来場者所感・二
僕がこんなところに来た理由はとうにご存知でしょう?
刑事さん。
今更事情聴取をしたって、僕は罪科に弁明などありませんよ。秘密に伏しておけるなら、秘密にしておきたかったですよ、そりゃ。僕は臆病者ですからね。
ですがあんなものを見せられちゃ、誰だって自分の犯した罪が暴露されていると認めざるを得ないでしょ。怖くだってなります。だって僕の犯罪そのものが、衆目に曝されているんですから。
誰かが悪意を持って僕を陥れようとしているんです。早くあの幻燈館から映像を押収して下さい。僕は自分の秘密を垂れ流しているなんて恥をこれ以上晒したくないし、僕を陥れようとする奴がいるという影に脅かされるのが我慢ならないんです。
え?
自首したきっかけをもう少し詳しく、ですか。
まあ、いいでしょう。それが捜査の進展に繋がるなら、喜んで。
ご存知の通り、僕は裕福で不自由のない大学生です。
授業の空き時間にキャンパス内のカフェーでよくコーヒーを飲むんですが、その日、いつもの席でくつろいでいたら向こうの席からこちらをじろじろ見てくる二人組があったんです。僕は最初は無視していたんですけれど、好奇心に満ちた表情で何度もこっちを見てくるんで、不愉快になって文句のひとつも言いたくなったんです。
僕は立ち上がって、彼らのテーブルのもとに行きました。
「僕のことをさっきからじろじろ見るが何だね。言っておくが僕のことは怒らせない方がいいぞ、僕の父は大学にも援助をしているこの地区の有力者なんだからね、僕の一声で君らなどどうにもなるんだ。」
この脅しは何度も使ったことがあって、実際僕は父に頼んで僕の地位を保ってきたんです。それを知る者も多いし、この台詞は大概はよく効くはずでした。
ところが、彼らの反応はまったく予想だにしないものでした。僕が言うや否や、二人して笑出したんです。
片方が僕を見据えて、こう言いました。
「あの女にもそう言って脅しかけたのかい?」
あの女?
僕はその言葉に若干胸騒ぎがしました。なるべく表情には出さないようにしましたけれど、少し動揺したんです。
彼は一体何を知っている?僕の頭はその思いでいっぱいになりました。
「何を言っているんだ、君は」
彼らはさもおかしそうに笑い声を上げました。
「なんだい、そんなに怖そうな顔をしなくたっていいじゃないか。君、役者なんだろう?こないだ見たよ」
僕は彼が何を言っているのか分かりませんでした。心当たりがないところを考えると、こいつらは人違いをしているのではないだろうか。どこかの役者とたまたま似ていて、そいつと重ねて見ているのではないだろうか。
その可能性は高いように思えました。有り得ないこともないだろうし、何より僕の所業を誰も知るはずがないのです。
人違いでからかわれるなんて、迷惑千万です。僕は気を取り直して抗議しました。
「君、失礼じゃないか。僕は役者などではない」
「え、そうかい?そっくりだけどなぁ」
「まあ隠したくもなるよ、三人の女を犯して、自殺に追い込んだ男の役なんぞ胸くそ悪いもんな」
僕は今度こそ頭の中が真っ白になりました。
こいつらは、どこでそれを知った?!
激しい混乱に襲われて、僕はパニックになりました。彼らは僕のやったことの概要をそのまま言い当てた・・・。なんどいうことだ。知られていたなんて。
場合によっては、こいつらを闇に葬らねばならない・・・そこまで考えて、冷静さに僕は立ち返りました。
そいつらは僕が実際にその犯罪を行ったものだと考えていないようでした。あからさまな敵意も、恐怖も彼らにはなく、ただ純粋な好奇心に満ちた瞳を僕に向けている。本当に、おもしろがっているだけみたいなのです。
となると、やっぱり僕の犯罪のことを言っているわけではないではないか。
僕は我に返りました。何かの演劇について言っているだけであって、それがたまたま僕にそっくりな男であり、僕のやったそっくりなことを演じていただけではないか。
似たような事件をただ単に誰かが演じているだけ・・・
しかし、どうも引っ掛かる。僕は、自分の手を離れて、自分の所業が独りでに歩いていってしまっているような不気味な感じがしたのです。
あるいはそれは予感だったのかも知れません。
「君、その演劇はどこで見たんだい?」
「演劇じゃないよ。幻燈館さ。あそこの遊園地にある」
「なんだ君、本当に知らないんだなぁ。悪かったよ、でも本当にそっくりなんだよ」
そっくりだろうと、それは僕ではない。そう言ってやりたかったのですけれど、背中にひやりとしたものが張り付いているような気分に急かされて、僕は足早にそこを後にしました。カフェーはざわめきに満ちてきました。僕は皆に僕の動向を見張られているみたく感じられて嫌な気持ちがしました。
何でもない。僕に似た役者が僕のやったことと似た脚本で幻燈をやっているだけで、それは僕のことではない・・・あれを知るものはいない・・・僕であるはずがない・・・
そう思いながら、僕はその幻燈館に確かめに行きました。
遊園地の片隅に、果たしてあいつらが言っていた幻燈館「地獄の世界」はありました。変な一つ目の目隠しをした従業員がいて、にやにやしていました。そんな馬鹿みたいなことは鮮明に覚えています。後のことはわけの分からなくなってしまいましたが・・・
僕はそいつからチケットを一枚買い、中に入りました。
中に入ると案内人がいて、真っ暗な中を誘導してくれました。
真っ暗な空間には光が浮かんでいて、そこに幻燈が映ってました。
幻燈自体はおもしろかったんです。魔に魅いられた人、秘密の犯罪、人間の奇妙な心の闇。他人の秘密を覗き込み、神の視点から眺める背徳感、万能感。なかなか味のある、覗き趣味のようなものを満たしてくれる見せ物でした。案内人の語りを聞きながら、いつしか僕はそこに来た本来の目的を忘れかけていました。
赤い棺に入った男の幻燈が映っている光を観るまでは。
僕が恐れていたものは、僕が想像するよりも、ずっと不可解で、遥かに恐ろしい事実になって僕の目の前に現れたんです。
赤い棺の少し開いた蓋からは手が覗いて、棺の奥の闇の底に光る目がこちらを見ている。そいつの回想が始まると幻燈が切り替わるんです・・・そこに主人公として映ったのが、なんと、僕自身だったのです!
そして幻燈は僕の犯行を次々に暴露していきました。すべて本当なんです・・・。
僕の気に入った三人の女も、女を眺めていた場所も、犯した場所も、自殺の新聞記事も・・・
そっくりどころじゃない、本物でした。
本人を前にして、その幻燈に映る人物は、僕の所業を一から十まで『自慢』として語る。
こんなこと今すぐ止めたまえ―――と怒鳴り散らそうと思ったのですが、あまりのことに声が出ませんでした。
僕はその場に凍りつき、動けなくなりました。
あれを知るものはいないはずなんだ。
あれは誰も見ていなかった。慎重に確認したはずだ。僕だけが知る、密かな愉悦、優越。僕だけに許された特権。それが何で衆目に曝されているのだ・・・有り得ない。有り得ない。有り得ない!
「どうしたんだい、顔色悪いようだね、君?」
はっとして見ると、闇の中に案内人のにっ笑って見せた白い歯列が浮かんでいました。
わっと叫びだしたくなり、何にも考えられなくなって僕は逃げ出しました。
身体中から生気が抜き取られ、どこか浮いているような、覚束ない足取りで、空気を掻くようにして、幻燈館の出口を探しました。
僕は混乱の極みにありました。知られてしまった、一体誰があれを映像にして記録できたというのだ。自分の支配によって起こしてきた、完全に制御できていた事件なのに―――実は更に大きな陰謀だった?―――まさか、僕を陥れようとする人間がいるのか。
はっと気が付いたら、僕は既に遊園地の外にいました。焦燥と疲労に体がぴりぴりと麻痺していました。聞こえてくる遊園地の馬鹿馬鹿しい楽しい音楽ほど神経を逆撫でするものはありませんでした。
僕はようやく現実に戻ってきた心地になって、イライラしてきました。やっと幻燈館に怒りを覚えました。
あれは僕を嘲笑い、プライベートを晒し僕を恐喝するために行っているのに違いない。
そう思いました。
その後、僕はその足で自首しました。あんな衆目ある中で僕を暴露しているんだ。何か目的があってのことに違いないんです。大方親父に金でもゆするつもりなんでしょう。
だけど犯人の思う壺にはさせません。僕は確かに捕まりたくないが、相手の思う通りになるのはもっと嫌なんです。だから相手の思惑を水泡に帰すために、僕は僕自身を暴露することにしたんです。警察に自首したら、僕の秘密を公然と放映するメリットなんてあいつらにはなくなるはずなんですよ。
だから、さっさと僕の映像を持っている幻燈館を調べて欲しいと言っているんです。
一向にその調べが回ってないようじゃないですか。
一体僕が自首してからどれだけ時間がかかってるんですか。
え?遊園地に僕の言う幻燈館がないだって?
そんなわけがないだろう!僕はそもそも他人から幻燈館の所在を聞いたんだ。複数の人間がそこに行ってるのだよ。ないなんて、とんでもない。刑事とは堂々と営業している見せ物も見つけられないほど無能なのかね?もう一度よく探したまえ。
まったく、何で自首したんだかわかりゃしない。
・ ・ ・ 数年後某新聞 ・ ・ ・
最高裁で今日、K市連続婦女暴行事件の容疑者桐形啓輔(当時23)被告の判決言い渡された。検察の求刑通り死刑となり、これにより刑が確定し、長年争われてきた裁判に終止符が打たれた。
死刑の宣告を受けた被告は「こんなはずではなかった、どうして僕がこんな目に」と混乱した様子で裁判官に詰め寄ろうとしたが、警備員によって制止された。
被害者の遺族代表皆島咲子さん(52)は「刑が確定しようと、娘は帰ってこない。しかしようやくこれで娘の墓前に報告できる」とコメントし、なお消えない悲しみを窺わせた。




