第三章 接触、第二夜
連絡は、二日後に来た。
今度は暗号通信ではなかった。
駿の端末に——物理的な紙のメモが、どういうわけか挟まっていた。
強化スーツのポケットに。
スーツは常に作業室の鍵付きロッカーに保管している。
「……侵入された」
駿がメモを広げた。甚之助が顔をしかめる。
【話し合いたい。対等に。第五ブロック、廃区画C-12、今夜二十三時。一人で来い。武装は自由。ただし三人で来るなら応じない】
「行くな」と甚之助は即座に言った。
「行く」と駿は即座に言った。
「お前は——」
「一人で来い、と書いてある。でも俺が一人で行くのと、俺が先行してお前たちが後から来るのは別だ」
「詭弁だ」
「そうとも言う」
ヨーコが腕を組んだ。
「私たちが行けないなら——私たちは外から監視する。C-12は量子通信の死角になってる空間だ。でも物理的なカメラなら設置できる」
「今から仕込めるか?」
「三時間あれば十分」
◆
廃区画C-12は、「アマテラス」の古い区域だ。
第一期拡張工事で使われた建設資材の保管場所として作られ、今は役目を終えて封鎖されている。
薄暗い。金属の骨格だけが残り、壁は張られていない。宇宙ステーションの内部なのに、どこか廃墟めいた雰囲気がある。
駿が一人で入った。
フェイスシールドのスキャナーが周囲を解析する。赤外線映像には——一つの熱源。
「来たか」
合成音声だ。昨夜と同じ声。
影が暗闇から出てきた。
「一人で来たのか」と影は言った。
「そうだ」と駿は答えた。
「仲間は?」
「この会話が終わるまでは、来ない」
「……正直だな」
影がヘルメットを外した。
現れたのは——青年だった。駿とほぼ同じ年齢に見える。短く刈り込んだ金髪、彫りの深い顔立ち、目が鋭い。
地球人だ。
「名前を名乗る気になったのか」と駿は言った。
「ライ。それだけでいい」
「ガーディアンの一員か」
「ガーディアンの一員だ」とライは言った。否定しなかった。「お前たちのことは調べた。東大地球防衛同好会。三人。正体不明だが——能力は本物だ。あの強化スーツの設計、相当な技術者がいる」
「それで?」
「勧誘しに来た」
「断る」と駿は即座に言った。
「理由を聞け」とライは言った。声に感情はなかった。「俺たちとお前たちの目標は同じだ。地球を守ること。ただし俺たちは——本気でやってる」
「俺たちも本気だ」
「お前たちは優しすぎる」
駿が少し止まった。
「火星コロニーの件を知っているか」とライは続けた。「第七居住区の爆発」
「知ってる」
「あれは必要だった」とライは言った。「バロス連合のエージェントを排除しなければ、そこから流れていた情報によって——三ヶ月後に火星全体が攻撃を受けていた。俺たちの試算では、死者は一万を超えた」
「十三人を殺して、一万人を救った、と言いたいのか」
「そうだ」
「俺はその計算をしない」と駿は言った。
ライが眉を動かした。
「計算しない、ではなく——できない、だろ?」
「違う」と駿は静かに言った。「しない。一万人を救うために十三人を殺すという計算は、最初の十三人を数字に変えることから始まる。俺はそれをやらない」
「感情論だ」
「そうかもしれない」
沈黙。
「お前は正義のヒーローに憧れてる、という話を聞いた」とライは言った。「子供みたいな動機だな」
「かもしれない」
「子供のまま戦えると思うな。宇宙はそんなに甘くない」
「知ってる」と駿は言った。「でも俺は、大人のやり方で守れないものを守りたい」
ライがじっと駿を見た。
数秒の沈黙。
「……わかった。今日のところは引く」
「また来るか?」
「来る。お前たちが俺たちのやり方を認めるまで」
「認めない」
「そうかもしれない」とライは言った。「でも——状況が変わることもある」
ヘルメットをかぶり直す。
「一つ言っておく。俺たちには今、お前たちにはない情報がある。宇宙人が地球を狙う理由——本当の理由だ」
「どういうことだ」
「いずれわかる。その時に、お前たちの『優しい正義』で対応できるかどうか——俺は興味がある」
影がまた消えた。
今度は量子ジャマーを使う間もなかった。
◆
「本当の理由」とヨーコが画面越しに繰り返した。「宇宙人が地球を狙う理由」
「奴が嘘をついてる可能性は?」と甚之助。
「ゼロではない」とヨーコは言った。「でも——あの発言を否定する材料が私には今ない」
「気になるな」と駿は言った。
「当然気になる。でも今は——奴らのことを優先する。ガーディアンが「アマテラス」で活動しているなら、いつ一般人を巻き込むかわからない」
「監視を続けるか」
「続ける」とヨーコは言った。「あと——甚之助に聞く。量子絡合ジャマーを複数個作れるか?ガーディアンが使ってくるステルスに対抗するために」
「二個なら今夜中に。三個は明日の朝」
「頼む」
駿がメモを折りたたんだ。
「状況が変わることもある」——ライの声が、まだ耳に残っていた。
変わらない、と言いたかった。
でも——言えなかった。




