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なぞなぞ大会

 一月の、よく晴れた土曜日。

 その日、小児病棟は、一つの喜ばしいニュースで、朝から明るい空気に包まれていた。

 長島ゆずはちゃんが、今日退院するのだ。

 長かった辛い治療を乗り越え、彼女はついに、この病棟を卒業する。

 その門出を祝うように、窓から差し込む冬の日差しは、ひときわ優しく温かかった。


 そして、その特別な日に、一人のサンタクロースが約束を果たしにやってきた。


「ゆずはちゃーん! お待たせ! 約束通り、最高の退院祝いネイルしてあげるからね!」


 小児病棟のプレイルームに、小日向ひまりの太陽みたいな声が響き渡った。

 今日の彼女は、サンタの格好ではないが、赤いニットに白のタイトなパンツ姿で、その手には、サンタの白い袋の代わりに、本格的なジェルネイルキットがぎっしりと詰まった、大きなバッグが握られている。

 彼女は、この日のために、休日返上で駆けつけてくれたのだ。


「ひまりさん!」


 ゆずはちゃんは、プレイルームの椅子から立ち上がると、満面の笑みでひまりに駆け寄った。

 もう、あの心を閉ざしていた頃の影は、どこにもない。

 まだ髪の毛が生え揃わず、ニット帽をかぶっているものの、おしゃれな私服に身を包み、その瞳は希望と期待にキラキラと輝いている。


「さあ、今日はどんな感じにする?」


 ひまりとゆずはちゃんは、プレイルームの隅に設けられた即席のネイルサロンで、楽しそうにデザインの相談を始めた。

 その華やかな光景のすぐ隣で、もう一つの、ささやかなイベントが始まろうとしていた。

 小児病棟の看護師たちが企画した、なぞなぞレクリエーション大会だ。


「はーい、みんな集まってー! 今から、なぞなぞ大会を始めますよー!」


 木下師長がマイクを持って、高らかに宣言する。

 プレイルームにいた子供たちが、わらわらと、集まってきた。

 私は本来、部外者だ。だが、ひまりの付き添いという名目でその場にいた私は、木下師長の悪戯っぽい視線に捕まってしまった。


「あら、三上さんも、せっかくだから参加していきなさいな。子供たち相手に、大人気ないところは見せないようにね」

「……謹んで遠慮しておきます」

「まあ、そう言わずに。みんなも、このお姉さんと一緒になぞなぞやりたいわよね!?」


 木下師長が、そう言って子供たちをあおると、『したーい!』『やろうよ!』『このおばさん誰!?』と、子供たちが一斉に囃し立てながら私の周りを取り囲んだ。


「わ、私が入ったら、みんなが答えられなくなるでしょう。君たちだけでやりなさい、ね?」

「えー、つまんない……」


 子供たちが諦めかけ、私がホッとしたその時だった。


「……自信がないなら、そう言えば良いのに」


 ひまりが、ゆずはちゃんにネイルケアを施しながら、聞こえるように呟いた。

 視線こそゆずはちゃんの指にあるが、その表情は何かを企んでいる顔……いや、何かを期待している顔だ。


(……安い挑発。そんな挑発に乗るわけないじゃない)


 ひまりの挑発を受け流し、私がプレイルームから出ようとした時、視界の隅にヒソヒソと私の方を見ながら囁き合うひまりとゆずはちゃんの姿が映った。

 ふたりは、私の方を見てクスクスと笑っている。

 分かってる。これもひまりの挑発だ。


(まるで休憩時間中の高校生。この一年で少しは成長したのかと思ったけど、まだまだ子供ね)


 私は、フッと余裕の笑みを浮かべると、気が付いた時には子供たちの輪の中に加わっていた。


(……これは挑発に乗ったからじゃないわ。子供たちのため。そう、子供たちの知的発育のために協力しているのよ)


 ま、所詮は子供向けのなぞなぞ。全部答えたら答えたで、ひまりは『大人げない』と言ってくるに違いない。

 適当に答えつつ、最後は子供たちに花を持たせましょう。

 そう考えながら、私はちょこんとプレイルームの床に座った。


「じゃあ、第一問! 駅は駅でも、お尻にある赤い駅はなーんだ?」


(……お尻にある駅って終着駅のこと? だとすると稚内駅……いや、お尻ということは南の果てという事か。確か鹿児島の西大山駅が最南端のはず。いや待って、鉄道の括りがなければ沖縄のモノレールが最南端になる?)


 私が思考を巡らせていると、ひとりの男の子が手を挙げた。


「はい! ケツの赤いえきで、血液!」

「正解!」

「……は?」


 思わず、心の声が漏れた。

 チラッとひまりの方を見ると、ネイルを施しながら肩を震わせている。


(ま、まあいいわ。そういう、なぞなぞなのね。分かったわ。もう大丈夫)


 私は気を取り直して、木下師長からの出題を待つ。


「第二問! 3時のおやつに出てきたのは、チョコレート、プリン、ドーナッツのうち、どーれだ?」


(は? そんなのどれだっていいじゃない。……いえ、ここは病院よ。カロリーや栄養素を考えないと。となると……)


 考える私をよそに、子供たちが一斉に手を挙げて叫んだ。

 

『はい! プリン! さんじ(三字)だから!』

「大正解!」


 グッ……と悔しがる私にかまわず、木下師長は問題を続ける。


「第三問。病気にかかった人が、もうひとつかかるのはなーんだ?」


 これには、子供たちも首をかしげながら考えている。

 それはそうだろう。これは高度な医学的知識が必要な問題だ。

 ウイルス性の呼吸器疾患にかかった患者が、直後に細菌性肺炎を起こすことは度々ある。

 しかし、引っかかるのは『病気』というワードだ。例えば、外傷を負った後に破傷風にかかることもあるが、この場合の『外傷』は『病気』に含まれるのだろうか。

 これは、設問の前提がおかしい気がする。

 私が設問の設定について意見を言おうとしたその時、思いもよらない声が聞こえた。


「はい、分かった!」


 声の主はひまりだった。


「はい。後ろのお姉さん!」

「答えは、お医者さんにかかる!」

「正解!」

「……なっ!」


 絶句する私。得意げなひまり。

『お姉さんすごい!』と、子供たちは大盛り上がりだ。

 このままでは、いけない。私の沽券にかかわる。次こそは正解しないと。

 私はにらみつけるようにして、木下師長の次の出題を待つ。


「じゃ……じゃあ、次の問題が最後です! 出口がない部屋でも、すぐに脱出できた理由はどうしてだ?」


 ……これも、分からない。

 出口がないのに脱出って、そんなの、もはや幽霊としか……そうか、それだ!

 私は、スッと手を上げる。


「はい、三上さん」

「答えは幽霊よ。幽霊なら壁もすり抜けられるわ」

「うーん。確かに幽霊なら壁もすり抜けそうだけど、幽霊じゃなくても誰でも出られる方法はないかしら?」


 遠回しに不正解と告げられる私。

 木下師長の気づかいが、かえって私の心をえぐる。

 そこに、追い打ちをかけるように、ひまりの声がプレイルームに響く。


「あ、あたし、分かっちゃったかも!」

「私も分かったかもしれません」


 ゆずはちゃんまでもが声を上げる。


「後ろのお姉さんたちは、ちょっと待っててくださいね。みんなはどうですかー? 分かった人いますかー?」


 まずい、まずい。早く答えなければ。

 けれど、焦れば焦るほど何も思い浮かばない。

 と、その時、ひとりの男の子が飛び跳ねながら答えた。


「分かったー! 入り口から出たんだ―!」

「大正解! すごーい!」

 

 ……そんなの、あり?

 私のプライドが、じわじわと傷つけられていく。

 感染管理の複雑なプロトコルは解けても。

 子供のなぞなぞが解けない。

 この屈辱。


「はい。じゃあ、お時間になったので……」

「……もう、一問」


 気づけば、私は低い声で、そう呟いていた。


「え?」

「もう一問、出しなさい。次こそ、私が解いてみせるわ」


 私の目に、闘志の炎が燃え上がっているのを、木下師長は敏感に察知したらしい。

 その顔には、「しまった!」と、書いてあった。

 子供たちは、そんな私の大人げない様子を、きょとんとした顔で見つめている。


「さあ、木下師長。問題を」

「え、ええっと……じゃあ、もっと答えやすい問題があれば……」


 師長は困り果てた顔で、助けを求めるようにひまりの方を見た。

 ひまりはネイルを施しながら、やれやれ、と、肩をすくめている。

 すると、隣でネイルをしてもらっていたゆずはちゃんが、木下師長を手招きし、何かを師長に耳打ちした。

 師長は、こくりと、頷くと、覚悟を決めたように向き直った。


「……じゃあ、リクエストにお応えして特別問題です。よく、聞いてくださいね。飲んだら怒られる飲み物は、なーんだ?」


 飲んだら怒られる飲み物。

 アルコール? いや、ちがう。

 そうか、あれだ!

 私は自信満々に手を上げた。


「はい。答えは、『咳止めシロップの過量摂取』です」

「…………」


 私の完璧な答えに、その場のすべての大人が凍りついた。

 木下師長も、ひまりも、まるで時間が止まったかのように固まっている。

 子供たちだけが、ぽかんとした顔で、「せきどめしろっぷ?」と、首を傾げていた。


「……あ、ある意味、正解ね」


 長い沈黙の後、師長が引きつった笑顔で、そう言った。


「でしょう?」


 私は、どうだ、と言わんばかりに胸を張った。どや顔で、満足感に浸る。

 すると、一人の男の子が、おそるおそる手を上げた。


「……ねえ、コーラ、じゃないの? 『こらー!』って、怒られるから」

「……ええ、そうね! コーラも、もちろん大正解よ!」


 師長が慌てて、そう、取り繕う。

 すると、今度は、隣の女の子が真顔で言った。


「あたし、せきどめしろっぷ、もう飲まない。だって、おこられるんでしょ?」

「ぼくもー!」

「わたしもー!」


 子供たちの、まさかの連鎖反応。

 まずい。これは、非常にまずい。薬剤指導の根幹を揺るがす一大事だ。

 木下師長は、引きつった顔で私を見た。そして、有無を言わさぬ力強い声で宣言した。


「はーい! じゃあ、みんな! これから、お薬について、みんなでお勉強しましょうねー! 三上室長も、もちろん一緒に来てくれますよねー!」


 私は抵抗する間もなく、師長に腕をがっちりと掴まれ、子供たちの輪の中へと連行されていった。

 プレイルームの隅で、ひまりがお腹を抱えながら大笑いしているのが見えた。

 身から出た錆とは言え、どうやら私は、しばらく、このカオスなレクリエーションから解放されそうにない。

 私は観念して、子供たちに囲まれながら、咳止めシロップの正しい飲み方について講義を始めるのだった。


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