77 ガラス繊維
「まだ、発売も決まっていないのに、魔動バイクの注文が千件以上来てしまって、どうしようかと思ってます」
裕介にそんな嬉しい悲鳴をあげているのは、アコセイサクショ代表のテクノ君だ。
「レースが衝撃的だったんでしょうね。自分達も来年は出たいので、技術を学ばせて欲しいってのも五十件ほど」
「良かったじゃないか、ベイグルモータースポーツの始まりの年になったな」
「そんな、他人事みたいに… サーキットに行って見てください。バイクが走るのを見ようと居座っている奴らがワンサカいるんですよ」
「そんな暇な連中なら、みんな、雇ってやればいいじゃないか」
「おっ! その手がありますね。うん、それは良いかも知れない」
テクノ君は、ブツブツ言いながら向こうへ行ってしまった。
「ユースケさん、ちょっと相談に乗って欲しいんです」
「ガラスなんですけどね。砂を魔力で液状化するじゃないですか」
「おっ、マカロン君。砂を液状化出来るようになったのか?」
「はい。お陰様で。それで液状化したガラスを加熱すると、かなり低い温度で飴状に変わるんです。そのまま温度を上げれば再び液状化、そして冷やせば固まります。一度、冷えて固まると今度は、普通のガラスの溶ける温度でも溶けないんです」
「それは、ソーダ灰を使わずに砂だけでもガラスが作れるってことだな」
「はい、そうです」
「石英ガラスが作れ始めたってことか」
「石英ガラスですか? 俺が思うに、こっちのガラスの方が綺麗なんですよね」
「うん、亜湖ノートに寄れば、不純物がない分、光の透過性が良くて、強度も強いとされている。前の世界の光ファイバーやプリズムとか、FRP樹脂に使うガラス繊維としても有効らしい」
石英ガラスについては最初に水晶を使って作ったガラスだったので、裕介も亜湖ノートの記述を良く覚えていた。
「ガラスの主成分は二酸化ケイ素、別名をシリカって言うんだ。ここで原料に使っている砂は、ほとんどがそれで出来ているそうだけど、砂だけを融かすのには二千度を超える温度じゃないと無理なんだ。そんな温度だと入れ物も溶けちゃうだろ? その温度を下げるために、炭酸ナトリウム、つまりトロナ鉱石を使うんだな。そうすると千度くらいで溶けるらしい。でも、ケイ酸ナトリウムってものが出来て、水にも溶けるようになるらしい、それを防ぐために炭酸カルシウムつまり石灰だな、を加えるんだそうだ」
「はい、亜湖さんにも同じことを教わりました」
「そうして作られたのが、今ここで作っている亜湖ガラスだ。俺たちの前の世界の一般的なガラスだな。でもこうして不純物が多いから、強度や透明性が悪く、劣化も早い」
「石英ガラスはそういう部分が改善された特殊なガラスだと思えばいいかな。炭酸ナトリウムの替わりを魔法がやってるって感じだ」
「前の世界でも石英ガラスを作るのは、かなり特殊な技術で難しいらしい、問題は高温と不純物や気泡の除去だな。そこが、マカロン君が発見した魔法を使って液状化加熱する方法で、分離精製出来て純度の高い石英ガラスが出来ているのかも知れない」
「それで何か新しいものが出来ないでしょうか?」
「そうだな、ガラス繊維を作ってみてはどうかな? スライムの糊を使ってFRPが作れるかも知れない」
「FRPですか?」
「うん、ガラス繊維で織った布を骨材に使って、糊で固めて成形していくんだ。かなり強度が出るから、軽くて大きな容器とか、船とか、バイクのカウリングや… 釣竿! そうだ、マカロン君、グラスロッドが作れるじゃないか! 是非、作ってくれ! 俺も手伝う」
裕介とマカロン君のガラス繊維作りが始まった。
確かに二百度程度でアメ化する。最初はグラスファイバーを作ろうとした、よくガラス工房でやっているように、アメ化したガラスをガラス棒の先に引っ付けて引っ張り出してみる。ところが温度が低いために、直ぐに冷えて切れてしまう。
サファイアラインのようにノズルからラインを引っ張り出して引っ張れば、細いガラスの糸が出来るんじゃないかと考えた。しかし、粘度が高くてノズルから出てこないのだ、温度を上げて粘度を下げると切れてしまう。注射器のようなピストンで押し出すことも試したが、どうもうまくいかない。
「難しいもんだな」
「ええ」
裕介とマカロン君は、へこたれていた。
「糸は諦めて、綿を作ってみるか」
綿と言えば、裕介が思い付くのは綿菓子メーカーだ。確か、中央の皿にザラメを入れて、遠心力で側面の穴から溶けた砂糖を吹き飛ばして空気中で冷却して綿を作って、割り箸で巻き取っていた。
早速試作品を作ってみる。構造的にはファンヒーターと同じだが、かなり高速で回転していた記憶があるので、魔動モーターを外部に設け、ゴムベルトを使って回転比を変える事にした。
「先ずは綿菓子が出来るまで、やってみよう」
ザラメの砂糖を買って来て、色んな回転比を試して、うまく綿菓子は出来るようになった。
セフィアを始め、従業員たちが並んで綿菓子が出来るのを待っているので、二人は苦笑しながら、この機械はこのまま置いておくことにする。
こういう副産物もあり、先に加熱してアメ化したガラスを、綿菓子メーカーの中央に入れ、再加熱することで、ガラスの綿を作ることにも成功した二人は、接合材としてサファイヤ樹脂を霧吹きで吹きかけて接着し、コンベアーとロール圧縮で連続的に、薄いガラスの不織布を作る機械を作りだした。
「すごい、これはガラスなのに曲がりますね。でも、こんなフワフワの引っ張ると千切れるようなもので、いいんですかね?」
マカロン君は、完成したガラス繊維に不安を漏らす。
「まぁ、FRPにしてテストをしてみようじゃないか。そうだな、工場で被る兜でも作ってみるか」
「はぁ」
裕介は型に出来たばかりの不織布を貼り付け、ローラーで手早くスライムの糊で固め、同じことを繰り返して何層かにしてヘルメットに仕上げた。
「どうだ?」
「すごく軽いですね」
「じゃ、強度をテストしよう」
ヘルメットの上、一メートルの高さから五キロの錘を落としても、ヘルメットは割れなかった。
「どうだい?」
「丈夫なものですね」
「だろ?」
「工場の中や、バイクに乗るときに、このヘルメットをかぶっていれば、もしもの時、致命傷は避けられるだろ?」
「おぉ! そうですね! じゃ、これも早速、売り物になるんですね」
「一度衝撃を与えたものは、弱くなってるからだめだけどな。これを塗装して、おしゃれに仕上げれば売れるし、バイクに乗る人には、被ることを義務付けるべきだろうな」




