97 大名釣り
翌日は、ステラとミリムには遠慮してもらって、裕介とセフィアの二人はププルの船で、エスパールを待っていた。
「裕介君すまんな」
夜明け過ぎに、エスパールがやってくる。昨日のステファニーを残して、他の従者は帰した。
「俺の方こそすみませんでした。約束してたのに、お互いなかなか時間が取れませんでしたからね」
「イヤイヤ、口約束だったが、覚えてくれていたんだな。今日は一つよろしく頼む」
「はい。海釣りの楽しさをお教えしますよ。その前にお二人共これを着て下さい」
「これは?」
「ライフジャケットです。救命胴衣とも言いますが、海に落ちても浮かんでいられるベストです」
「ほお、こんな物が必要なのだな?」
「ええ、水は危ないですからね」
エスパールとステファニーは不慣れな様子で、ライフジャケットを身に着けた。
「じゃぁ、ププルさんお願いします」
魔動モーター船外機が回り始め、船が静かに動きはじめる。
「これは? どう言う事だ? 帆も艪も無しで船が動くのか?」
「セフィアの魔動モーターですよ。試運転二日目です。ププルさんにテストに付き合ってもらっているんです」
「じゃぁ、この船は魔力で動いているんだな? また、凄い物を! 君たちは、一体どこまで便利な物を作り出すと言うのだ?」
「回るものは、ほとんど魔動モーターが使えますよ。頑張れば、大陸環状鉄道なんて物も可能だと思いますよ」
「それはどう言うものなんだ?」
「鉄で作ったレールと呼ぶ二本の道を設置するんです。その上を魔動モーターで動く車輪を付けた、貨車と言う乗り物を走らせて、目的地と目的地を繋ぐんです」
「それで大陸を一周すると言うのか? 一体何日かかると言うのだ?」
「眠る寝台と、食事の出来る食堂車を設置すれば、はるかに旅をするよりは安全で快適です」
「恐れいった! ユースケ君、君は何という壮大なことを思いつくのだ」
「いえ、俺の思いつきではなく、前の世界には実際にあったものなので、海野さん達も良くご存知ですよ。でも、この世界でその基本技術を発明したのは、セフィアです」
「うーむ、我が娘がなぁ〜」
エスパールは、そう言われると感無量で、目頭が熱くなるのを覚えながら、綺麗になった自分の娘を見た。
「さて、お義父さん。釣り場に着いたみたいです」
「こんな何も無い海の真ん中なのか?」
「俺も海の中は良く分かっていませんが、小さな岩礁の様な島が一直線に並んでいますよね。こう言う場所は、多分海の中に山の尾根が繋がっているんです。その山肌の潮の当たり面には魚が付き易いですよ。ププルさんは、経験的に良くご存知なのでしょう」
「君には海の中の地形が見えるのか?」
「まさか、見えませんよ。これは、回りの地形を見て推測しているだけです。釣りの場所選びに、この推測は重要なんですよ」
「なるほど、そう言うものか。そう言われると、私にも海の中の地形が見える様に思う」
「想像して下さい。海の中の急峻な岩肌の側に魚の群れが泳いでいる様子を。釣りでは、こう言うイメージがとても大切です」
「じゃぁ、今日もジギングをしましょう。突然、大きな魚が食う可能性がありますから、竿はしっかり持っていて下さいね」
「お父さん、一度私のを見ててね」
セフィアがリールを解放する。ジャークを始めたジグに早速何かが食ったが、外れたようだ、そのままセフィアが続けると、突然、竿が曲がり込む。
「フィッシュオン!」
チー!!!
リールのドラグが激しく音を立てて引き出される。竿をガッチリ持って耐えるセフィア。
この世界の人はみんな、乗馬に慣れているせいか、船の上でのバランス感覚が非常に良い。などと、裕介は妻のカッコいいファイトに感心していた。それは、エスパールも同じで、娘を見てカッコいいなどと思い、また目頭が熱くなる。
ドラグが止まるとセフィアはゴリ巻きでリールを巻き上げ、ププルが網で取り込んだ。
真鯛だ、八十センチは超えている。船の上の者達は皆、空いた口が塞がらなかった。
「そんなに簡単に釣れる魚じゃ無いだろう?!」
誰もがそう思ったが、簡単に釣ってしまった。
エスパールは戦闘前の様に、身体中にアドレナリンが吹き出してくるのを覚える。クライマーズ・ハイと言う言葉あるが、ある意味これはフィッシング・ハイに近いものなのかも知れ無い。
釣り人には、時々危険を危険と感じなくなる瞬間があるものだ。今回は、裕介が傍でしっかり見ているので、事故が起こりようも無かったが、エスパールも次々と大物を釣り上げ、しっかり釣りにハマってしまった。
従者として付いてきた、ステファニーまでもが夢中になってしまったのだ。
ププルが、そろそろ風が出て来るので戻りましょう、と言うがエスパールは、もっと釣りたいと駄々をこねる。
「お義父さん、これだけは必ず守って下さい。船の上では、船長の意見は絶対です。いくら元領民の船長であっても、従って下さい」
とうとう裕介に釘を刺される。
娘婿に言われて、エスパールはやっと冷静になった。
「すまん! あまりの面白さに我を忘れておった。船長、すまん!」
「とんでもねえだ。釣ってもらいてぇのは山々だけんども、風が吹き始めると波が出て危ねぇだ」
「そうよ、お父さん。誰も意地悪で言ってるんじゃ無いのよ」
「いや、すまん。年甲斐もなく浮かれてしまった。しかし、こんなに面白い物だとは思わなかったぞ」
エスパールは釣った一番大きな真鯛を剥製にするのだと言って、ここで食べきれない魚と一緒にエスパールの城のある、エノスデルトに持ち帰らせた。城で働くもの達に振舞われるのだそうだ。その夜は裕介達の借りている宿に泊まり、遅くまで一緒に酒を酌み交わし、くれぐれもセフィアをよろしく頼むと念を押して、帰っていった。直ぐに、またゲルトに戻るそうだ。




