79 弟子志願
ミリムは亜湖さんが亡くなった事を大層残念がっていた。平和になったら釣りを教えてもらいたいと思っていたらしい。
それでも、一度見ただけのフライフィッシングを我流で修練し今に至ったそうだ。
「俺はフライは出来ないけど、一度俺のルアーフィッシングも見てみるか?」
「えぇ! カワハラ大佐も釣りをなさるんですか? 是非見せてください!」
「大佐はやめろ。ユースケでいい。じゃあ、ちょっと見てろ」
ミリムは、釣り道具も持たずに何を言ってるんだ? と言うような顔をしたが、アイテムボックスから取り出したタックルと、数あるルアーのケースを見て、食い入るように目を輝かせた。
「これは?」
「新素材で作った、ベイトタックルとルアーだ」
裕介はそう言うと、ミノーを付けキャストした。
「やっぱり、グラスロッドだとキャストしやすいな」
着水と同時にサミングして巻き始める。
ミノーのリップが水圧を受け、勝手にロッドティップがリズミカルに揺れる。裕介は一度巻きを止め、また直ぐに動かし始めた。その途端、竿が大きく曲がり込む。
「きた〜!」
柔らかなグラスグラスロッド特有の、微かなあたりも逃さない向こう合わせだ。これまで使ってきた木製竿や、裕介が日本で使っていたカーボンロッドでは、こんな微かなあたりでは、反発してしまってフッキング出来なかったが、このロッドならオートマチックに乗せることが出来る。
まぁ、その分カーボンに比べると感度が悪く、重いのだが、この世界でこれまで使っていた木製竿に比べれば、嘘のように軽かった。
柔らかい分、曲がり方が半端で無い。裕介はレギュラーだと思って製作したのだが、スローかと思うほどに半月状に曲がる。
それでも、そのしなやかさ故に魚をバラし難いのもグラスロッドの利点だ。ほとんどドラグが出る事も無く、四十五センチほどのブラウントラウトっぽいマスを釣り上げた。
「とまぁ、こんな感じだ」
「凄い! これがルアーフィッシング。そして、その道具…」
「じゃぁ、次はセフィアが釣って見せてやってくれ」
「うふ、釣れますかね?」
セフィアは、魔法でルアーを運ぶ。これはこれでミリムは驚いたようで、スーッと飛ぶように運ばれていくルアーと、フリーになって糸を出しながら回るスプールを交互に凝視していた。
ルアーが着水し、セフィアがリールを巻き始める。
「トゥイッチは必要無いが、俺がさっきやったみたいに、時々止めてまた動かしてみて。ストップアンドゴーって言うんだ」
「今までの竿と比べると、随分と軽くて扱い易いですよ」
「そうだろ?!」
「あっ!」
また向こう合わせでロッドが曲がり、魚が走り始める。今度はドラグが少し出ている。
「大きいぞ!」
セフィアも木製の扱い辛いロッドでこれまでやり取りしてきたから、グラスロッドは扱い易い反面、その大きなしなりに不安を覚えた。
「大丈夫かしら?」
それでも裕介の作ったロッドは、高弾性で高張力な優れたロッドだった。遺憾無くその能力を発揮し、足元に五十センチを超えるブラウンが寄せられた。裕介が取り込み、ペンチで鉤を外した。
「スゴイ!」
ミリムとセフィアが同時にため息を吐いた。
セフィアにとっても、過去最大サイズの魚だったが、今までと違い容易に取り込めた。裕介が作る道具は確実に進化している。そんな思いも込めたため息だった。
ミリムは、たった今、目の前で釣り上げられた二匹の魚とルアーフィッシングという釣法に驚愕していた。興奮で足が震えるほどだった。そんなため息だ。師を見つけた!
「どうして、こんな大きな魚がいとも簡単に釣れるのですか?」
「たぶん、ミリムのやっている釣りはフライフィッシングで、俺たちのはルアーだからだろう。基本的にフライは虫の疑似餌、ルアーは小魚の疑似餌だろ? 大きな魚は虫よりも栄養価の高い小魚を食うからじゃないのかな?」
「なるほど!」
「一般に餌が十釣れるとすれば、ルアーが三、フライは一だと言われる。それほどフライは釣れ辛い釣りだと言える。その分、釣り人の工夫や推理力、技術は高いものが要求される。しかも使用するフライは自分で作る。だからフライフィッシングは芸術だと俺は思うんだ」
「芸術ですか?」
「そう、釣りというのは自然というキャンバスに自分の思う絵を描くような、一つの芸術だと思うぞ。そして自然を愛し、観察し、抗わず、自然と一体化する。そんな中から求める心理を見つける宗教のようなものでもあるかもな」
裕介は決まった! などと思い、金髪美少女相手に少しいい恰好をして見せた。特に下心があるわけではない、実際には自分でもよく分かっていないが、どこかで読んで、いいなぁと思ったフィッシングスタイルの受け売りなのだが、セフィアとミルムの反応は予想以上だった。
「師匠! 僕に道具の作り方と、釣り方を教えてください!」
「ははは、師匠はやめろ。教えろって… 仕事はやってないのか?」
「ええ、軍を退役したばかりで、まだ決めていません」
「そうか、どうしたものかな?」
チラッとセフィアを見ると、セフィアは目をキラキラさせながら裕介を見ている。
「あなたは素晴らしい人だと思ってましたが、釣りの中にそんな心理を追い求められていたとまでは気づきませんでした! 是非、ミルムさんにも教えてあげてください」
裕介は「えっ!」と思った。今更ながらに、恰好つけすぎたと後悔したが、後の祭りである。これからもセフィアの夫として、今の話を貫き通さなければならなくなるとは…
「うーん、じゃぁ、ミルム、明日から午前中はグレッグ孤児院に来てみるか? 釣り具を作り始める前に子供達と一緒に、基本になる学問を身につけよう。あの年からサーズカルにいたんだ、学校なんて行けてないんだろ?」
「はい! 師匠!」
裕介は、心の中で「はぁ~」とため息をつきながら、えらいことを言ってしまったと思ったが、そうだ、ミリムを教育してミリム釣り具を始めさせてはどうだろうと思いついた。
ミリムなら、アリサやアコセイサクショの面々とも面識がある。しかも釣り好き。絶好の人材ではないだろうか?そう思ったら、少し気持ちが軽くなった。
この僕っこ金髪美少女が弟子ねぇ~
裕介はそう思いながら、釣った魚を絞めアイテムボックスに入れた。




