2話.見参、潮田ノゾミ
"警事局"
それは、戦後に国内の治安維持を再編する機関として創設された組織だ。
そして、各地に設置された警事局を統轄するのが、日暮たちがいる東京支部である。
祖父母がよく口にしていた戦後の話。
それは、日暮からすれば遠い昔話のようだった。
どのような経緯で警事局ができたのかを聞かされたことを思い出す。
あの頃は、木の葉が輝いて見えていた。
縁側に座れば、横に祖父が来てくれる。
聞き飽きたはずの戦時中は、何故か夢中になって耳を傾けていた。
聞かずにはいられなかった。
歴史としては、決して深いわけではないこの組織により、日本の平和は今日も守られている。日暮は、車の窓から街並みを眺めた。
周囲の高層ビルと肩を並べ、そびえ立つ警事局施設に寺嶋は驚く様子を見せた。
普段は立ち入れない、不思議な場所。
日暮自身も、警事局に抱く印象はそんなモノだった。
とある女性は、『名前は知っている』と言う。
とある学生は、『歴史で習う』と口にする。
また、とある幼児は、『ケイジは憧れる』と目を輝かせる。
大して知りもせず、世間は畏怖の感情を警事へ向けてくる。
そして、その目は自然と同じ現場にいる我々特例員にも向けられていた。
「本当は、いいもんじゃないのにな」
日暮の呟きに、寺嶋は首をかしげた。
「いいもんじゃない?」
寺嶋は、自身の疑問を日暮に投げかけた。
思わず口にでた言葉を拾われ、日暮はまばたきを止める。
内部事情を匂わせる発言は、
『警事法施行規則』
に抵触する可能性がある。
日暮の首筋から冷たい汗が滲みでた。
顔を固定し、目だけが寺嶋を追う。
日暮は、手を座席のクッションに静かにおき、気持ち僅かに寺嶋に寄った。
突然の日暮の接近に、寺嶋は狼狽えた。
日暮が動いた拍子に放られる、香りの壁が寺嶋にぶつかる。そのミルクにも似た甘い匂いと、森の柔軟剤の優しい香りに寺嶋の心拍は高鳴った。
それまで鳴っていた車体の走行音が、心音と同期しはじめ耳を覆う。
クーラーが効いているはずの車内が蒸し風呂と化し、吐く息の暖かみが日暮に伝わってしまう。
反らす、
安心してもらわなくては、
なんとかして、
――不信感を煽らないように、
――声を落ち着かせて、
1つの所作の合間に、日暮の脳内で思考が交錯した。
「――あの」
「あぁ、さっき話した船艦見たことあるんですか?」
唐突な話題に、日暮の思考は停止した。
船艦?
そんな話題を自ら出していたのか。別件に気を取られてすっかり忘れていた。
「――あぁ、船艦。
あの米軍の軍用船艦ですよね。
何度かお邪魔したことがありますよ」
「いいな、一度見学してみたいんですよね」
張り詰めていた黒い緊張の糸が、ゆっくりほどけていく。
意気揚々と話す、寺嶋の姿に拍動が落ち着く。
日暮は、肩を下ろして背もたれに再びもたれた。そのまま体を横へ滑らせ、内扉に身をあずける。冷えた樹脂の、熱を持つ感覚が伝わる。
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日暮たちを乗せた車は、警事局立体駐車場の入場ゲートを通過した。周囲の明るい日差しから一転、朱色に変わる。




