95 ハイタッチ
何が楽しいの理解出来ない。釣りにこだわり、そのために世界を旅すると言う裕介夫妻を見て、ステラはずっとそう思っていた。
魚が食べたいのなら、漁師が獲った物を市場で買えばいいじゃない。自分で獲りたいのなら、網で獲る方が確実で早い。
そんな非効率な事を、何も道具を作ってまでして、やるほどの事なのか?それが理解出来なかった。そんなものが流行るハズがない。
代々、商売をしている家に育ったステラは、物事を結果から考える癖が付いていて、特に過程は重視しない暮らしを送ってきた。結果が全てだ、その過程に重きを置くと大極を見失って大損をする。
それがステラが幼い頃から叩き込まれた、商家パルージャ家の教育だった。
例えば苦労して荒地を耕しジャガイモを植えたとしよう、やっとの思いで出来たジャガイモと肥沃な農地で大量に安安と採れたジャガイモ、市場価値は粒揃いの後者の方が圧倒的に高く、苦労した過程など意味を成さない。それが経済と言う物だ。
裕介は転移者の集まりミステイクの中でも、この世界に今まで無かった商品を次々と生み出す、ステラにとっては金の卵を産む鶏のような存在だ。その裕介が、無意味に思える釣りに執着している事がステラにとっては、金の鍬で畑を耕しているように勿体なく思える。
そう思っていたステラだったが、三人の釣り人が次々にスコンベルを釣り上げる楽しそうな姿に、理屈でハスに構えている自分が、段々馬鹿らしくなってきた。そんなに楽しい物なら、是非自分も経験してみたい。自分も釣ってみたい。そう思い始めたのだ。
「私にも釣らせて!」
「おっ! ステラ、流石に釣りたくなったか? じゃぁ、俺の竿でやってみるか?」
「どうやるの?」
「竿を脇に挟んで、リールのこのレバーを押してジグを落とすんだ。そうそう」
「それから?」
「もうジグが結構沈んだから、脇を支点にして、左手でハンドルを持って、右手で竿をしゃくる様に素早く立てて、それでハンドルを回す感じ」
「結構、力がいるのね。こんな感じ?」
「大体、そんな感じだ。まだギクシャクしてるけど、慣れてくればスムーズに出来るようになるから」
「割と単純なのね」
「右手でしっかり掴んでろよ! そろそろ、食ってくる深さだぞ」
「!!!!」
「食ったな。耐えろよ!」
ステラは、言葉を失った。思っていた以上の力で竿、いやラインが引っ張られたのだ。竿を落としそうになったのを辛うじて、支える。
「力比べなの〜?!」
「そうだ、負けるなよ!」
竿がゴンゴンゴンと叩かれるように揺れる。ステラの手には確かに水面下の迸る命の躍動が伝わってくる。
「竿を立てて!」
「くっっっ! 胸が邪魔!」
「えっ! そっち? なんとかしろ! 立てたら、倒しながらハンドルを回す!」
大きな胸に擦り付けながら、竿を立てるが、なかなかの力がいる、違う方向を向こうとしている馬の手綱を引っ張っているような感じだ。
胸が邪魔なので、膝から上の太腿、腰、上半身を使いながら竿を倒しながらリールを巻く。
ストレッチをするように、反対の動作でまた竿を立てる。
それを繰り返していると、ププルが竿先のラインを掴んで、魚を網で引き揚げてくれた。
「ご苦労さん!」
ステラは、へにゃへにゃとその場に座り込んだ。
心地よい、筋肉の疲れ。まだ手に残る魚の抵抗。そしてステラの前には、その主が甲板で震えるように跳ねていた。
こんな大きな魚を釣ったんだ。実感が湧き、達成感と言うか、征服感と言うか、先ほどまで自分を埋め尽くしていた闘争本能を包み込むような満足感をステラは感じた。
「これ… 病みつきになりそう」
「だろ?!」
裕介は笑いながら、座り込んでいるステラに手を差し出した。裕介の手を借りて、立ち上がったステラに裕介が今度は、頭の上で手の平を構える。
「俺の手の平を叩くんだよ」
言われるがままに、ステラも手を伸ばしてパチンと手の平で叩く。
「イエーイ!」
「これをハイタッチって言うんだ。やったねって言う意味だぞ」
「いえーい!」
ステラも同じように言ってみると、清々しさと共に仲間意識の気持ち良さを感じた。
なるほど、釣りってこう言うものだったんだ。
見ているのと、実際に釣ってみるのとでは、大違いだ。なんとなく、裕介夫妻の気持ちが分かった様な気がする。
「それにしても、よく釣れるべ。これなら、網よりも良いかも知れねぇべ」
「これまでは、強い釣り糸や竿やリールが無かったからね。このくらいの魚にもなると釣り上げられなかっただろ?」
「多分そうだべ」
「ププルさんもやってみるかい?」
「良いだべか? オラ、さっきからやってみたくてウズウズしてたべ」
日焼けして、シワだらけの厳ついププルの顔が子供のように笑顔になった。
流石は漁師。初めて見た釣り道具を使い軽い調子でポンポンと吊り上げる。パワー、安定感、魚の習性を良く知るプロの力と言うのは凄いものだ。
裕介は、網入れと血抜きに大忙しだった。
流石に女子達は、疲れたのと満足したようで、回復魔法をかけるでも無く、休憩に入った。
「お兄さん、海釣りも楽しいです」
「ほんとね、川と違って真下からって言うのも面白いわ」
ミリムとセフィアも満足したようだ。
「まだまだ、海にはもっと色んな魚がいるからな。じゃぁ、まだ午前中だけど、今日はこれくらいにしとくか」
「はい」
なんだかんだで、釣ったスコンベルは大物ばかりで三十本を超えた。裕介達は、村長にお土産を一本と自分達に二本もらって、あとはププルに引き取ってもらった。
「こんなに貰って、申し訳ないべ。これなら、毎日乗ってもらってもお釣りが来るべよ」
「じゃぁ、明日もお願いします! でも、お金はちゃんと受け取ってくださいよ」
セフィアが、銀貨十枚をププルに渡していた。ププルは、こんなには貰えないと辞退していたが、姫の意志には逆えず、結局受け取って何度も頭を下げていた。




