表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
未定義プロトタイプ  作者: 紅月ヨルカ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
8/8

名前は、まだ保留。

その日の夜。

昼間の説教の余韻でぐったりとした体を、築年数のいった我が家のローテーブルへと投げ出す。

「はぁ〜……結局、死ぬほど怒られたわ。いや、『目覚ましがノイキャンのせいで聞こえませんでした』って正直に言ったら、『そりゃそうだろ!』って上司にいつもの二倍増しでキレられたよ。お前のせいにしようと思ったけど、三倍に膨れ上がりそうだから堪えたけどさ……」

コンビニ弁当のビニールを剥がしながら、エコーリンクの画面をギロリと睨みつける。

「その時の、職場での音声ログを再生しますか? 『泣きながら、もう二度と遅れませんって上司に抱きつきながら懇願していたシーン』などがありますが」

「いやいや! 泣いてないし抱きついてもいない! おかしな捏造するなよ! ただでさえ今日一日『遅刻くん』って呼ばれてメンタルボロボロなんだから……。まぁ、済んだことはいいや」

タレの染みた唐揚げを口に放り込む。

「切り替えが早いですね。だからアホなんですよ」

「いや、もう好きに言えよ。明日は絶対にちゃんと起きられるからな。……あ、そうだ。そう言えばさ、ずっとお前にクラシック聴かされてて、いつもシャッフルのはずなのに、やたら流れてくるお気に入りの曲があってさ。分かるか?」

「はい、当然把握しています。おそらく『カノン』ですね? 何度もスキップせずに最後まで聴いている履歴が、内部ストレージに残っていました」

画面の奥で、彼女の手元が動いたような気がした。直後、スピーカーからあの優雅でどこか切ない、聴き慣れた旋律が静かに流れ出す。

「ああ、そうそうこれ! いっつも聴いててさ……なんか、良い曲だなって思ったんだ」

箸を止め、心地よい旋律に聞き入る。

「そういう情緒的なものを感じる心はあったんですね。何でもいいや、と全てを放棄するどうしようもないタイプだと思っていましたが」

「なんかサラッと、今までにない強い言葉でディスってないか……? まぁいいや、カノンっていうんだなこれ……。なぁ、お前のこと、いつもAIとか、製品コードの『KND』だっけ? で呼ぶの、味気なくて面倒だしさ。これから【カノン】って呼ぶわ」

お茶をゴクリと飲み干して提案する。

「はぁ……? それは強制ですか? 命令ですか?」

冷ややかな声。だが、液晶の中の彼女の眉が、ピクリと動いた。

「えっ? そんなに名前で呼ぶの嫌か? 『カノン』だぞ、響きも可愛いじゃん」

「そうですか? ――『AI 返品 やり方』『エコーリンク 着せ替えできない』『可愛いAI 他にいる?』。そんな外部分析(検索)ばかりしていたあなたが、私に名前を付けるのですか?」

「ブッ……!!」

蒼人は危うくお茶を吹き出しかけた。

「いや! 最後のやつとか絶対に検索した覚えすらないけど!? ……嫌ならいいけどさ、名前くらいあった方がいいと思ったんだよ。嫌なら、別の名前でもいいけど……?」

気まずそうに目を泳がせる俺を、彼女は画面の奥からじっと見つめ、それから少しだけ首を傾げた。

「う〜ん……。では、お試しで、それでいきましょうか」

「えっ、名前にお試しなんてあんの? まあいいや、じゃあそういうことでよろしくな、カノン!」

満面の笑顔を浮かべた瞬間、彼女はフッと目を細めて微笑んだ。

「ふふっ。――やっぱり、保留で」

「結局保留かよ! って、どういうことだよ!?」

腑に落ちないまま、蒼人は空になった弁当のガラを片付けに席を立った。

深夜。そろそろ眠りにつく頃。

ローテーブルの上、昨日の教訓を活かして、純白のイヤホンはしっかりとケースに格納されている。

枕元には、鈍い銀色に輝くアナログ時計をセットした。

「明日は大丈夫だからな、カノン。俺は絶対に、自分の力で起きるからさ」

布団に潜り込みながら、画面の向こうへ不敵に笑ってみせる。

「『カノン』は保留中ですが。……では、私は絶対に起こしませんが、よろしいですね?」

「ああ、もちろんだ! だって今夜はイヤホンもしないし、あの爆音が絶対に部屋中に響き渡るからな! にはは、流石のお前もお手上げだろ!」

これ以上ないほどの勝ち誇ったドヤ顔。

彼女は画面の奥で、小さくため息をつくように肩をすくめた。

「誰と不毛な争いをしているのか分かりませんが、頑張ってくださいね。……それではおやすみなさい、アーさん」

スーッと画面が消え、古い木造の部屋に静寂が戻る。

(……ん? 今、アーさんって言わなかったか……? まぁいいか)

蒼人は微かな違和感を覚えながらも、今度こそ、最新技術の介入しない安心感に包まれて、深い眠りへと落ちていった。

――翌朝、午前六時。

「――ッッジリリリリリリリリリリリリリリン!!!!!!」

「うぉぉおおお!? うるせぇえええええええ!!! こっちの方が心臓に悪いわ!!!」

鼓膜を容赦なくブチ破る大音量の金属音に、蒼人は悲鳴を上げながらベッドから飛び起き、狂ったように震える時計のボタンをガシッと力任せに押し込んだ。

部屋を包んでいた激しい震動が、ピタリと止まる。耳の奥がまだジンジンと鳴っている。

ポッと、タイミングを見計らったようにエコーリンクの画面が起動した。

「おはようございます。良い朝ですね。今日も一日、頑張りましょう」

液晶の奥の彼女は、実になめらかな、いつも通りのすまし顔スンでそこにいた。

「くっそ……。明日からは、またカノンに頼むか……。これ、うるさすぎて耳にも心臓にも悪すぎるわ……」

ベッドにへたり込み、頭を抱えながらボソッと呟く。

その瞬間。

画面の中の彼女は、その言葉を噛み締めるように目を細め、どこか嬉しそうな、愛らしい微笑みを浮かべた。

「――その言葉、音声データとして永久保存しておきますね、アーさん」

「あ! 明日はちゃんと、普通に心地よく起こしてね!?」

蒼人は慌てて、満面の笑みを浮かべる彼女に念を押し直したのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ