Duct19 ダクトテープで心の隔たりを埋めてはならない1
夕方になってダクトテープ製の冷蔵庫をのぞいて見ると、驚いた事にみずみずしい山菜やキノコ、さらにはカットされた肉の塊も入っていた。
「こ、これは、どうしたことだ?」
あまりの奇想天外な出来事に思わずうなる。
昼前に見たときには、確かにパンと豆、チーズしか残っていなかったはずなのに。
「森の中で集めてきたですの」
俺の隣に立つフィアがそう言って得意げに胸を張った。
フィアを罠から助け、家に連れて帰ったのが昼すぎ。
今は夕方だから、わずか数時間でこの食材を集めたことになる。
でも、家に来たフィアはダクトテープの手袋とスポンジに歓喜しながら台所の掃除と皿洗いをして、その後は、ついさっきまでダクトテープのコロコロを使って嬉しそうに床を掃除していた。
食材を集める時間なんてなかったはずだ。
「いつ集めたんだい? 1人でやったにしては、時間が足りなかっただろうに」
「みんなにお願いしたですの」
「みんなって誰?」
みんながセシルとグラではないことはわかる。
もちろん、俺もそんな面倒くさいことはやっていない。
「フィアに付き従っている808匹の眷属ですの」
「眷属?」
「はいですの。眷属たちはフィアと違って人化の術は完璧ではないですの。ですから、ご主人様から見ればきっとタヌキに見えますの」
「その、なにか? フィアはその808匹ものタヌキを意のままに操れるのか?」
「意のままではないですの。あくまでもお願いしたですの。みんないい子たちだから、これからは食材集めも家事のお手伝いもしてくれるですの」
つまり、808匹ものタヌキがフィアとともに我が家の家事を担ってくれるのか。
俺は、タヌキが一生懸命に森で食材を探し、我が家にせっせと運び込む様子を想像してみる……。
――ごん、お前だったのか。
やだ、とてつもなく、かわいい。
「でかしたぞフィア! えらい、かわいい、すごいぞ!」
「それは、よかったですの」
俺が素直に褒めると、フィアがニッコリとほほ笑んだ。
よほど嬉しいのか、丸い尻尾がフリフリと揺れている。
「「ケッ」」
そのとき、居間から今日3度目の下卑た舌打ちが響いた。
恐る恐る振り返ると、セシルとグラが居間の机に上半身を突っ伏したまま、ピクリとも動かないでいる。
そんな2人の様子を見て、フィアの顔が一瞬で青ざめた。
恐怖のためか、獣耳と尻尾が一気にたれる。
これは、いかんな。
フィアには、セシルとグラへの恐怖心が存分に植え付けられてしまったようだ。
セシルとグラが凶暴化したのは肉の禁断症状のせいであって、本来は気の優しい子たちであることをわからせなくてはいけない。
なんせ、今日からは一緒に暮らすんだからな。
――ダクトテープを信じろ。
いつもの神の声が頭に響く。
OK神様。
さて、ダクトテープでなにかできるかな。
セシルとグラ、フィアの3人の手首をダクトテープでグルグル巻きにしてくっつけて、強制的に共同生活、共同作業をさせてみようか……。
いや、ダメだ、ダメだ。強制的はよくない。
あくまでも、3人が自主的に心を開かねば良好な関係は継続しないし、そもそも意味がない。
いくらダクトテープが万能とはいえ、心の隔たりを埋めるのに使ってはだめなのだ。
では、どうするか。
要は、この家でのフィアの立場、必要性を明確にし、それをセシルとグラが肯定的に受け入れる必要がある……。
そうだ、3人を仲良くさせる妙案が浮かんだぞ。
しかし、それを実践する前にフィアに確認することがある。
「フィア、ちょっと、耳を貸せ」
「は、はいですの……」
俺が肩を引き寄せると、フィアが何事かと驚いた様子で俺を見上げた。
しかし、見上げたことで、フィアの頭頂部にある獣耳が後ろに遠ざかってしまう。
なので、獣耳に手を添え、俺の方にゆっくりと引き寄せる。
「んっ……ですの……」
耳を触られたフィアがビクッンと全身を小さく震わせた。
「あっ、ごめん。くすぐったかった?」
「だ、大丈夫ですの……ご主人様だったらいいですの……」
そうなの? じゃあ、遠慮無く。
俺は獣耳をやさしくつまみ、唇をそっと近づけた。
「んっ……ですの……」
フィアが唇を噛み、くすぐったさに耐えている。
しかし、我慢できないのか、膝がガクガクと震えだした。
「フィアは俺に恩返しするために家政婦になってくれるんだよな」
「は、はい、ですの……」
「では、セシルとグラに対してはどうなんだい?」
「そ、それは、ご主人様と、あっ、あのお二人がどういう関係によりますですの……」
「対等な立場の同居人かな……」
「では、フィアはお二人にとっての家政婦さんでもあるですの……んっ」
そうか、では、問題ないな。
先ほどのアイデアを実践しよう。
それにしても、よほどくすぐったいのだろうか、フィアの震えが止まらない。
かわいそうなので、俺は3人仲良し作戦の内容をできるだけ簡潔に素早く獣耳のそばでささやく。
獣耳に俺の息がかかるたびに、フィアは「んっ……ですの……」と肩と耳をビクンとさせた。




