元マタギ令嬢は恋がしたい
「……それで、お父さん。一体どういうつもりだったのですか?」
(既に一時間以上正座の状態で、娘にひたすら詰問されている。てっきり殴り合いや撃ち合いでもする羽目になるのではないかと思っていたが……娘が本気で怒っている時は、母親のアニーに似て、静かに淡々と説教してくるのを忘れていた。こっちの方がよっぽど精神的に堪えるんだよなあ……あと、なんでこの自称舎弟は俺の隣で正座しているんだ……?)
「大師匠様、俺のことは一切気になさらないでください! 尊敬する大師匠様の隣で、同じ苦しみを共有出来て、今、最高に幸せですから!」
(……俺がいつお前の大師匠になったんだよ……まあ話に聞いていたほど軽薄そうでもないし……ルイズのことも慕っているようだからコイツならアリかもな……)
「アラン!! あんたは黙ってなさい!! あとお父さんも余所見しないで!!!」
「……だから言っただろう。俺はお前のためを思って……」
「へえ……娘のためを思っていれば、魔獣に襲われた偽装工作までして、死んだように見せかけて、散々私を悲しませ、涙が枯れ果てるまで泣かせたうえ、いざ国外追放されたと知ったら王宮に乗り込んで、近衛兵を片っ端から半殺しにして、更には無関係のゴードンさんを脅したうえパシリに使って、強引に連れて帰らせても許されると仰るのですか!?」
「いや、確かに少しやりすぎだったとは思っているが……」
「……あのぉ……俺は既に役目は終えたわけですし……もう巻き込まれたことは気にしていませんので……ただ、ここは俺の家ですから……そろそろ出て行ってもらっても……」
「てめえは黙ってろ!!」
「今取り込み中なのが見て分からないの!?」
「は、はいぃ……」
しょぼくれた様子のゴードンさん。申し訳ないですが今大事な話の最中ですので。
「……まずいぞ! おいっ! 伏せろっ!」
父がいきなり大声をあげて私を突き飛ばしました。その瞬間窓が割れ、父の背中に一条の赤い光線が直撃しました。銃撃の勢いでその体は吹き飛び部屋の壁に叩きつけられます。
「ぐうっ!!!」
「と、父さん! 一体どうしたのっ!」
乱暴に扉を開けてぞろぞろと武装した兵士達が入り込んできます。
「ふふふっ。まさか不死身と恐れられた伝説の魔獣狩りシカールも、娘が開発した武器で殺されることになるとは思わなかったでしょう」
「ど、どうしてあなた達が!?」
よく見ると彼らは皆、足繁く私達の元に通っていた隣国の研究員達でした。
「いやはや、突然勝手にいなくなるから驚きましたよ。とはいっても、あなた方のことは常に監視していましたから尾行するのも容易でしたが……」
「なんで父さんを……あなた達には何の関係もないでしょう……」
「一番厄介な相手から潰すのは定石でしょう。それにあなたには、まだまだ強力な兵器を開発していただかなければなりませんし……」
「まさか……最初から私の研究を対人兵器として使うつもりだったの!?」
「魔獣も人も屠るべき対象であるなら大差ないでしょう?」
「……許せないっ! そんな研究二度と手伝う訳ないでしょう!!」
「この人数相手に武器も持たず何ができると言うのですか?こちらは生きて研究さえしてもらうことが出来れば、片手片足ぐらい吹き飛ばしてもいいのですよ?」
未だ煙が立ち上り、熱を帯びて赤く光る銃口を、私にぴたりと向ける研究者。以前私達に接していた時の朗らかな態度は見る影もありません。能面のような無表情は、彼が一切の躊躇なくトリガーを引く人間だということを物語っています。その時アランがさっと飛び出し、両手を広げて二人の間に立ち塞がりました。
「アランっ!!」
「やめろ! 姐さんに手を出すんじゃねえ!」
「はははっ。元王子が今や捨て身のボディーガードとは本当に滑稽ですねえ。まあ、あなたの命なんてどうでもいいのですが……」
呆れた口調で話しつつ照準をアランに切り替える男。その刹那、視界の端を、何かが素早く横切りました。
「へっ……やるじゃねえか、舎弟!」
「何っ、貴様、まだ生きて……」
てっきり息絶えていると思っていた父に不意を突かれた研究者は、一瞬で他の兵士達の元へ人形のように投げ飛ばされました。それと同時に獣のように姿勢を低くし、彼らの間合いに飛び込んだ父に対し、同士討ちを恐れて猟銃も使えず、なすすべもなく次々となぎ倒される兵士達。
「大層な武器を持っていても、使い手が未熟ならこん棒持って振り回すガキと大差ねえんだよ、頭でっかちが!!」
「お父さん……確かに撃たれたはずじゃ……」
「お前から再会早々、鉛玉の一発でもくらうんじゃねえかと思って、大蛇の鱗で作った防弾着を用意しておいて正解だったぜ。……何より、死んだふりは二回目だからな」
「……ああ……良かった……」
たとえ防弾着越しだとしても、それなりの火傷を負っているはずなのですが、ピンピンしていつもの豪快な笑い声をあげる父の姿を見て安心したのか、体の力が抜けてへたり込んでしまいました。それにしても……
「「「家の主ならちょっとは抵抗しろよ!!!」」」
「……いや……俺は事なかれ主義なので……」
彼らの襲撃の間、ひたすら両手を高く掲げて微動だにしなかったゴードンに私達三人は思いっきり怒りをぶつけたのでした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
取り調べによると、隣国の王立研究員だと名乗っていた彼らの正体は、国を跨いで活動していた過激派テロ組織だったそうです。よく考えたら王国直轄の研究員が隣国から追放されたような人間を簡単に重要な役職に任命したりする訳がなかったのですが、国外追放のドタバタに頭がいっぱいで、そこまで考えが至らなかったことは反省しています。
あの襲撃後「ちょっと出掛けてくる」と姿を消した父は、たった数週間で完膚なきまでに組織を叩き潰し壊滅させたとのことです。
本来、テロ組織に研究支援したとみなされてもおかしくなかったのですが、最終的には彼らの破壊活動を事前に防ぎ、組織を解体した功労者として両国王陛下から感謝状が贈られ、恩赦として正式に私とアランへの国外追放処分も取り消されることになりました。私の処分についてはほとんど勘違いのようなものだったらしいのですが、今となってみれば割と国外での生活も楽しかったので、特に気にしていません。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「それで、アランとは最近どうなんだ」
「どうって?」
「まだ夫婦になるつもりはないのか?」
「なっ、ななななに言ってるの? あいつはただの舎弟で……」
「腕っぷしはともかく、咄嗟に命懸けでお前を守ろうとするなんて、なかなか見所ある男じゃねえか。あのへたれチキンのゴードンよりも随分マシだろうが。王族として復帰できたのに、わざわざ平民のまま猟師になるために修行を続けてるわけだし、お前の方からもう少し歩み寄ってやってもいいだろう?」
確かに父の言う通り、あの時のアランの懸命な姿に、結構ときめいてしまったのは否めません。
「……でも……私は、お父さんとお母さんみたいに、もっとロマンチックな出会いとか……」
「はあ!? ……呆れたな……お前、まだアニーの作り話を信じていたのか? あんなの全部あいつの妄想だぞ」
「ええええっ! あれは……じゃあ劇的な二人の出会いは嘘だったというの!?」
「ていうかよくあれを信じたな……凶悪な人攫いに襲われたところを偶然魔獣に乗った俺が現れて間一髪救い出したって話だろう?」
「……うん……あんな素敵な出会いに憧れてたのに……まさか、丸っきりお母さんの妄想だったなんて……」
「アイツも病気に罹るまでは、俺の狩りのパートナーをやってたんだぞ。そんなヤワな女じゃねえよ。お前の研究好きだって、多分アニーの遺伝だろうし……」
「……でも、お母さんは昔から病弱だったって……」
「そんな人間が猟師の嫁になれるかよ。大方昔の派手な暴れっぷりをお前に知られるのが恥ずかしかったんだろうな」
「……そんなあ。私の理想の恋愛プランが……」
「あのなあ、恋なんてのも大体狩りみたいなもんだ。狙った獲物をよくよく観察して、罠張って、捕えるために自分から動いていくしかねえんだよ。待っていればいつか運命の相手が現れるなんてのは物語の中だけだ」
「…………はあ……そうよね……お父さんの言う通りだわ。……よし、私、決めた!!!」
私は覚悟を決めて、小屋を飛び出し、すぐそこで猟銃の手入れをしていたアランを指差し宣言しました。
「アラン! 私、あなたを全力で、ハントしてみせますからね!」
「ね、姐さん……いきなり何言ってるんですか……?」
(はあ……ルイズは狩り以外に関しては、ポンコツだからなあ……アランの尻もひっぱたいてやるべきか……いや、そこまでやるのは流石に過保護すぎるか……)
父の心配など知る由もない私は、獲物を捕らえるために力の限り奮闘することを心に誓ったのでした。