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最強の暗殺者は田舎でのんびり暮らしたい。邪魔するやつはぶっ倒す。  作者: 高井うしお
第三章

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67話 奪う事、慈しむ事

「エシュ、マイム……今戻った」

「じじ様!」


 王都の下町、その中でも最もじめじめと日の当たらない場所にある今にも崩れそうな建物の扉が開くと、白い縮れた髪に赤色の目をした十歳くらいの女の双子が嬉しそうにハリシュを迎えた。


「エシュ、これは肉だ。夕食に食べよう」

「わぁ、じじ様!」


 ハリシュの目はほとんど見えない。光と輪郭をわずかに捉えるだけである。なので分かり易い様にエシュはいつも髪を一つに編み、マイムは二つに編んでいた。塩漬け肉を手にしてエシュが無邪気に喜ぶ一方で、マイムは悲しそうに言った。


「……ごめんなさい。私達が体が弱いからじじ様に苦労かけて」

「マイム」

「私達も旅回りに行ければいいのに……」

「いいんじゃ……その分、二人は学びなさい。学んで仲間に我らの古くからの知恵を伝えねば」


 三人は、流浪の民族シャハルの一族だった。元はずっと東から流れてきたと伝承では伝わっている。舞楽や行商、まじないをしながら彼らは定住せず各地を回っていた。

 エシュとマイムは産まれた時から病弱で旅に耐えられないだろうという事でこれまでハリシュが育ててきた。ハリシュは失われつつある一族の伝統を二人に伝えるのを生きがいをしていた。


「いずれもっと善いところに住まおう。こんな雨漏りがひどくドブ臭いところではなく……」

「それより、じじ様。そろそろ私達も入れ墨をいれた方がいいと思うのだけれど」

「……いずれな」


 入れ墨は一族の巫祝の証。本来は成人に向けて少しずつ入れていく。だが……見ればすぐによそ者であるのが分かってしまう。ハリシュはこの二人にそれを背負わすのを躊躇っていた。


「……そう」


 マイムはがっかりした顔で奥の部屋に引っ込んだ。


「マイムは後ろ向きねー。入れ墨があってもなくても、じじ様から教わる事に変わりはないのに」

「エシュは少しマイムの慎重さと落ち着きを見習った方がいい」

「はーい」


 ケラケラと笑いながらエシュは肉の調理にかかった。その姿を見ながら、ハリシュはそっとため息をついた。この二人には自分が何をしてこの肉を手に入れたか、決して知られてはならないと。


「儂はそう遠くない時に死ぬ……だが、お前達は……」


 ハリシュはもし、神から罰を受けるなら自分だけにしてくれ、そう願いながらじっと窓辺に佇んでいた。




「待て……待て……」

「うううう」


 アーロイスは皿に盛った肉塊を高く持ち上げながら笑っていた。その足元には『肉人形』がよだれを足らしながら座っている。


「良し!」


 アーロイスが床に置くと、『肉人形』はがつがつとそれを食べ始めた。


「死体の癖に飯を食うのは不思議だな」


 アーロイスは自分と同じ顔をしたそれが肉の脂で口の周りをべたべたにしている浅ましい姿を見ながら呟いた。


「仮の魂魄を埋め込むと、生きた人間同様に腹も減るし感覚もあるとかなんとか……ところで本日のレンスキー侯爵との茶会ですが……」

「父上の側近であった奴とはじっくり話をせねばならん、が……どうも動きが見えん。こいつに行かそう」

「ぎゃ……」


 アーロイスは『肉人形』をつま先で蹴り上げた。フェレールはため息をついてアーロイスを諫めた。


「殿下、殿下に似た体格と髪色の新鮮な死体(・・・・・)を手に入れるのには難儀したのですぞ。もう少し丁寧に扱って下さい」

「ふん……仕事だ」


 アーロイスは針を取り、指を突いた。その血を『肉人形』のうなじにすりつける。


「着替えをしておいで」

『着替えをしておいで』


 『肉人形』がアーロイスの言葉を繰り返す。アーロイスは椅子に座り、『肉人形』を操る準備をした。『肉人形』は所詮死体である。毒も効かず、刺されても動き続ける。

 今、この王城の中は疑いと新たな権力にしがみつく者との静かな争いの舞台となっていた。


「行ってこい」

『行ってこい』


 着替えを終えた『肉人形』はフェレールとともにアーロイスの代わりに晩餐へと向かった。ハリシュの作ったこの『肉人形』は、暗殺を警戒するアーロイスにとって非情に便利なものであった。


「そういえば……あの暗殺者の男……報告が途切れたな。しくじったか……」


 大口を叩いてみせた割に無駄な出費だった、とアーロイスは思った。


「まぁ、ここまで来てしまえば些細な事か……」


 アーロイスはこの頃よく眠れていた。前はあんなに名無しに怯えていたのに。


「私は分かったぞ……奪えば奪うほど……恐れも憂いもなくなる」


 小心者の第二王子は、もはや大国の王権を手にした。名も知らぬ組織の生き残りの事などもはや些事にしか思えなかった。




 その頃ハーフェンの村のヨハンの家では、名無しが無心で虫除けを撒きながらアブラムシを刷毛で追い払ったりつぶしたりしていた。


「大きくなってきたな……」


 名無しは麦の穂を手にして呟いた。積雪から守ったり、追肥をして草を取り、除虫をしたりした麦。すっくと伸びた青々としたその姿が黄金色に色づけば収穫時期である。


「パパ! 早くこっちにきてよ! こっちにもいっぱい虫が!!」

「待てって」


 クロエが彼を呼び、初夏の風が麦を揺らす。鄙びた村に広がる緑の麦の穂達。名無しはすうっとその青臭い香りを吸い込んだ。


「田舎でのんびり暮らしたい……まったくその通りだ」


 あの時、きっとデュークが見たかった光景がきっとこれなのだろう。奪う事しか知らなかった名無しはこの村で過ごした半年程で多くのものを得た。人の温かさ、微笑み、感謝……そして大切な思い出……。


「パパ……?」


 物思いにふける名無しの手を、クロエはちょっと不安そうに握った。名無しは自分の手を握る、その小さな手をきゅっと握り返した。


「なに、ちょっと考え事していただけだ……。さーて、俺の育てた麦を勝手に食べるなよ。虫共」

「えいえいおー!」


 名無しとクロエは気合いを入れ直して収穫間近の畑に分け入っていった。


2/5~ 週一更新(水)に変更します。よろしくお願いいたします。

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