68話 秘密の会合
リュッケルンの街。聖都ユニオールの境、国境の最も栄えた街だ。古くは保養所として機能していたその街は、湯量こそ減ったものの温泉が湧き旅の者の癒しとなっている。
「……」
「ひどい顔してるな」
「だまれイライアス」
「まぁ、こちらに移動してきた途端にかの殿下の一行がこの街に来るとは思わなかった。よく堪えた。フレドリック」
二人は中央から外れた浴場施設の湯船の中に浸かりながらぼそぼそと小声で話していた。
「……時間だ」
「ああ」
二人は湯船を出て蒸気浴の部屋に移動した。その扉の前には屈強な男が塞ぐようにして立っている。
「どいてくれないか」
「お前達、どこから来た」
「『白い塔から』」
「……入れ」
男は軽く頷くと扉を開けた。蒸気の向こうには銀髪の若い男が立っている。
「やあどうも。『白い塔』の方々」
「警戒心が強いですな、フェネリー男爵」
フレドリックが眉をひそめながらそう答えた。
「私もやっかいな身の上ですので。ここなら誰でも入れるが、皆丸腰にならざるを得ない」
「それでもリュッケルンに来るのは骨だったでしょうね」
イライアスは吹きだしてくる汗を拭いながらフェネリー男爵に問いかけた。
「ええ……ここまではお忍びです。なんてったってライアンは私の甥ですから……」
今、フレドリックとイライアスの目の前にいるのは、第一王子ロドリックの亡き妻の父、フェネリー伯爵の一人息子、クラークであった。彼にとって元王太子妃は姉にあたる。
フレドリックは室内にこもる熱気に耐えながら、口を開いた。
「して陛下とロドリック殿下は……」
「まだご存命です。しかし……なんの病か、治療がまったく効きません」
「それでアーロイスが摂政に」
「しかたありません……議会はかの方の息のかかったものが増えまして」
「……」
フレドリックは後悔した。どうして無理にでもライアンだけでなくロドリック殿下も一緒に連れ出さなかったのかと。
「……あの仲むつまじい家族がこのようにバラバラになるとは」
「フレドリック殿。私にとっても理想の家族でした。姉のジュリエットが早くに亡くなりさえしなければ……」
窮屈な貴族社会の中であっても深く愛し合った元王太子夫婦、その仲は死によって引き裂かれ、今一粒種のライアンも政争の種となっている。
「ふう……こんな所で長話は出来ません。結論から申しましょう。父からの伝言です。フェネリー家はライアン様を支持します」
「……ありがたい」
「秘密裏に物資と兵を集めております。……あとはライアン様が『正当なる後継者』であるという証拠が」
「ですな……」
状況から言えば国王とロドリック王子の急な病はアーロイスの仕業に他ならなかった。
「軍事力でアーロイスを封じる事は可能かと。しかし我々にもっと明らかな正当性がないと後に続く者がないし、諸外国につけいる隙を生む」
「……分かった。何か尻尾をつかむ」
イライアスはそれももっともだと頷いた。この近隣の国々とは婚姻によって和平を保ってきた。今のライアンが政権をとったところでこちらこそ現国王の叔父だ姪だと主張されてはかなわない。
「では……」
クラークはそれだけ言うと、扉を開けて出て行った。
「……決めてに欠ける、か」
「……」
「フレドリック……?」
イライアスは妙に静かなフレドリックを見た。すると真っ赤な顔をして白目を剥いている。
「おい……!? 暑すぎたか……!」
イライアスは慌てて外の男に声をかけてフレドリックを蒸気室から引っ張り出し水をかけた。
「……証拠」
「お、気が付いたか良かった」
フレドリックはぱちりと目を開けると、がばっと起き上がった。
「正当でない……証拠」
この時、フレドリックの頭にあったのは名無しの魔王殺しの際の証言であった。
「いや、しかし……」
フレドリックは迷った。名無しはアーロイスが魔王を討伐した訳では無い事を知っている。しかし、ただの一般市民の証言を誰が信じるのか。
「どうした、フレドリック」
「い、いや……なんでもない」
「しっかりしろ。とにかくアーロイスの行動を監視しなければ」
「ああ……」
フレドリックは頭を振って、その考えを追い出した。
「神よ……光の道を歩む者に報いを、暗き道を行くものには購いを……」
その頃、エミリアは一人聖堂に籠もって神に祈りを捧げていた。エミリアの耳にはカーラからライアンがアーロイスに襲いかかったという報告が入っていた。
「……ライアン」
しかし、今のエミリアには祈る事しかできない。あの気丈な少年が無力さに涙を流していても近くにいてやる事すらできない。
「聖女とは……」
幸福を望む者の側に寄り添ってやれ……そう言っていたライアンは今、きっと一人だ。なのに……。
「エミリア様」
「ええ……」
エミリアは促されてようやく聖堂を出た。
「これよりオラグエン商会長の治療のお時間です」
「……はい」
祈りと癒し。それが聖女の基本の業務である。しかし聖女の癒しの業を受けられるのは地位が高いか、高額な布施を払ったものに限られていた。聖女から癒しを得たいと願うものは多く、仕方ないとはいえ、エミリアはそれに疑問を持ち、何度も教会に改善するよう申し出ていた。しかし今日もこんな始末だ。
「私がいくわ」
その時、エミリアの隣を追い越して治療室に向かう者がいた。
「……アビゲイル」
「私はあなたと同等の光魔法が使えるわ」
「でも……」
「そんな非道い顔で行っても、とても聖女様とは思えないわ。あと商会長はただの突き指ですってよ。野次馬根性っていやね」
エミリアはポカンとしたままその姿を見送った。人を癒やす事に気が乗らないなんて、聖女にあるまじき事だと思いながらも、足が動かなかった。
「あらら……いいんですか、エミリア様」
そのまま治療室に入ってしまったアビゲイルを見てカーラが呟いた。
「私……」
なにをしているのかしら……エミリアはどうにかこうにかその言葉を飲み込んだ。
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