66 引越し
雪と氷に閉されたピルブ村にも春が来て、いよいよ裕介とセフィアの二人がゲルトに引っ越す日がやってきた。
十七歳の青年が、自分の意思とは関係なくこの世界に連れてこられ、ゴミ扱いされながら兵役に入れられた。絶望し毎日を生きるために、生き残る方法と人を殺す訓練を受ける。いつしか青年は善悪を考えることをやめていた。そうして数年が経ち、やっと心を取り戻しかけた矢先に、共に支え合って生きて来た仲間が戦死し、そして終戦。やっと自由になった。
裕介が気力を失って、呆けたとしても誰が責めることが出来よう。そしてこの村に来た。
無口だけれど、親切で優しいアルバルスに癒され、のんびりとしたお節介で素朴な村人達と付き合ううちに、安心の中から徐々に自分を取り戻す。
そして一緒に生きてくれる伴侶を得たことで、また生きる楽しみや希望を日々の生活の中から見出していった。
セフィアの方は、この村の滞在は一年に満たないが、良家の子女として育ち魔力はないがそれを跳ね返すだけの知識を得て、一時は王宮魔導士にまでなった。しかし、黒髪の淫魔女のレッテルを貼られ、実家の領地に戻ってからは形見の狭い思いをして生きてきた。
想い人が出来て一緒に生きる決意で彼の元を訪ね、妻の座を勝ち取る。その主人に愛され彼の魔力により、夢に見ていた魔力を得て魔法マエストロの文様まで現れる。
村では、貴族や黒髪の淫魔女など関係なく、素朴な村人から可愛がられ、小さな教会で村人に祝福されて結婚式まで挙げた。
その村を二人は今、離れようとしている。二人にとって、この村は新たな人生を始めた故郷のようなものであった。
「セフィアちゃん、いつでも帰っておいでよ」
この村に初めて来た日、裕介を言いくるめ、セフィアを援護して、結婚式の立ち合い人までしてくれたおばさんにそう言われる。
「また来るといい」
無口なアルバルスも今日は珍しく声をかけてくれる。
「ありがとう、おばさん」
「ありがとう、アルバルス」
「ありがとう、みんな!」
裕介はセフィアの後ろで馬に跨り、二人は見えなくなるまで手を振ってピルブ村を後にした。
馬だとゲルトまでは三日もあれば到着するだろうが、裕介とセフィアは釣りをしながらゆっくりと進むことにした。裕介の土魔法とセフィアの魔法があれば、二人が宿泊する石の家など一時間もあれば建てることが出来る。二人は後の旅人の為に、ロッジを建てて残して行くことにした。
さて、サブル川の本流になると、川幅もグンと広がり、水量も増す。
この日、二人は、白樺っぽい木立に囲まれた場所にロッジを立て、そこから見える広い河原で釣ってみることにした。水深は深い場所でも二メートルほどだろう。水草が生えている。
「見てろよ、セフィア」
少し逆ワンドになって流れが緩んでいる場所の、河原に立った裕介は、ベイトリールを付けたタックルにスプーンを付けキャストする。
ブーン!
クラッチを切ったスプールは勢い良く回転し、スプーンは三十メートルほど飛んで着水した。
竿先を細かく揺らせながら、リールを巻き始める。
「トゥイッチって言うんだ。こうするとルアーがヒラを打ちながら泳ぐんだよ」
ガツン!
「食ったぁ~!!」
なんと一発である。戦争と魔物の出没で、誰も釣りなどせず、釣り道具すら発達していない世界の川は芳醇で、魚の宝庫だった。
「引くぞー!」
「すごい! 直ぐに釣れましたね!」
とセフィア。ラインが飛沫を上げて水面から立つ! 作ったリールで初めてドラグが滑る。
右に左に走る魚を、竿を寝かし逆方向に向け、いなす。
「やっぱ、ベイトタックルは使いやすいわ!」
ようやく魚が足元に寄ってきた。
「なんだ? なんだ?!」
六十センチほどの細長い魚体。アヒルのような大きな口、灰緑の魚体に不規則な白い斑点。
「これ、なんだったっけ? 本でみたことあるんだよな~」
「少し、気持ち悪い魚ですね」
「うん、確か、日本じゃない国で、恰好のゲームフィッシュだった… そうだ! パイクだ!」
「パイクですか?」
「うん、確か。俺も釣ったのは初めてだけど、カワカマスとも言うんだ、二メートルくらいまでなるのもいるそうだぞ」
「そんなに大きくなるんですか?!」
「うん、でもパイクは歯が凄いのでワイヤーじゃないと切られるって読んだけど、この世界のパイクは歯がないな」
「食べれるのですか?」
「たぶん、食ったことないけど。食べてみるか?」
「じゃぁ、食べてみましょう!」
この世界では、治癒魔法があるため、それほど食に対しては神経質ではない、食あたりや毒があっても、しばらく苦しみに堪えるだけで、ほとんどが治癒出来る。だから、この世界の人達はかなりの食の冒険者なのだ。大抵のものは平気で食う。
「セフィアも釣ってみろよ」
「では、見ててください」
セフィアは、鼻っからキャストをするつもりがない、リールをフリーにすると、ルアーを魔法で遠くまで運んだ。器用なもので、一度見ただけなのに、トゥイッチらしきことをしている。
まったく覚えがいいというのか、これには裕介も舌を巻いた。ほどなくヒットした! 裕介よりは少し小ぶりの四十センチくらいのパイクであった。
「先ずは、私の一勝ですね!」
「いや、俺の方が大きいじゃんかよ!」
「違います! 魚との勝負ですよ! パイクには勝ちました!」
「ははは、そういうことか! パイクよりはセフィアの方が頭がいいわけだな」
「当然です! これは、小さいので返してやりましょう」
「そうか、じゃ、リリースの方法を教えてやるよ」
「魚は、自分の力では、なかなか体力が回復出来ないんだ。だからこうして、川の上流に顔を向けてやって、身体に水をかけてやりながら、自分で返れるまで支えてやるんだ」
セフィアは言われた通り、やさしくパイクに水を掛けながら戻してやった。
「うぅ~手が冷たい!」
裕介はセフィアの手を握り、懐で温めてやった。セフィアは幸せそうに裕介に引っ付いていた。パイクは、とりあえずカツレツにしてみたら、かなり美味しかった。




