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のっぺらぼう‐秘匿事件特別捜査係‐  作者: こちょテル
ノゾミ編

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3/3

2話.見参、潮田ノゾミ

 ――同日、夕方。


 匿事一課の日暮は、机に突っ伏していた。

 寺嶋の移送手続きが完了し、休息を取ることができた。

 早朝から目紛しく働き、ようやく訪れた束の間の平穏を噛み締める。深く息をつき、事切れた人形のごとく机(デスク)に倒れ込んだ。


 書面上の手続きのあと、寺嶋はどうなったのだろうか。


 疲労による弱音より先に、寺嶋の顔が日暮の脳裏をよぎった。

 声で虚勢をはり、

 周囲に心配されないよう、明るく振る舞う寺嶋の姿に、数ヶ月前の自分を重ねていた。

 日暮は、机(デスク)に触れる頬を使い、机上に八の字をゆったりと描(えが)いた。

 冷たさが心地よかった。


「――大丈夫かな」


 呆然と本棚へ目を向けると不意に、目の前に影が差した。


「なんの心配してるんですか、日暮さん」


 目線をあげると、白髪ショートの少女が顔を覗き込んでいた。

 少女の名は、潮田(しおた)ノゾミ。

 日暮と同じく匿事課に所属する14歳。

 先程の捜査には加わらなかったが、何か別の用件があったのか。

 彼女を目にした日暮の頭を、その事が真っ先によぎった。机から体を起こし、頬杖をついて潮田に語りかける。


「今日、ずっと捜査室にいたんですか?」

「いや、上に呼び出されてた」


 何観ていたんですか、

 ――といつもおちょくられている仕返しをしようとしたが、予想の斜め上をいく返答に拍子抜けする。

 いつもみたいに、趣味スペースで動画鑑賞をしていると思っていた。


「――口開けてどうしました?

 変なことしてたと思ってたんですか?」


 きょとんとした顔で、潮田がこちらを覗き込む。口を動かす前に出鼻をくじかれ、日暮は言葉を失った。

 なんて続ければいいんだ。

 日暮は、都合のいい言い訳を脳内に羅列し始めた。


『聞いてください。

 今日の現場の所轄が、セクハラしてきたんですよね』

 いや違う。

『今日も朝から疲れました』

 これも、違う。

『具合大丈夫ですか?顔色悪いですよ』

 ――いや、これもダメな気がした。


 次の言葉を探すために、潮田の顔へ目線を合わせた。

 恐らく、してやったりとでも言いたげなニヤケ面を浮かべているであろう。目を開けるのが恐ろしい。


 だが驚いたことに、潮田も日暮と同様に目を丸くしていた。


「――俺の顔になんかついてますか?」

「いや、なんでもないです。

 それより、今回の事件概要の説明と見解を教えてください」


 日暮は、目を逸らされたことに違和感を覚えながらも、概要説明と自身の見解を語りだした。

 資料をめくる日暮の目の色が変わった。


◇

◇


《資料① 世田谷町のっぺらぼう捜査概要》

1. 日時

 2044年8月17日水曜日(旧昭和118年)

2. 場所

 東京区画、世田谷町○○商店街

3. 担当

 日暮レイ

4. 概要

 被害者2人の保護、

 水城ユタカ(35歳)。

 寺嶋ヤスフミ(35歳※仮)、のっぺらぼう。

5. 所見

・聴取書から、両者は旧知の仲であったと推測される。

・寺嶋の行動(被害者に対する接触)は、加害目的ではなく、自身の存在を確認するための接触であると考えられる。

・水城に、寺嶋の記憶の保持は確認されなかった。

・寺嶋が視覚の違和感(糸状のものが見える)を訴えていることから、身体に何らかの変化が生じていると推察される。

・現時点で、のっぺらぼうの型番は判断困難。

※変化の原因を突き止めることで、型番を判断できると考えられる。


6. 備考

・両者の関係性が、水城の回復の鍵になる可能性がある。

・現時点で回復の見込みは不明。


7. 要望

・聞き取りの担当を日暮に変更するよう提案する。

・上記の要望が受け入れられない場合、取調部特殊サーチ課が現在持つ捜査権の一部を要求する。


◇

◇


「概要はわかりました。

 確かに、寺嶋さんの視覚に関する違和感は気になります」


 やはり、潮田も引っ掛かったようだ。

 のっぺらぼうについての機関内文書、『のっぺらぼう目録』には、"個体ごとに特異な感覚を有している"と記されていた。


 だが、単なる飛蚊症(ひぶんしょう)の可能性も捨てきれなかった。専門家の診断が出るまでは、断定できない。


「日暮さん、どちらも対応できるように計画を立てましょ」


 日暮は頷き、状況整理をした。


◇

◇

《飛蚊症の場合》

・すぐにでも、現場(埼玉区画、秩父市)へ応援に駆けつける。

・伊藤班、もしくは嘉山班に協力要請をする。


《固有の能力を所持していた場合》

・能力分析と、対応策を検討する。

・場合に応じ、各班に協力要請をする。

◇

◇


「大まかにこんな感じですね」


 ホワイトボードに走り書きされたメモを見て、潮田は頷いた。


「あと寺嶋さんの血縁、交友関係からも、

 のっぺらぼうの型番の特定を急ぎましょう。

 ――今回関わっている可能性がある"のっぺらぼう"は……」

「ちょっと待って」


 積まれた資料をかきわける手を、潮田に押さえられた。


「一旦(いったん)、コーヒーでも飲んで休憩しよ」

「――いや、でも」

「――日暮さん、冷静に」


 真っ直ぐに向けられる、青い眼差しに日暮の心が揺れた。

 もう少しだけ、

 もう少しだけ進めたかった。

 思いが込み上げ、目頭に力を入れながらも、日暮は資料をとる手を止めた。


「――わかりました」


 力なく資料を手放し、椅子にもたれ掛かった。

 潮田なら、もっと積極的に捜査にのめり込むと思っていた。思いもよらない潮田の行動に、日暮の胸はすっと冷めた。


「はい、どうぞ」


 そう言われ、温かいマグカップを手渡された。口に近づけると、果実のような芳醇な香りが鼻腔全体に広がった。


 あ(・)た(・)た(・)か(・)い(・)。


 この飲み慣れているモカが、全身に染み渡るのが伝わった。

 日暮は、ふと周りを見渡した。先程より、室内の景色が明るく見える気がした。


「落ち着きましたか?」


 潮田に声をかけられ、顔をあげる。笑窪(えくぼ)を見せ、母を彷彿とさせる優しい表情をしていた。

 その表情を見て、無意識に日暮は頷いた。


「コーヒー、ありがとうございます」

「いいよ」


 さて、飲み終わったら進めるかな。

 日暮は、マグカップを置き、再び机(デスク)へ向かった。


「ちょっと、いいですか?」


 潮田に呼び止められ、振り向いた。


「どうしましたか」

「いや、もし良かったらね――無理にってわけじゃないけど――」


 歯切れの悪い言い方に、日暮は頭を傾げる。


「なんですか?」

「――いや」

「誘いたいことがあるなら、ちゃんと言ってくださいよ」

「……」

「言われなきゃ、俺分かんないですよ」


 そう言われた潮田は、何かを安堵したかのように、明るくなった。


「――ちょっとだけ、

 一緒に観たかったビデオみて欲しい」

「――ちょっと」

「そう、"ちょっと"」

「何系?」

「○○○系」

「○○○系!?」

「そう、この前聞いた好みの作品を選んできた」


 言葉を弾ませながら、潮田は手を動かす。慣れた手つきでPCとモニターを繋ぎ、ビデオを流す準備をしていた。

 日暮は、その様子を横から見ていた。思いもよらないことで戸惑いもあったが、気づけば身を乗り出して椅子に座っていた。


「じつは、呼び出し食らう前に見ようとしてたんだよね」

「――やっぱり」

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― 新着の感想 ―
「のっぺらぼう」を単に顔のない怪異ではなく、周囲の人間から存在そのものを忘れられてしまう存在として描いているのが印象的でした。 日暮自身にも過去や身体に何か秘密がありそうで、彼女が寺嶋へ強く感情移入…
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