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第十五章 父の言葉

 藤堂隆也は、地球の東京に住んでいた。


 「アマテラス」から地球への移動は、軌道エレベーターで約三時間。

 駿はその三時間、何も考えないようにしていた——しかし失敗した。

 頭の中で何度も、ヨーコが見せたデータが再生された。



 実家は、東京郊外の静かな住宅地にある。


 駿が表向きに来るのは、三ヶ月ぶりだ。


 父が玄関で待っていた。


 藤堂隆也、五十二歳。息子と同じ黒髪だが、白が混じり始めている。背は高い。眼鏡をかけている。

 EDFの量子技術部門で三十年近くキャリアを積んだ研究者だ。


「来ると連絡をくれればよかった」と父は言った。

「急に思い立った」と駿は言った。


 家の中に入った。

 二人でテーブルを挟んで座った。



「三年前——バロス連合と接触したことがあるか?」


 駿は直接聞いた。


 父の顔が、かすかに動いた。


「……なぜそれを」


「知っているか、知らないか」


「知っている」と父は言った。


 沈黙。


「話してくれ」と駿は言った。「全部」


 父がゆっくりと話し始めた。


「三年前、バロス連合の代理人と名乗る人物が接触してきた。研究を買いたいと言った。量子技術の一部を提供する代わりに——地球のあるデータを守ることができる、と言った」


「どのデータだ?」


「生命多様性のデータベース。あのデータは、バロス連合が削除しようとしていた。俺に量子技術を提供させて、引き換えに削除を止める——そういう取引だった」


「応じたのか?」


「応じなかった」と父は言った。「でも——向こうは応じたように見える証拠を作って、俺を人質にした。いつでも公開できる偽の証拠を持たせることで、俺を沈黙させた。もし俺がバロス連合の活動を告発しようとしたら——偽の証拠を使って俺を内通者に仕立て上げると」


「……それで三年間、黙っていた」


「そうだ」


 駿はしばらく何も言わなかった。


「なぜ俺に言わなかった」


「お前に心配をかけたくなかった。それだけだ」


「俺に言えば、解決できたかもしれない」


「そうかもしれない。でも——お前が何者かを、俺はある程度知っている。強化スーツで飛び回っていることも、地球防衛をしていることも。そのお前を、俺の問題に巻き込みたくなかった」


「……知ってたのか」


「父親だ」


 駿が少し、笑ってしまった。


「IQ三〇〇でも、親に気づかれてたのか」


「お前が子どもの頃から、お前は隠し事が下手だ。ヒーローになりたいという顔を、ずっとしていた」



 帰り際、駿は父に言った。


「これから解決する。三年間の話は全部、必要な場所に伝える。お前の名前は守る」


「お前が心配だ」


「心配しなくていい。俺には——仲間がいる」


 父が少し、目元を緩めた。


「白坂の子が隣にいるのか」


「……どこまで知ってるんだ」


「ヨーコちゃんとは、お前が幼稚園の頃から知ってる。あの子もずっと、お前の隣にいた」


「そうだ」


「大事にしろ」


「してる」


 父が、ゆっくりとうなずいた。


「気をつけろ、駿」

「わかってる」


 玄関を出た。


 東京の空に、軌道エレベーターの柱が伸びている。

 あの先に「アマテラス」がある。

 あそこに、ヨーコと甚之助がいる。


 駿が歩き出した。


 足取りは——来た時より、少しだけ軽かった。



 「アマテラス」に戻ると、ヨーコが出迎えた。


「どうだった」

「話せた。全部」

「お父さんは?」

「被害者だった。三年間、脅されてた」

「……そうか」とヨーコが言った。「よかった」


「よかった、というのは?」


「関係していなくてよかった。でも——それ以上に、お前が話せてよかった。顔を見ればわかる」


「そんなに顔に出てるか、俺」


「お前も隠し事が下手だ。知ってた?」


「……父親に同じことを言われた」


 ヨーコが笑った。素の顔で、眼鏡なしで、笑った。


「親子だな」


 駿も笑った。


「そうだな」



 甚之助が作業室から顔を出した。


「帰ってきたか。飯は?」


「食べてない」


「じゃあ作る」


「甚之助が?」


「俺は料理もできる」


「知らなかった」


「聞かれなかったから言わなかっただけだ。何が食べたい?」


「何でもいい」


「そういう時は一番時間がかかるやつを作る」と甚之助は言った。


 作業室に、食べ物の匂いが漂い始めた。


 三人が、また同じ場所にいる。

 それだけで——十分だった。


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