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生贄になった俺のけしからん二週間  作者: 荒川 晶
第三話 聖女子と生贄
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聖女子と生贄 その4

「生命を作り出す数週間前に、セイントが敵に狙われ軽く故障したのよ。それが原因で初歩的な染色体操作に失敗した。結果、男だけが生まれなかったのよ」


 その時の遺伝子提供者が今のアロンと、現在の聖なる男子であると彼女は語る。

 そういえば高校の時の生物で習った気がする。男か女か決める染色体があるのだと。男が生まれるにはXとYの染色体が必要で、女が生まれるにはXが二つ必要だと習った。恐らく、セイントはY染色体の操作ができなかったのだろう。


「私達女性陣にとっては男子が生まれなかったのは願ったり叶ったりだったけども、次の女子を作るための遺伝子がないことには困ったわ」


 だから貴方を召喚した、と彼女は続ける。


「じゃあ何故俺は、その、遺伝子提供の一年前じゃなく、二週間前に召喚されたんだよ。話を聞いている限りじゃ生贄として在るのは一年間だろ?」

「アロン様は、一年も必要ない、とおっしゃった」


 俺の質問にエマは返事をした。

 俺はいきなりすぎるこの状況に、額に手をやった。ゆっくりまとめる必要がありそうだ。

 まずはエマが生贄だった所からそもそも話が始まるわけだ。エマは一年かけて、儀式を行い、その相手に惚れこんでしまった。その後、彼女は遺伝子提供者として、新たなる母となった。その時生まれたのが、アロンだろう。アロンが一年間生贄として敵側にいる間、エマは聖なる女子としての役割を果たしていたに違いない。そして、アロンが戻ってくると、エマの役割は終わり、幹部となった。だがセイントのエラーにより、男が生まれないと言う状況になる。新たな生贄をどうするか話し合った結果、最後の二週間で儀式を執り行うことにすると、アロンは決定したわけだ。生贄は地球から連れてくることにし、そして何故か俺が選ばれたということが一連の流れだ。


 やっと自分がどういう立ち位置にいるのか分かってきたが、この流れ、もしかして、生贄が終わったら俺は男側へ移されるんじゃ……。


「その心配はないわ。今の聖男子があなたの代わりに引き続き、次回まで聖男子をするようだから。情報ではね……」


 それを聞いてほっと胸を撫で下ろす。どうやら地球には返してくれるようだ。


「それより、さっきの話はいいの? 悪いの?」


 ああ、一日なりきれ、という奴だな。俺は「うーん」と腕組みして悩む。まずその男のことを俺は当然ながら知らない。第一、目的はなんなんだ。


「もう少し、明確な理由が欲しい」


 俺は腕を組んだまま、質問を投げかける。

 エマは相変わらず、この手の話になると、口元をもごもごさせる。

 はっきりしてくれ。


「その……。貴方は血も繋がっていないし、それに傍にいられるし……」

「代わりにしたいのはわかった。だけど、お前は今は聖女子じゃないから俺に触れたらいけないんだろう」

「いいの、触れられなくても。……ただ想いを寄せさせてくれるだけで……。私の想い人は戦争でもうとっくに死んじゃったから」


 俺ははっとした。彼女の瞳にうっすらと涙が浮かんでいたのだ。この凶暴なエマの目に。もしかすると、凶暴だと思っていたのは、所謂好き(?)の裏返しだったのかもしれない。そう思い始めると、俺もどうにかしてやりたいという気持ちになってくる。だけど俺は代替人間だ。どうすることもできない。


「エマ、あのさ……」


 俺は息を飲んだ。その先の言葉を考えてなかったからだ。けれど泣いてほしくないと、何故だかそう思った。


「触れてみるか?」

「え?」


 エマは顔をあげて困惑した表情を浮かべる。


「いや、その……なんていうかさ」


 うまく説明できない。頭を掻いて宙を見つめる。馬鹿だな俺も。触ったらダメだとあれほど言われているんだ。


「いや、なんでもない」


 訂正する言葉もなんだが空しい。空回りしているのがわかった。

 ただ、こいつには怒るか、笑っていてほしいんだ。

 俺が言葉に詰まっているのがわかったのか、彼女は小さく微笑んだ。


「大丈夫、ありがとう」


 いや、俺は何もしていない。そうだろ? なのにありがとうってなんだ? 今にも泣きそうな笑いを浮かべんなよ。


「辛いか?」


 俺はアホな事を聞いたと、言った直後に後悔した。また先程と同じような顔をされてしまったのだ。


「こんなルール……なければいいのに」


 彼女がぼそりと呟いた。

 ああ、そうだな。俺だって、お前にそんな顔されてたら、調子が狂う。


「泣くんじゃねえよ」

「泣いてなんかないじゃない」

「泣きそうじゃんか」

「泣かないわよ」


 そしてまた笑う。

 俺は……一瞬それにイラついた。

 なんなんだ。この世界は。なんでこいつはこんな風に笑わなきゃいけないんだ。

 エマは俯いた。

 ほら、結局そうやって――


「やめろ」

「え?」

「そんな風に笑うな。そして、泣くんじゃねえ」


 もやもやが積もる。


「泣いてなんかないってさっきから言って……」

「泣きそうじゃねえかよ!」


 そう。これが間違いだった。もっと冷静になっておくべきだった。

 気付けば、俺はエマの腕を引いてしまっていたのだ。勢いだとしても、やばい、と思った。

 彼女も顔を青ざめる。


「わ、悪い!!」


 急いで肘を掴んでいた腕を引っ込めるも、それは遅かったようだ。

 警報が鳴り始めたのだ。戦争開始時とは違う警報音。どちらかと言えば火事の警報音に近いうーうーといった音だ。


「ば……馬鹿」


 エマは掴まれていた肘を、反対の手でガードしながらなんとか言葉を紡ごうとする。


「セイントは……私達のY染色体とX染色体をマーカーしていて、聖なる者以外が異性に触れ合うと、化学反応が起きて警報が鳴ってセイントに察知させるのよ……」

「えと、待てよ。それなら俺はマーカーされてないだろう?」

「紅茶よ。最初に船で飲んだ紅茶。飲めば、全身のY染色体にマーカーが行き渡るようになっていたのよ」


 そんないつの間に。俺までセイントの一員になりかけていたんだ?


「おい、何が起きるんだよ」

「セイントのお叱りを受けるのよ……」

「どんな……」


 言っている間に、ばん! と扉が勢いよく開いた。そこにはアロンと鈴とそして数名の他の幹部と思わしき女が立っている。


「セイントの所へ、連れていくわ」


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