Duct34 ダクトテープと刃
この日、セシルは腰に剣を差していなかった。
ここ最近は平和な日が続いていたので、剣士としての用心がおろそかになっていたのだ。
「すぐに剣を持ってきますの!」
フィアが大急ぎで家の中に戻る。
その間、ワイバーンの大群から10匹が離れ、それぞれが旋回しながら降下を始めた。
俺たちと初太刀を交える先陣のようだ。
「リョウ様! 時間を稼いでください!」
「任せろ!」
スキルを発動させ、ダクトテープの巨大なネットを10個を空中に浮かべた。
そして、旋回している10匹のワイバーンに向け、そのネットを1個ずつ投げつける。
ワイバーンは翼をネットに絡め取られ、無様に地上に墜落する……はずだった。
しかし、予想とは大きく異なる結果となってしまう。
ネットがワイバーンの翼に取り付く寸前、突如としてネットが細切れになって四散してしまったのだ。
「なに!?」
俺が視界に捉えたのは、ワイバーンの背に1人ずつ乗るトカゲ頭の人だった。
その左手に、わん曲した片刃の刀を握っている。
俺の認識の範囲内では、あれはリザードマンだ。
ファンタジーの世界では結構な強敵。
そのリザードマンがダクトテープのネットに向かって刀を振るい、見事にネットを切り刻んでみせた。
ダクトテープは伸縮の耐性には強いが、薄いままでは刃などによる裁断の耐性に劣る。
魔王軍はわずかな俺との戦闘をしっかり分析し、攻め手を改善してきたのだ。
ビジネス的にはPDCAサイクルがしっかり……って感心している場合ではない。
リザードマンたちを乗せた10匹のワイバーンの高度がぐんぐんと下がってきた。
このままではセシルの戦闘態勢が整わない前に攻撃されてしまう。
「天空の白き息吹よ我に従え……氷槍結昇!」
グラがそう声を響かせた途端、地上から10本の巨大な氷の槍が天に向かって伸び上がり、降下中のワイバーンの体を捉えた。
ワイバーンたちは翼や脚を氷の柱によって大地に縫い付けられ、その動きを止める。
その背の上では、リザードマンたちが怒りの形相でグラをにらんだ。
そのとき、フィアがセシルの剣を抱えて玄関から跳びだしてきた。
「あとは私が引き受けます!」
フィアから剣を受け取ったセシルが抜刀しながら一番近いワイバーンに向かって跳躍した。
そのワイバーンの背にいるリザードマンがセシルを迎え撃つべく、刀を構える。
が、その剣先がセシルに向く前に、トカゲの首は空を飛んでいた。
セシルの剣の方が圧倒的に早く、強い!
「グエエ!」
残る9体のリザードマンたちが動けなくなったワイバーンの背から跳びだし、地上へと降り立った。
しかし、9体のうち2体は地上に降り立つ直前と直後にセシルの剣によってほふられる。
「リョウ様! ダクトテープを奴らの目に!」
「おっ、おう!」
俺は残る7体のリザードマンの目の前にダクトテープを出現させる。
その位置は、奴らが剣を振るう間合いの内側であり、この距離ならば切り刻まれることはない。
そして、そのままダクトテープをリザードマンたちの目に貼り付けた。
「グエ!!」
ダクトテープで目を塞がれたリザードマンはたちまちにうろたえ、動きを乱した。
そして、それは最強の剣士の前では決して見せてはならない失態だった。
奴らがダクトテープを目から引き剝がす前に、セシルの刃が疾風のごとく駆け回り、全員の体を貫いていた。
俺はダクトテープのネットを再び出現させ、グラの魔法によって動きを止められたワイバーン10匹に向けて放つ。
ネットがワイバーンの翼を絡め取る。
グラが魔法を解除した途端、ワイバーンは無様に地上に落下した。
我が家の庭には、動きを止められたワイバーン10匹とリザードマン10体の死体が無造作に転がった。
はっきり言おう。その光景に、俺はけっこう大きなショックを受けた。
動揺した、怖くなった。
それはそうだろう。だって、人間ではないとはいえ、斬殺された死体を見るなんて初めてのことだ。
しかも、リザードマンの死には俺も手をくだしている……。
「リョウ様! まだ戦いは終わっていません! 迷っている暇はありません!」
セシルの叱咤にわれに返る。
そうだ、迷っている暇も恐れている暇もない。
殺さなければ殺される。
これはゲームじゃない、本当の戦闘なんだ。
上空では1匹のワイバーンがゆっくりと旋回を始めていた。
そのワイバーンは他のワイバーンよりも一回りも大きい。
こちらまで伝わる風格と迫力から、この一軍を率いる将が乗るにふさわしいワイバーンに思えた。
将が乗るワイバーンは、先陣の10人と10匹が倒された様子を観察するかのようにゆっくりと両翼を羽ばたかせている。
先陣は戦力の逐次投入という愚策の結果ではなく、俺たちの出方を調べる先兵の役割だったようだ。
ということは、次の攻撃では残る90匹90人が一斉に襲いかかってくる可能性が高い。
「フィアは森に隠れていろ!」
俺は玄関の前でほうきを持って立ちすくんでいたフィアにそう声をかけた。
「嫌ですの! フィアも戦いますの!」
「ダメだ! 森に行け」
「嫌ですの! 死ぬときはフィアも一緒ですの!」
フィアが絶叫した。
「わたしたちは死にませんよ。だって、勝ちますから」
血染めの剣を持ったセシルがそう言って優しくフィアにほほ笑んだ。
「ですから、フィアさんは家の中でお茶を淹れて待っていてください。すぐに敵を片付けて行きますから」
「セシルお嬢様……」
フィアはポロポロと涙を流しながら、血染めの剣とフィアの笑顔を交互に見た。
そして、決心したように涙を拭いた。
「わかりましたですの。おいしいお茶を淹れますの。ですから、必ず3人で戻ってきてくださいですの。そして、森にお花を採りに行って、花壇を完成させるですの」
フィアはそう行って無理矢理に笑顔をつくると、きびすを返して玄関に入り、ダクトテープの扉を閉めた。
「さて、これで本気が出せるな。リョウ、お前のダクトテープの力はまだまだこんなもんじゃないだろ?」
グラがそう言って不敵に笑った。
「グラ……いいのか?」
「なにが?」
「だって、相手は魔族だぞ。グラにとっては仲間だろ?」
「なんでかな。さっきは、気付いたら魔法を唱えていた。きっと、魔族である以上に、リョウとセシル、フィアとのつながりの方が大事なんだろうな私は」
グラがおどけたように肩をすくめた。
「そうか……ありがとう」
「ありがとう、グラスネージャ」
「どういたしましてだ」
俺とセシルの声に、グラが照れたように頭をかいた。
「やはり裏切ったか、グラスネージャよ!」
上空から雷のような怒号が振ってきた。
それと同時に、大型のワイバーンの背から一つの大きな影がひらりと地面に向かって跳んだ。
なんと、敵の将が単独で降下しようとしている!
「バカめ! 単なるでかい的だ」
俺はダクトテープのネットを四方八方から敵に向かって投げつけた。
先ほどとは違い、あらゆる方向から襲ってくるネットの全てを切り刻めるはずがない。
さらに、グラが先ほどの氷柱の呪文を詠唱し、槍のような氷の先端が敵に向かって急速に地上から伸びた。
ダクトテープと氷魔法のダブル攻撃だ!
「ぬんっ!」
しかし、敵が気合いとともに両手を振り払った瞬間、ダクトテープのネットも氷の柱も粉々に霧散してしまう。
敵が両手にそれぞれ握った巨大な剣で俺たちの攻撃をなぎ払ったのだ。
驚愕する俺たちの前方に、稲妻のような轟音を立てて敵の将が降り立った。
「初めまして勇者殿。久しぶりだなグラスネージャ、そして、セシル姫」
そう言って野太い声を上げた敵は、その顔を不敵にゆがませた。
いや、ゆがませているような気がした。
彼の顔には表情がなかった。
あるのはただの白い骨と闇夜を思わせる目のくぼみ。
目の前の敵は、身長が3メートルはある巨大な骨の戦士スケルトンだった。
真っ黒な鎧で全身を包み込み、長さ2メートルはあろうかという巨大な剣を両手に握っている。
「幻妖将軍エネジス……」
セシルがしぼり出すような声を上げ、唇をかんだ。
「我が名を覚えておいでかセシル姫。光栄ですな」
エネジスと呼ばれたスケルトンの大男がカチカチと骨を鳴らした。
「お父様とお母様、そして数多の家臣、国民を殺した仇の名を忘れるはずがありません!」
「カナタ公国滅亡は両軍の戦の結果。我が輩が恨まれる筋合いはありませんな。恨むのなら天下無双の剣士と謳われつつも無様に我が剣に敗れ、国を守れなかった父君を恨むべきですな」
「黙れ!」
セシルが咆哮した。
その肩は震えているが、それが怒りからなのか悲しみからなのかはわからない。
ただ、苦しげに眉根を寄せつつも懸命に口を真一文字に結んでいるセシルの表情から、彼女の心が何かに必死に耐えていることはわかった。
この巨大な骸骨男がセシルに「亡国の姫君」という二つ名を与えた元凶というわけだな!
こいつがセシルに剣を握らせ、振るわせ、返り血を浴びさせている張本人!
なによりも、セシルにあんなに辛そうな顔をさせていることが許せない!
俺はこれまでにない怒りが胸に満ちてくるのを感じた。
よし、行くぞ骸骨野郎!
スキル「ダクトテープ」を全力でぶつけてやる!




