お父様への贈り物②
リシャールの三十歳の誕生日当日、彼はいつになくきりりとした面差しで本城へ向かい、その約二時間後、疲れを一切見せないはじけるような笑顔で戻ってきた。
「ただいま、サラ、フェリクス、リディ! お父様はちゃんと、仕事を終えてきたぞ!」
「おかえりなさいませ。お疲れ様です」
「……おかえりなさい、ちちうえ」
「おとうさま、おかえりなさい!」
式典用の豪華な上着を脱いでダニエルに渡すなり、彼は出迎えてくれた家族をぎゅうっと――もちろんサラの腹に気を付けながら――抱きしめ、幸福に浸っていた。
留守番をしていたサラたちは、今夜の式典の様子を知らない。
だが今回の誕生会に同行したダニエルは、「殿下のことだから、絶対渋い顔で参加されるはず」と噂していた貴族たちが、至極楽しそうなリシャールを見て目を剥いたのを思い出し、遠い眼差しになった。
これを乗り切れば愛する家族たちからの贈り物が待っている、という希望を胸にしたリシャールは、本当に無敵だった。
既に夕食の時間は終わっているので、リビングには軽食と飲み物だけが準備されていた。
まだ深夜までは時間があるが、最近寝る時間を少しずつ遅くしているフェリクスはともかく、リディは早めに寝なければならないので、刺激の少ない果実水などが揃っている。
「おとうさまは、こっちです。……はい、きょうのしゅやくです!」
リディに手を引かれてソファ――色紙や紐などで飾られた、特等席仕様だ――に座ったリシャールの頭に、フェリクスが紙製の冠を載せる。
厚紙を黄色に塗って切って丸めて貼り付けただけの、簡素な冠だ。
歴史上、王冠を巡って争った王族の話は枚挙にいとまがないが、そんな金属の欠片なんかより、この紙製の冠の方がずっと価値があると、リシャールは確信した。
家族それぞれが席に着き、果実水で乾杯をする。
「おとうさま、おたんじょうび、おめでとうございます」
「おめでとうございます、ちちうえ」
「おめでとうございます、殿下」
「……ああ、ありがとう、皆」
妻子から掛けられた言葉は、先ほどの式典でいけ好かない貴族が述べた薄っぺらい祝福の言葉の、三百倍は嬉しい。口に含んだ果実水も、いつも以上においしく感じられた。
そうしていると、フェリクスとリディが目配せをした。そして、壁際に立っていたクレアがささっと歩み寄り、平べったい紙製の箱をフェリクスに差し出す。
「これ、ぼくたちからちちうえに、おくりものです」
「がんばってつくりました」
いつも表情筋の活動が控えめなフェリクスは微笑み、リディは愛らしい顔をいっそう華やかにほころばせ、はい、と箱を渡してきた。
礼を言ったリシャールはどきどきしながら箱を受け取り、まずはじっくりと包装紙を見てみる。
子どもたちが拙くも一生懸命包んでくれたことが分かる、可愛らしいラッピングだ。箱に付いている紙製の薔薇飾りだけは精巧なので、これだけはサラが作ったのだろうと分かる。
子どもたちの許可を取り、包装紙を丁寧に剥がす。この紙とリボンと薔薇は保管しておこう、と心に決めて包装紙を外し、中に入っていた薄っぺらい箱を開いた中には――
息を呑み、リシャールはそれを手に取る。
大きさは、食事の際に使う小さめのサラダボウルくらい。全体的に手触りがざらざらしていて、絵の具で着色されている。
「これは……仮面?」
「はい。ちちうえは、かめんがおすきだとおもったので」
「わたしたちで、がんばってつくりました! とってもかわいいでしょう?」
フェリクスが淡々と、リディが弾むように言う。
リシャールの手元にあるのは、粘土を成形して作ったらしき、仮面。
普段彼が外出時に装着しているものを真似ているのか、両目と口に該当する箇所にぽっかり穴を開け、それだけでは華やかさに欠けると思ったからか、絵の具で鮮やかに彩色され、飾りの紐なども付いている。
これを付けて町を歩けば人目を集めるし、下手すれば警邏に捕まってしまうかもしれない。
そんな仮面を手に、リシャールはまばたきし――
「……なんて、素晴らしい仮面なんだ……! ありがとう、フェリクス、リディ!」
大喜びで、早速それを装着した。
フェリクスとリディはそんな父を見て声を上げて喜んだが、サラやクレアたちはさっと目を逸らした。
彼女らとてフェリクスたちが作った仮面に文句があるわけではないのだが、極彩色の仮面を着けた王兄殿下の姿は、大人としては少し直視に耐え難いものがあったようだ。
「目や口の穴の位置も、ぴったりだ……素晴らしい。明日から俺はこれを着けて、城に行こう」
「殿下。せっかくフェリクスたちが作ってくれた大切な仮面なのですから、外出時に着けて不慮の事故で壊してはいけません。ですので、着けるのは離宮の中だけにしましょうね?」
「……ああ、それもそうだな。よし、そうさせてもらう」
サラにすかさず突っ込まれたが、リシャールはすんなり納得し、外した仮面をしげしげと見つめて頬を緩めたのだった。
その後、離宮周辺では、妙な噂が立つようになる。
なんでも、「離宮周辺で、道化のような格好をした不審者が現れる」と、近くを通った貴族たちが噂しているのだという。
彼らは騎士団に報告し、すぐに離宮の主であるリシャールに伝えられ、大切な家族に何かあってはならないと、彼は調査に乗り出た。
だがいくら調査しても、報告にあったような不審者の姿は見えない。
「きっと何かの見間違いだろう」と妻に言う王兄殿下は、祭りから抜け出てきたかのように派手な仮面を着けていたとか、いなかったとか。




