Duct24 ダクトテープとドラゴンの肉2
西の空が夕焼けに染まるころには、俺の手抜き玄関工事が終わった。
全面灰色で不格好な形だが、強度は問題なさそうだ。
さすが、ダクトテープは万能だぜ!
俺が満足げに玄関を眺めている後ろでは、サロメと808匹のタヌキさんたちの働きによって、ドラゴンの解体もほぼ終わっていた。
明日以降、街の武器・防具屋ギルドのみなさんが、庭に積み上げられた革と角、牙を引き取りに来る手はずになっている。
これでまた大金ゲットだ。
ちなみに、皮を剝がれ、血抜きされた巨大な肉塊にも使い道があった。
まず、肉塊は千個近くの数の塊に小分けされた。
その塊を、作業を終えた808匹のタヌキさんたちが1匹1個ずつ持ち上げる。
そうやって両手で肉を持ち上げたタヌキさんたちは、一斉に森の中へと駆け出していった。
――トットトコ、トットトコ、トットトコナ。
タヌキさんたちは、そんな足音を立てながら続々と森の茂みに姿を消していった。
ドラゴンの肉は、森に棲む肉食獣や雑食獣たちへおすそ分けをした後、余った分は自分たちで食べるんだそうだ。
こうして、庭には巨大な骨格と、ひと抱えほどの大きな肉塊が残された。
フィアがその肉塊を前に堂々と宣言する。
「さあ、今晩はドラゴン肉でバーベキューですの!!」
「「やったあああああ!!」」
俺たちの歓喜の声が庭中に響き渡った。
要領がいいフィアは、昼のうちに庭に石を積んで簡易的なかまどを作っていた。
そこに薪をくべ、鉄の網をかけ、厚いドラゴンの肉をドシドシと置いていく。
途端に、肉がジュージューと音を立てながら香ばしい匂いを放ち始める。
バーベキューなんて学生のとき以来だなあ。
しかも、ドラゴンの肉だなんて、異世界ならではの一品だ。
すげーおいしそう。
ああ、久々にビールが飲みたいな。
ビールってこの世界にもあるのかな。異世界のフード系物語では大抵存在しているよな。
なら、あるか。
今度、タヌキさんたちに瓶で買ってきてもらおう。
フィアがドラゴン肉を裏返す。
適度に付いた焦げ目に脂がはじけている。
思わずよだれを拭った途端、俺はあることに気が付いた。
グラがいない。
そして、サロメも見当たらない。
こ、これは、もしかして……。
「セシル、グラとサロメを見なかったか?」
「あれ!? さっきまで隣にいましたよ……そろそろお肉が焼き上がるのに、どこに行ったんですかね」
セシルがキョロキョロと周囲をうかがうが、やはり2人はいない。
周囲の森はすでに夕闇に沈んでいる。
やられた。
俺が肉に気を取られている隙を突き、さらに夕闇に紛れることで見事に気配を消しやがった。
「あっ、いたいた。もう、どこに行ってたんですか?」
セシルの明るい声に迎えられ、2人が戻ってきた。
バーベキューの炎に照らされるグラとサロメ。
そして、俺が心配していた通り、サロメの様子が変だ。
サロメはグラの左腕に両手を絡ませ、しなだれかかっている。
一方のグラは、炎の照り返しの中でもわかるほどに頬を上気させ、満足げに口の端を上げている。
めっちゃくちゃ嬉しそうだな、おい!
「ちょっとそこまでお花摘みに行ってたんだ。なあ、サロメ」
「……はい」
グラがサロメのあごに手をかける。
すると、サロメが潤んだ瞳でグラを見つめ返した。
さらには、サロメが突如として「好き」とのたまうと、グラのことをしっとりと抱きしめてしまう。
そんな2人の様子に、セシルは「ちょ、そ、そういうことは人前では……」と恥ずかしそうにうつむいてしまう。
フィアは「グラスネージャお嬢様とサロメさんは仲良しなんですの? うれしいですの」とニコニコしている。
違うから。どっちも微妙にずれてるから。
「おい、お前、やっただろ?」
にやつくグラの肩に俺はポンと手を置く。
すると、グラは途端に視線を泳がせ、たどたどしい言葉使いで話し出した。
「……ワタシ、ナニモ、シテナイヨ」
「言い方を変えても無駄だ。そもそも、それが誰の物まねなのかわからん」
「……ヤッテナイヨ、ワタシ、ヤッテナイヨ」
「だから、誰だかわかんねーよ!」
俺はグラの頬を両手で押さえ付けムニュとさせる。
「今すぐにチャームの魔法を解除しろ」
「タ、タカラ、チラナイネ」
「だー、それはもういい!!」
俺は10センチほどのダクトテープを出現させると、そいつをグラの口にバチコーンと貼り付けた。
「さっさと魔法を解除しろやー!!」
制裁の意味を込め、ダクトテープを思いっ切り剝ぎ取る。
「んっ!!」
途端にグラの唇から嬌声がもれた。
そして、恍惚の表情のまま痛みに身を任せている。
つまり、チャームの魔法を解除する様子がまったくない。
「くっそ、まだ懲りないのか。今度は頰だ! それ、ビリビリーっと!」
「んっ!!」
「まだ、駄目なのか。次は腕だ! それ、ビリビリーっと!」
「んっん!!」
俺はグラの体にあちこちにダクトテープを貼っては剝ぎ取る、貼っては剝ぎ取るを繰り返した。
そうしている間も、サロメは「好き。好き」と言って、その身をグラにまとわりつかせている。
「ウヘヘヘ」
グラの恍惚の表情がさらに深まり、病んでいくのがわかった。
口元には、よだれさえ浮かび始める。
ああ、この子はもう駄目だ、こちら側にもう戻ってこられないかもしれない……。
どうすればグラを正常に、そして、サロメを正気に戻せるのだろうか。
万能のダクトテープですら、この状況では役立たずではないか。
いや、むしろ、ダクトテープが事態を深刻にしている。
――もう、駄目かもしれない。
俺が絶望しかけたそのとき、すべての者を元に戻す奇跡のひと言がフィアから発せられた。
「さあ、お肉が焼けましたの!」
「「わーい」」
グラもサロメも途端に正気に戻ると、フィアの元に駆け寄り、ドラゴンの肉にかぶりついた。
そして、何事もなかったかのように、女子4人でキャイキャイと談笑し始めたではないか。
……万能ダクトテープをもってしてもなし得なかったことを、いとも簡単にこなしてしまうとは。
ふっ、何人たりとも肉の魔力には勝てないということか。
無力感に覆われた俺は手にしたダクトテープを丸め、炎の中に投じた。
ジュと音を立て、燃え、溶けていくダクトテープ。
すべてがむなしい。
周囲には香ばしい肉の香りが満ちている……。
おいしそう。
さて、俺も肉、食ーべよっと!




