなかった。


「『地球には、宇宙が失いかけているものがある』」

「何だ?」と駿が前に出た。

「……変換が難しい」とヨーコが言った。「概念が複雑すぎて、人間の言語に完全に変換できない。一番近い言葉は——」


 ヨーコが少し考えた。


「『多様性』かな。生命の多様性。地球は、宇宙の中で異常なほど多くの形の生命が共存している。それは——宇宙的に見て、奇跡に近い状態だ」


 オムニアが何かを発信した。ヨーコが受け取る。


「『宇宙は均質化に向かっている。強い者が弱い者を飲み込み、多様性が失われていく。その流れに抗う星が——地球だ』」

「俺たちが気づいてないだけで、そういう話だったのか」と駿が呟いた。

「待って」とヨーコが言った。「まだある」


「『しかし今、地球の多様性を意図的に壊そうとしている者がいる。それは外部の侵略者ではない』」


 三人が固まった。


「外部ではない?」と甚之助が言った。

「『内部に——人間の中に——地球の多様性を消そうとしている者がいる。それが我々が今回来た理由だ。お前たちに伝えるために』」


 ヨーコが顔を上げた。

 眼鏡の奥の目が、駿を見た。


「駿」

「聞こえてた」

「これは——」

「ガーディアンかもしれない」

「あるいは、それより大きい何かかもしれない」


 オムニアが最後の情報を発信した。


「『三つの火よ。お前たちの戦いは、今まで外を向いていた。これからは——内を向く必要があるかもしれない』」


 船の壁が、静かに脈動し続けていた。


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