32 カワハラギケン
「カワハラ中佐! すごい、おっぱい…いや、美人が面会です!」
慌てて俺を呼びに来たのは、ミステイク兵士のマフィン君だった。おっぱい美人と言えば一人しか思い当たらないのだが、サーズカルまで来るなんて、どうしたんだろう?
「ユースケ、あなた、なんて物を作ったのよ!」
ドーンとステラがテーブルに置いたのは、タルモ村の絹の織物。色が増え、既に模様らしきものまで入っている。
「これを余所に持ち込まれたら、絶交だったわ!」
いや、絶交と言うほど、まだ仲良くなってはいないのだが…
「リンゲに行くついでに、繭を見つけたんで作ってみたんだ。タルモ村の収入になれば良いと思って、教えたんだが」
「この布は、ベイグルの、いや世界の経済や産業を変えるわよ。こんな綺麗で軽くてしなやかな布、誰だって欲しいわよ」
「そうかな…」
「間違いないわ。契約と思っていたけど、あなた、商業ギルドに登録しなさい、これから作るものも含めて大きな利権が発生しそうだから、商業ギルドで管理してもらった方がいいわ」
「そんな大層な…」
「いえ、作り出した商品は模造品が出回り、粗悪品だった場合、そのクレームはあなたに来るのよ。税金だってそうよ、模造品の税金まで払えないでしょ」
「マジ…で?」
「そうよ、だから商業ギルドに登録して、作り出したものの利権と正当性を一括管理してもらうの」
「なるほど、そういう便利な仕組みがあるのか、じゃあ、登録しておくことにするよ」
「サーズカルには、商業ギルドはないから、ブルケンでパルージャ商会が責任を持って登録するわ、この書類にサインと屋号を書きなさい」
ステラは商業ギルド登録用紙を置いた。
「えらく、親切だな」
「もちろん、お願いというか、取引きがあるの、あのシルクの製造と販売をパルージャ商会で一括委託管理させて欲しいの」
「なるほどな。それには、俺がこの世界で最初に草案したものだという必要があるわけか」
「まっ、そういうことね。お願い…」
あー、夏だからステラは薄着で、おっぱいの谷間を見せつけられて頼まれると、拒否できない。
「いいぞ、分かった。でも、タルモ村をはじめ製造する村からは暴利を貪ったりしないこと」
「もちろんよ。そんなことしなくても、供給が追い付かなくて価格が跳ね上がるわ」
「そうなるといいな」
「で、屋号はどうする?」
「そうだな… これからもジャンルを問わずいろんな物を作るだろうから、川原技研ってどうかな」
「カワハラギケン?」
「新しい技術を研究する会社っていう意味だよ」
「いいわね!」
こんな成り行きで、カワハラギケンが商業登録されることになった。
「おーい! ちょっと待った。ステラちゃん冷たいじゃないか、俺には言ってくれないのかよ?」
途中から食堂に来て、やり取りを聞いていた亜湖さんと、亜湖ファミリーが話に加わってきた。
「俺もさ、ガラスの製法を軍で開発したし、これから、ゴムも作ろうと思ってるんだ」
「ゴム…ですか? なんです? それは」
「例えばさ、そのポニーテール、紐でくくってるけど髪を通すときは伸びて、離すと締まるってな便利な輪っかがあればいいと思わないか?」
「それは、確かに便利ですね」
「その素材をこれから作り出そうとしてるんだ」
「新素材ですか? それはすごいことですよ」
面倒臭そうに聞いていた、ステラの顔が変わる。
「だから、俺も登録してくれよ」
「カワハラギケンじゃダメなんですか?」
「それは。ユースケの利権だろ?」
「わかりました、ではこの書類にサインしてください。屋号はどうしますか?」
「そうだな…亜湖製作所にしといてくれ」
「アコセイサクショですか?」
「そうだ」
「わかりました」
こうして、カワハラギケンとアコセイサクショの二つの町工場がスタートした。
ステラは、他にもお金儲けの匂いがすると、サーズカルにパルージャ商会を開いて、そのまま居座ることになった。
パルージャ商会は、本来、ステラの父親がオーナーでベイグル全土に商売を展開し、他国とも交易しているので、人に任せておいても問題ないし、絹も増産に入るそうだ。
ここは、前線基地だぞと言ったら、戦争は商売の大きなチャンスなんだという。
死の商人かい!
柿沼さんが、その話を聞いて「ミステイク建設も、スタートさせた方がいいんじゃないか?」と笑っていた。
ミステイク建設って、ゼネコンみたいです。
こうしたやり取りの中、厨房の影からそーっと覗いていたものがいる。
「そうか、あれがステラさんか…」
アリサは、納得するようにポツリとつぶやいた。




