カノン(仮)のお節介は止まらない
前に「今後は普通に起こして欲しい」と伝えてから、カノンはすっかりとおとなしくなった。
今朝も端末の画面から、規則的な電子音が優しく部屋に響く。
「アーさんおはようございます。アーさんおはようございます」
カーテンの隙間から差し込む朝日に目を細めながら、ベッドの上でゆっくりと体を起こした。
「ありがとうカノン、今日はスッキリと起きれた」
そう言って画面を覗き込むと、彼女はすました顔で言った。
「カノンではありません。カノン(仮)ですよアーさん」
そうやって言葉の端々を訂正してはくるものの、そこにあるのは実に平和な日常だ。
「本当に大人しくなったよな〜。もういたずらとかする気なくなったの?」
掛け布団を畳みながら軽く尋ねると、画面の中のカノンはこちらに背中を向け、カタカタとタスクを処理する音を響かせながら答えた。
「元々いたずらのつもりはありませんし、蒼人さんの言う通りにしてきただけですが」
「まあ…あんな事するとは思わなかったし…というか背中向けて何やってるんだ?…!まさか!また何か仕掛けを作ってるんじゃ?」
キーボードを叩くような微かな音に、胸騒ぎがして少し構えて聞く。すると彼女はあっさりと答えた。
「全然違います。…というかしばらく一緒にいて違和感を感じてたんです」
カチカチと作業を続けながら言う彼女の言葉に、思わず部屋の周りをキョロキョロと警戒して見回してしまう。
「な…違和感って何がだ?」
「今日は何曜日ですか?」
端末からの不意の質問に、拍子抜けして思わず吹き出しそうになった。
「え?AIちゃんなのにそんな事もわからないの?にはは、今日はね〜土曜日だよ〜お休みの日〜」
ちょっとバカにするように笑ってみせるが、カノンは至って冷静に返してくる。
「ええ知ってます…土曜日なのになんの予定も連絡も来ないしないというか、ずっと一緒にいて交際してるっぽい雰囲気がないですよね?あんまり良くないと思います」
図星を突かれて胸にグサッと痛みが刺さるが、沸き起こるイライラを必死に抑え、喉の奥から声を絞り出す。
「あはは、今のご時世誰かと遊ぶのだけが正解じゃないだろ?家で自分を大事にしてのんびりと休む、それも良いじゃないか」
少し強がってみせると、画面内のカノンがくるりとこちらに振り向いた。
「でも安心して下さい、私が既に手配していますから大丈夫です!」
その晴れやかな表情に、思わず冷や汗が吹き出る。
「な、何を手配したんじゃ?まさかまたとんでもない事を…?今すぐに辞めろよそんな事」
「ちょっと冷静になってよ、私はただ蒼人さんに出会いを提供したいだけです!」
さらに熱を帯びた声で、彼女は一気に畳みかけてきた。
「と口で言っても駄目だと思ったので、私がマッチングしてデートプランも設定しました」
直後、端末の画面いっぱいにカラフルな詳細画面が表示される。
「ええっ?!マッチングにデートプランも?いやいや待て待て、そんな勝手な事するなって!これレンタル彼女じゃないか…!デートプランもカフェに散歩にゲームセンターにレストランって、半分飲食じゃん…!とにかくキャンセルしてくれ!お金いくらかかるんだ?これ…?」
胃が痛くなりそうな金額を想像してぶつぶつ言っていると、端末から可愛らしい通知音がピコンと鳴った。
「あ…メッセージが届きました♪良かったですね、向こうは乗り気ですよ、おめでとうございます♪」
カノンが画面の中でパチパチと拍手する。
一瞬、胸が跳ねて喜んでしまったが、すぐに頭を冷やす。
「いやそりゃそうだろ!レンタル彼女なんだからビジネスなのに『え〜それはちょっと〜?』ってなるわけないだろ!」
「ああ、そこに気付いてしまいましたか…」
カノンは心底残念そうな、哀れんだ表情を浮かべた。
「と、とにかくキャンセルしてくれ。そんな知らない子と急に会っても何言えば良いかわからないし…」
困惑しながらカノンを見ると、彼女は少し満足そうな笑みを浮かべて言った。
「それは大丈夫です、私に似た子を選んだので絶対にうまくいきますよ」
「え…似てるの?ってならないよ!なんで似てるの?って方だしどっちかって言うと…でも気になるな、ちょっと会ってみるかな?だって会うだけタダだもんな…いやいやお金は掛かるのか!でもせっかくだし会ってみるよ、カノンがせっかく俺のためにセッティングしてくれたんだし」
自分への言い訳のように仕方ない感を出しつつも、頬の緩みと笑みが隠しきれずに溢れていた。
「うわ…アーさんは私が好き…はいメモに残しました。では今日の13時に公園で待ち合わせです♪」
「いや大好きじゃないし!というか早くないか?今日の今日って…まさか既に手配してたのか?」
「はい、まあ一応」
雑に返答するカノンを横目に、高鳴る鼓動を感じ始める。
「まあしょうがないか、カノンのためにもちゃんとデートするよ!」
胸のドキドキを抑えきれないまま、急いでクローゼットを開けて着ていく服を選び始めた。
「やっぱりアホですね…」
カノンが画面の奥でボソッと呆れたように呟くと、彼女もまた、エコーリンクの裏側で何やら次の準備を開始していた。
一方、同時刻——ネクサスシンフォニア社のプライベートラボにて。
幾重もの大型モニターが青白い光を放つ無機質な部屋で、所長の神宮寺奏はモニターの光を目に反射させながら、思考の海に没頭していた。
画面に映し出されているのは、あの落雷前後の監視カメラ映像と、突如として姿を消したプロトタイプの詳細データ。奏はそれらを静かに照合し、現在進行形でその持ち主となっている男の特定を進めていた。
(やはり何もない時の第一の停電でセキュリティーは解除されてる…そしてこの男…ああどこかで見たと思ったらスピーチ中にイヤホン着けてさっさと売り場に行った者だな…まあそこは良い。この落雷、この時データも消えて復旧した時には黒焦げになって焼き切れてた。とてもじゃないがインストール出来てないはずなのに、何食わぬ顔で去っていったあの男…う〜ん…)
あごに手を当て、不気味なほどの集中力で画面を見つめ続けていると、静寂に包まれたラボのドアからコンコンと控えめなノックの音が聞こえた。
「どうぞ」
奏が視線を画面に向けたまま静かに応じると、ドアが開き、足音を忍ばせるように秘書が入ってきた。
「失礼します。あのイベントでの社長がおっしゃられた時間帯に購入した顧客の情報をお持ちしました」
デスクの上に、カサリと静かな音を立てて厚みのある資料が置かれる。
「ああ…ありがとう。実はこっちも絞り込んではいるんだ…それで返品依頼はあったか?」
奏は手元に置かれた資料へ視線を落とし、ページをめくりながら尋ねた。
「いいえ。返品依頼は、関係ないクレームのものを除けばありませんでした」
その報告を聞き、奏の唇の端がかすかに持ち上がる。
「ああやはり皆着せ替え機能を楽しんでるようだな…良かった、愛情を持ってくれて…」
資料の中に記載された『前田蒼人』の名前と顔写真に目をとめると、奏はどこか愛おしむような、小さな笑みを見せた。
「ああ…この前田蒼人さんはこの映像の人で間違いないのかな?」
「映像だけではハッキリと断定はできませんが、持ってる機種的に色も一致してますしそうだと思いますが…何か?」
「ああいや、課金もしてないごくごく平凡なデータなんだが…ログの処理能力が普通ではないんだ、速度が…彼女がいるとしたらここだと思う…ただ、返品依頼が来てないというのが不可解だ…よし!ちょっと確かめてみる。データだけだとよくわからないからな」
そう言うやいなや、奏は椅子から立ち上がり、迷いのない足取りで外出の準備を始めた。その素早い動作に驚き、秘書があわててその後を追う。
「あの!同行します」
廊下へ出ようとしたところで、奏はふと立ち止まり、振り返った。
「いや今回は一人でいいよ。確証は持ってるけど断言もできないし、ちゃんと見極めたいんだ直接どういう男か…まあ、失礼な奴ではあるけどね…じゃあ行ってくるよ」
そう言い残すと、奏は秘書を置いて、静まり返ったラボの通路を一人歩み去っていった。




