09 閲覧制限
「はぁ……情報なし、か。」
生徒名簿であればハルトの名前もあるかもしれないと資料室を訪れたが、収穫はなしだ。
こんなにあっさり侵入出来ていいのか? と思うけれどもイグナーツ家の魔法がエグいって事なんだろう。
すごい……人に弟子入りしたな私。
もうすぐゲーム開始だというのにハルトが不在であることは不安であるが、スキップ機能の事も気になっている。
まるでこの世界がゲームのよう、あるいは私が不純物であるかのよう。
だが、このスキップがあるからこそ現実の情報を私は忘れずにいれている。
人間、幼い頃の記憶など曖昧になっているものだ。
普通に15年生きていたら前世の記憶などあせて、必須だと感じた情報のみを持ち、三條 美奈子ではなくブランカ=メークインだと己を定義しているだろう。
私はまだ、美奈子と呼ばれても反応出来ると思う。
……ゲーム本編が終わったら私は現実に戻るのだろうか。
例えば、このブランカ嬢の肉体に私と本来の彼女の魂とで2つあるとしたらどうだろう。
お互いが表に出ている時はスキップのように感じられる、
彼女は私の影響を受けているので人格に大きな影響がない。
記憶が共有出来ているのは身体、脳が覚えているから切り替わった時に知る事が出来る。
『では、選ばせて差し上げましょう。』
あの声の主はなにをしたんだ?
手に持っていた書類の束を所定の位置に戻し、学園行事予定表を探す。
ゲームと同じだとは思うが、確認だ。
本ゲームの時間は現実の地球と同じである。
春夏秋冬365日、太陽も月も1つずつで1日は24時間。
ただ、夏もあんまり暑くならない。
なので制服はずっと同じである。
……多分ね、立ち絵の差分を用意するのにもお金がかかるとか、そういう事情があったんだと思う。
発売当時の乙女ゲーム業界、長期的に遊べるアプリ系の登場で大分人気が落ちちゃったからね。
CDを出せるアイドルものならともかく、買い切りのゲームだけの売り上げで勝負しようとすると難しい時代だった。
1月~3月は社交界の時期なのでお休み。
4~12月が学園で過ごせる時期だ。
当然夏休みはない。
行事は
4月 入学
5月 レクリエーション
6月 舞台観賞会
7月 第一考査
8月 聖星祭
9月 闘技会
10月 第二考査
11月 学園祭
12月 第三考査
となっている。
今は5月上旬、もうすぐレクリエーションがある。
主人公が引っ越してくる季節である。
ゲーム的には5月~8月までがルートを決める為の期間、聖星祭でルートが固定されて12月に魔女と戦う。
「しかし学園のリストにも名前がないとは……。」
ゲームのルートから外れちゃったのかな?
「それはですね、隠蔽の魔法がかけられているのでランク1以上の閲覧権限がないとダミーしか見えないんですよ。」
「へぇーなるほどー。」
はた、と思考がとまる。
何故これほど近い距離にまで接近されて気が付かなかった?
ギギ、ぎこちなく書類から顔をあげた。
ミルクティー色の髪を揺らした少年がにっこりと笑顔を向けた。
「ハ、ハルトゥ=イグーナチュ!」
「あはは、落ち着いてください。」
「あえ、え、大丈夫? ご飯はちゃんと食べてる? お金に困ってたりしない?」
「貴方は私のお母さんなんですか?」
「生きてる?」
「幻ではありませんよ。」
い、生きてる……!
私の知っている推しが現存している……!
ありがとう、推しが存在する世界ありがとう!
「こうした隠蔽の魔法はその組織独自のものが多いですから、いい感じに教師を丸め込んで権限を貰うか、独自で権限を作ってしまうかですね。」
「作れるの!?」
「はい、例えばこの本なんですけれど……。」
『閲覧を要求する』、そう言った瞬間に本から立体的な……球体の魔方陣が浮かび上がる。
え、なに。なにこれ。
「これが鍵のようなものでして。ここをくるくるっと回してこれを正しい順番に入れ替えるんですよ。」
魔方陣はくるくると回り、円が小さくなったり大きくなったり順番が変わったりして、最後は平らになった。
魔方陣は光の粒となり、本の表紙を正しいものへ変化させた。
パズルのようなものだろうか?
「この開ける作業を簡略化したものが閲覧権限なんですよ。」
ご清聴ありがとうございました、とハルトは上機嫌だ。
す、すごい……!
これが5年間当主として生きてきたハルト=イグナーツ!
今まで私が魔法を教えてたのに教える立場にまで成長して……!
「こんなに立派になって……!」
「……おばあちゃんみたいなこと言いますね。昔からそうでしたけど。」
ハルトが呆れ切った顔をしている。
しかし、本当に差をつけられてしまった。
私の知識はかつて一緒に勉強したもの以外は、書庫で得たものくらいだ。
「学園の閲覧権限、最大ランク10までありますけれど、必要ですか?」
チートか??
え、地力なんだよねその権限? ハルト優秀過ぎない?
15歳なんだよね??
「…………?」
いや、落ち着こう。
観覧権限ランク10は魅惑的だが、まず……。
「……ハルト先生。」
「先生?」
「まずは地力で解く方法から学びたいのですが、お願い出来ますでしょうか。」
ハルトは一瞬黙って、納得したように手を叩いた。
「そういえば、イグナーツ家の魔法は途中までしか教わってませんでしたね。」
そうなんですよ!!!
事件以降連絡とれなかったので独学だったんですよ!
イグナーツ家の魔法は得られなかったんですよ!
「ふむ。では基本的な隠蔽魔法を用意するので、地力で解除してみてください。……解除の方法が分かるようになれば、自動解析魔法の使用許可を渡せます。」
魔方陣の展開が2桁になったら自動解析がないと時間かかりますからね、と平然と言っているがそんなのまで解いてたんです?
イグナーツ家……情報に関しては本当にチートな……。
「ふふ、不思議な感覚です。貴方に私が教えるなんて。」
ハルトがにこにこ笑っている。可愛い。
しかし断られるかも、と思っていたので了承して貰えて安心した。
「良かった……。」
「え、断られると思ってたんですか?」
「それはその……嫌われていると思ってたから。」
キャラクターのハルトと、目の前にいるハルトを同一視してはいけない。
あれはゲームで、クラリス視点のハルトだ。
ちゃんと私、ブランカ視点でハルトを見ないと駄目だ。
かつての私は推しとしてしか彼を見ていなかった。嫌われてしまうのは当然だ。
「いえ、今も嫌いですけど。」
「!!?」
え、今も!? キラワレテタ!?
恋愛フラグはモブには無理だろうと思ってたけど、困った時に頼れる友人くらいを目標にしてたのにどうしてこうなった!?
自業自得でしたねごめんなさい。
「ならどうして、教えてくれるの……?」
「君はライバルですから。」
ちゃんと教えないとフェアじゃありません、と笑うハルト。
……。
そうだ、私たちの関係はライバル、対等な存在。
「……ハルト、私、これからちゃんと見るから。」
「?」
「ハルトの頑張っているところ、ちゃんと見てるから!」
彼の当主である孤独は、私にはどうにもできない。
ハルトがハルトらしく振る舞う事が出来るようになるのに必要なのはクラリスなのだ。
きっと私は、当主の彼を見なくちゃだめだ。
ゲームの彼は当主の仮面をとったハルトだ。
それはクラリスに向けられたものだ。
「……よく分かりませんけど、分かりました。」
こうして、私とハルトの新しい学園生活はスタートした。
次から攻略対象の説明……の予定