第二話 あの言葉
30分ほど授業を受け、昼休みに入った。
今日も今日とて、一人自分の机で弁当を広げる。
冷凍食品を詰めただけの自分で作った弁当を見ても特に何も思わない。これが日常だからだ。
割り箸を袋から取り出し、力を入れ、横向きに倒してから割る。こうすると、割り箸がきれいに割れるらしい。いつかのテレビで言っていた。
「………嘘だな」
面白いくらいに斜めに割れた割り箸を見て、そんなことを呟く。
まぁ、いいか。
顔の前で両手を合わせ、そのまま不格好な割り箸で食事を進めていく。
唐揚げを口に持っていく。
もぐもぐ
ウインナーを口に持っていく。
もぐもぐ
うん。
うん。
美味しくないわけじゃない。普通に美味しい。
違うんだ。ただ、腹が減ってないだけなんだ。一時間ほど前に食べた朝ごはんで、腹が満たされてしまってるんだ。
だけど、残してしまうのは何か嫌だ。
腹はすでに満たされてしまっている。それでも、箸は止めない。
もぐもぐ
もぐもぐ
………うん、無理だ。
すぐ諦めた。
無理なことを無理にやっても、その行動が無駄になるだけだ。
風で飛んでいかないように置いていた水筒をどかして、割り箸の袋を持つ。そして、不格好な割り箸をまだ割られていない状態のようにしてから、袋に戻す。
割られた箸の境目が見えなくなったことで、少し、本当に少しだけ、いい気分になれた。
弁当を片付けるため、水筒の横にある蓋に手を伸ばそうとした。が、
「あの……」
声をかけられた。聞いていて心地よい、優しい声だった。
俺の目線は今、弁当に向いている。そのせいで周りは一切視界に写っていない。それなのに自分に声をかけられたと分かるのには理由がある。
「あのね、一緒にご飯食べていい?」
「……飽きないわけ?毎日断られてるのに」
そう、これも日常なのだ。
一人で食べていると、毎日決まって弁当が半分になった頃に声をかけてくる。そして俺は一切迷うことなく、彼女の誘いを断り続けている。相手の顔すら見ずに。
そして今日も、
「悪いけど、無理」
彼女と俺の間に長い沈黙が流れる。
これも日常だ。
「……あ、うん…そうだよね。……うん、ごめんね、いつもこんな事して。……じゃあね…」
そう言って彼女は俺の前から去っていく。顔は見ていないが、おそらく、悲しそうな表情をしているのだろう。
そう、容易に予想ができてしまう声だった。
これも日常だ。
普段と何らかわりのない日常。
これが正しいんだ。
自分と相手に変化を作らない。
俺が変えるのは世界の常識だけでいい。下手に周りとの関係を変える必要はない。
必要は……、
“何かを成そうとしているとき、それを一人でしてはいけないよ”
「待って」
脳が判断を下すよりも早く、体が動いた。
俺の右手が彼女の右腕を掴んでいる。
彼女はとても驚いている。それはそうだろう。その驚きの行動をしている俺が一番驚いてるんだから。
「やっぱり今日は一緒に食べていいよ」
今度は口が勝手に動いた。俺は、俺の脳はそんな指示を出していないのに。
「え……あ……う、うん!」
相当嬉しかったんだろう。声が相当弾んでいる。
弁当を持ってくるためだろう。一度自分の机まで戻っていって、その後すぐに俺のところまで戻ってきた。
俺の前にある席の椅子をこっちに向けて、ゆっくりと座る。
そして、じっとこちらを見つめてくる。
あぁ、そういえばこいつのこと、ちゃんと見たの初めてかもな。いつも下ばっか見てたからしゃーないか。
久しぶりに人と視線を交わらせるような気がする。
彼女、確か名前は、
「苦瀬散香だったっけ?」
「え?うん!そだよ!もしかして、僕名前覚えられてなかったの?」
彼女の第一印象は、活発なんだろうな、だった。
苦瀬散香はすごい。
この言葉はこの学校に通っているなら、一度は聞いたことがあるはずだ。何でも、陸上部に入っているらしく、短距離で全国に出場したことがあるらしい。それも一度や二度などではなく、もっと多いのだとか。
散香は他の部員とは違い、とても日焼けをしている。さらに髪形がショートであるため、その胸の膨らみがなければ、美少年と言われても誰も疑わないだろう。
実際は、その膨らみのおかげで美人として人生を歩めているのだろうが。
「え、建死くん、もう食べるのやめちゃうの?まだ半分ぐらい残ってるけど……」
「うん、まぁ、腹減ってないから……」
………やばい、同級生と話すのって結構久しぶりだから、何話していいかわかんない……。
やばい、どうしよう。
俺はこの世界の人間が基本的に嫌いだ。誰だって自分とは真逆の考えを持った人間のことは好きになれないだろう。俺の場合、それが世界だったってだけだ。
だからこそ、俺はなるべく人と関わらない様にしてきた。よって、今この様な状況にある。
だが、そんな俺の気も知らずに散香は、弁当に入っているナポリタンを行儀よく食べている。
いいなぁ、美味しそうだなぁ。
じゃなくて。
何話そう、鉄板はやっぱ好きな食べ物とかか?いや、鉄板すぎて散香が俺が緊張しているのだと気づいてしまう。
ならどうするか。
あ、天気の話とかどうだ。
今日は天気がいいな!から始めれば何も不思議じゃないような気がする。いや、そもそも今は雲で太陽隠れてるな。
じゃあ、今は天気が悪いな!か?
絶対ないな。うん。
くそっ、どうする、どうすればいいんだ!
「ねぇ建死くん」
「ん、あ、ん?」
俺がどうするかの一人会議をしていたところ、会議室の扉をぶち破って散香が話しかけてきた。
「一つ、聞いてもいい?」
「え、あぁ、うん、いいけど…」
「なんで今日はいいよって言ってくれたの?いつもなら断ってくるのに」
なんで、か。
正直なところ、俺もよくわかってない。ただ一つ、言えるとしたら、あの言葉だろう。
“いいかい建死、もし何か成し遂げたいことがあったとき、それを一人でやってはいけないよ。一人では必ず限界があるからね。誰でもいい、誰かの力を借りるんだ。直接的なことじゃなくてもいい。ただ質問をするだけでもいい。必ず、誰かの助けを借りるんだ。そうすればきっと、なんだってできるさ。俺の子供なんだからな”
これは父さんの言葉だ。
父さんが俺によく言ってくれた言葉だ。
この言葉を話すとき、父さんはいつも笑顔だった。その様子を見ていた母さんも、いつも笑顔だった。
それにつられて、俺もいつも笑顔だった。
こんな生活がずっと続くんだと思ってた。
みんなが笑顔で楽しい生活が続くんだと思ってた。
だけど、違った。
その生活は唐突に終わりを告げた。
じいちゃんもおばさん達も笑顔だった。だけど、俺の求めてた笑顔じゃなかった。
そして俺は、死を嫌うようになった。
人を嫌うようになった。
父さんの言葉も忘れて、人との関わりを絶っていった。
成したいと思えるものがなくなったからだ。やり遂げたいと思えるものがなくなったからだ。
だけど、今、たった今、思い出した。
成したいと思えるものを見つけたからだ。やり遂げたいと思えるものを見つけたからだ。
生は死よりも素晴らしいものだ。
価値のあるものだ。
なによりも美しいものだ。
これを俺は世界に説いていく。常識を覆すために。
それで、なんでいいよって言ってくれたのか、だっけ。
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「お父さん、なんで一人じゃだめで助けが必要なの?」
「なんで、か………。そうだな、建死、これを覚えときな。誰かになんでって聞かれたとき、こう答えるんだ、―――ってな」
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「必要だと思ったからだよ。今、たった今、その行動が、ね」
これは日常じゃない。




