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第一話 逝比建死

 目を瞑ると思い出すのは両親の葬式だ。


「すごいわねぇ、小学生の女の子をスピード違反の車から守ったんでしょ?」


「らしいわね。ほんと立派だわぁ」


 見たこともないおばさん達がそんなことを話しているのを少し遠くから聞いていた。

 顔の向きは変えず、黒目だけを動かしてそっちの方向を見てみると、おばさんたちの口元が見えた。その口は三日月型に開かれている。


建死(けんじ)、お前も父さんや母さんみたいな、立派な死に方を目指すんじゃぞ」


 じいちゃんに葬式が終わったあと、そんなことを言われた。

 まだ身長の低い俺と目を合わせるために、悪いはずの膝を床について目線を合わせてくれた。だけど、今ではもうじいちゃんの顔を思い出すことはできない。

 あんなに好きだったじいちゃんなのに、もう思い出せない。

 たった一つ。一つだけ、思い出せるのは、目線を合わせてくれたじいちゃんの口は、三日月型に開かれていたってことだ。

 あのおばさん達と同じように。





「自分の子供だろ。自分の子供が死んだんだろ。なんで笑ってられるんだよ……」


 父さんと母さんが死んじまったから、その二人の代わりにじいちゃんが俺を育ててくれることになった。

 それに伴ってもらった部屋で俺はそんなことをつぶやいた。

 まだ小学生でありながら、人の死を笑うことはおかしい事だと分かっていた。

 いや、違うか。

 世間からすれば人の死は評価するものであり、笑うことは別におかしな事ではないのだ。

 つまり、おかしいのは俺だ。


 この世界の人間は死を目的として生まれてくる。

 “生”ではなく、“死”をだ。


 “生涯の終え方”

 それがこの世界では他の何よりも評価される。

 人を自分の命と引き換えに救ったのであれば、英雄ともてはやされ、その人の孫の孫の孫の、そのまた孫の代まで恩恵が続くという。


 つまり、これから俺の人生は何不自由なく暮らせるようになるってことだろう。自分の両親がその英雄といわれる死に方をしたのだから。


 そう小学生の俺は思っていた。



「そろそろ起きるか」


 二度寝しようかと思っていたが、なかなか寝付くことができず、やっぱり起きることにした。

 窓から差し込んでくる光を右手で遮り、ゆっくりと体を起こす。

 時計を見てみると針は10時を指していた。


「学校……行くか……」


 正直行きたくない。

 ただ行かなかったら行かなかったで、別にすることもない。それならば、どうでもいい授業でも聞いて時間を潰したほうがまだマシだろう。


 顔を洗い、朝食を食べ、もろもろの準備をしたあと、11時に玄関を出た。

 電線の上で雀がチュンチュンと鳴いている。

 野良猫が俺が近づいてきたのを見て走って逃げる。

 そんないつもと変わらない普段の風景を眺めながら、学校へと続く道を淡々と歩き続けた。




 ガラガラッと大きな音を立てながら教室の扉を開けた。

 今は授業中だったようで、余計にその音が教室中に響いてしまい、先生も含め、全員が俺の方向を一斉に向いてくる。


「え、もう4時間目だけど…」

「なんで来たの……?」 

「やっぱ建死くんかっこいいなぁ…」

「話してみたいんだけどなぁ…」


 生徒達が何やらコソコソ話しているみたいだが、俺の耳に入ってくるまでにまた別の音でかき消されてしまう。

 だからといって特に気にする必要もない。

 俺はそんな奴らを横目に自分の机へと歩き出した。


 俺が後から入ってきたからといって、特に授業を止めたりせず、先生はそのまま機械のように言葉を発していく。

 何も言わずに遅れて教室に入ってきた場合、普通の生徒ならば、相当怒られるだろう。実際、何度かそういう奴は見たことがある。


 ただ、俺は普通の生徒じゃない。


 英雄の子供なのだ。

 命を懸けて他人を救った人の子なのだ。


 周りの奴らなんかよりも圧倒的に優遇されてる。

 俺が頼んだわけじゃない。

 「俺は英雄の子なんだ!」とか、言いふらしまくったわけでもない。


 ある時からこうなった。

 そう、俺の親がニュースになった時からだ。

 アナウンサーが人を助けて死んでいったことをとてつもなく褒めていたのを覚えている。


 その影響からだろう。

 俺は登下校中だろうと声をかけられたし、遠くから期待の眼差しを送られていた。


 学校でも同じだ。

 今まで仲良くしてた友達からは「お前の父ちゃん母ちゃんすげぇな!」って褒められまくったし、「仲良くしようよ!」って今まで話したことのない奴が話しかけてきたりもした。


 俺は普段通りに接した。

 親のしたことを誇らしく思うでもなく、胸を張るでもなく、ただ、いつも通りに。


 そうしたら、今度は先生から「もっと周りに自慢してもいいんだぞ?すごいことなんだから」って言われた。


 ふざけんな。


 声には出さなかったけど、俺は本気でそう思った。


 やっぱりこの世界はおかしい。

 人の死を誇らしく思えだ?

 ふざけんな。


 どれだけその死に方がかっこよかろうと、死は死だ。

 死という事実には変わりはない。


 父さんと母さんの死のせいで、俺は優遇されている。

 望んでもいないのに。

 でも、この望まない優遇は、小学生の時から高校生になった今でもずっと変わらない、


 おそらく、これからもだろう。

 おそらく、なんもしなくても、俺はかなりいいところに勤めるんだろう。

 それが客寄せパンダのような役割だったとしても。


 あぁ、やっぱりつまんねぇな。


 なんもしなくても何不自由なく暮らせる。

 これほど人間が望む生活は無いだろう。

 ただ、俺は望まない。


 じゃあなんだ?

 俺は人間じゃねぇってことか?

 あぁ、そうかもな。

 俺は人間じゃないんだろう。


 蛙の子は蛙さ。

 なら、英雄の子は英雄だろ。


 なってやるよ。

 世界の常識を変えた英雄に。

 立派な死を遂げた英雄なんかじゃなく、世界を変えた英雄に。


 評価されるべきは“死”ではなく、“生”こそが評価されるべき最高のものだ!


 俺はこの新常識を生涯をかけて、説き続けていってやる!


 その男の名は、逝比建死(ゆくらべけんじ)だ!

 初めまして、ソリアドって言います。

 たまたま夢で見たものが面白かったので、それをそのまま小説にしたものです。

 それなりに自信がありますので、楽しんでいただけたらと思います。

 今のところは全話で本1冊分ほどの文字量で考えておりますので、よろしくお願いします。

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