第十五章 父の言葉
藤堂隆也は、地球の東京に住んでいた。
「アマテラス」から地球への移動は、軌道エレベーターで約三時間。
駿はその三時間、何も考えないようにしていた——しかし失敗した。
頭の中で何度も、ヨーコが見せたデータが再生された。
◆
実家は、東京郊外の静かな住宅地にある。
駿が表向きに来るのは、三ヶ月ぶりだ。
父が玄関で待っていた。
藤堂隆也、五十二歳。息子と同じ黒髪だが、白が混じり始めている。背は高い。眼鏡をかけている。
EDFの量子技術部門で三十年近くキャリアを積んだ研究者だ。
「来ると連絡をくれればよかった」と父は言った。
「急に思い立った」と駿は言った。
家の中に入った。
二人でテーブルを挟んで座った。
◆
「三年前——バロス連合と接触したことがあるか?」
駿は直接聞いた。
父の顔が、かすかに動いた。
「……なぜそれを」
「知っているか、知らないか」
「知っている」と父は言った。
沈黙。
「話してくれ」と駿は言った。「全部」
父がゆっくりと話し始めた。
「三年前、バロス連合の代理人と名乗る人物が接触してきた。研究を買いたいと言った。量子技術の一部を提供する代わりに——地球のあるデータを守ることができる、と言った」
「どのデータだ?」
「生命多様性のデータベース。あのデータは、バロス連合が削除しようとしていた。俺に量子技術を提供させて、引き換えに削除を止める——そういう取引だった」
「応じたのか?」
「応じなかった」と父は言った。「でも——向こうは応じたように見える証拠を作って、俺を人質にした。いつでも公開できる偽の証拠を持たせることで、俺を沈黙させた。もし俺がバロス連合の活動を告発しようとしたら——偽の証拠を使って俺を内通者に仕立て上げると」
「……それで三年間、黙っていた」
「そうだ」
駿はしばらく何も言わなかった。
「なぜ俺に言わなかった」
「お前に心配をかけたくなかった。それだけだ」
「俺に言えば、解決できたかもしれない」
「そうかもしれない。でも——お前が何者かを、俺はある程度知っている。強化スーツで飛び回っていることも、地球防衛をしていることも。そのお前を、俺の問題に巻き込みたくなかった」
「……知ってたのか」
「父親だ」
駿が少し、笑ってしまった。
「IQ三〇〇でも、親に気づかれてたのか」
「お前が子どもの頃から、お前は隠し事が下手だ。ヒーローになりたいという顔を、ずっとしていた」
◆
帰り際、駿は父に言った。
「これから解決する。三年間の話は全部、必要な場所に伝える。お前の名前は守る」
「お前が心配だ」
「心配しなくていい。俺には——仲間がいる」
父が少し、目元を緩めた。
「白坂の子が隣にいるのか」
「……どこまで知ってるんだ」
「ヨーコちゃんとは、お前が幼稚園の頃から知ってる。あの子もずっと、お前の隣にいた」
「そうだ」
「大事にしろ」
「してる」
父が、ゆっくりとうなずいた。
「気をつけろ、駿」
「わかってる」
玄関を出た。
東京の空に、軌道エレベーターの柱が伸びている。
あの先に「アマテラス」がある。
あそこに、ヨーコと甚之助がいる。
駿が歩き出した。
足取りは——来た時より、少しだけ軽かった。
◆
「アマテラス」に戻ると、ヨーコが出迎えた。
「どうだった」
「話せた。全部」
「お父さんは?」
「被害者だった。三年間、脅されてた」
「……そうか」とヨーコが言った。「よかった」
「よかった、というのは?」
「関係していなくてよかった。でも——それ以上に、お前が話せてよかった。顔を見ればわかる」
「そんなに顔に出てるか、俺」
「お前も隠し事が下手だ。知ってた?」
「……父親に同じことを言われた」
ヨーコが笑った。素の顔で、眼鏡なしで、笑った。
「親子だな」
駿も笑った。
「そうだな」
◆
甚之助が作業室から顔を出した。
「帰ってきたか。飯は?」
「食べてない」
「じゃあ作る」
「甚之助が?」
「俺は料理もできる」
「知らなかった」
「聞かれなかったから言わなかっただけだ。何が食べたい?」
「何でもいい」
「そういう時は一番時間がかかるやつを作る」と甚之助は言った。
作業室に、食べ物の匂いが漂い始めた。
三人が、また同じ場所にいる。
それだけで——十分だった。




