第二話「最弱令嬢、売られる」
スキルがすべての世界で、最弱スキルを持つと残酷だ。
(まさか親から、役立たずがと罵られ、暴力を振るわれるとはね……)
生まれながらに与えられた、たった一つの力。それが人間の価値を決め、職業を決め、結婚相手を決め、生きていく場所を決める。
人生のすべてをスキルが決めるこの世界で、最弱と言われるスキルを自分の娘が持った。
貧乏とはいえども、貴族としてのプライドはある両親。その事実が受け入れ難く、そして許せなかったようだ。
あの儀式の日から、両親の態度が一変した。冷たくいないもののように扱われ、時折思い出したかのように罵詈雑言を吐きに来る。
「もう少し身体が大きければ、逃げ出すことも考えられるけど……」
お金もなく、体力もない状態で、無計画に逃げ出すのは命を縮めるだけだ。幸い、多少叩かれたり蹴られたりはしても、命につながるほどの怪我にはいたっていない。今の状態なら、ここにいた方が生きれる可能性は高いだろう。
(使い物にならないスキルね……。誰のおかげで医療費が軽減できていると思ってるのか)
エリーゼは、自室の窓から庭を眺めながら思った。
腸内鑑定は、この四年間でエリーゼの生活に静かに溶け込んでいた。
家族の腸内を毎日観察して、体調を予測し、発酵食品を仕込んで、善玉菌のエサを用意する。料理に食物繊維を混ぜ込んで、誰にも気づかれないように家族の腸内環境を整える。そんなことを料理長を巻き込んでこっそりやっていた。
おかげでカーライル伯爵家の者たちは、ここ数年、誰一人大きな病気をしていない。
でもそんなことは、誰も知らない。誰も、気づいていないのだ。
(まぁ、当然か。腸活の概念がないもんね……)
エリーゼは苦笑した。
「また税収が減ってきている……このままでは領地が……」
「どうするの?もう土地を売るのも限界よ」
「ああ、そうだな。……くそ、あいつがいいスキルを持っていれば、良家との縁談を作れたというのに」
廊下の向こうから、両親の声が聞こえてくる。口論だ。最近、さらに増えてきた。
(また始まった)
エリーゼは静かに耳を澄ました。聞くつもりはなかったが、この家は壁が薄い。
「隣の領地のご子息は剣聖スキル、叔父のところの息子は火炎魔法のスキル。知り合いの息子たちも治癒スキルや商才スキルを持っていた。……騎士や魔導士までいかずとも、大体の凡庸スキルがあれば人並みの人生は送れるというのに、なんで、あんな最弱スキルをあいつは……」
(ついに私の名前は“あいつ"になったようね……)
その低い声に含まれるのか果たして怒りか憎しみか。どちにしろ父が良い顔をしてをしていないであろうことは想像がつく。
「もういっそのこと、あの話、引き受けましょ」
「あの話って、公爵家の令息の件か?」
「ええ。どうせ家にいても役に立たないわ。それなら、人様の役に立ってもらった方がいいじゃない」
(公爵令息の話?……一体、何だろう)
「呪われた子の世話役か。……ある意味似合いかもしれんな。あのスキルも、天に呪われたようなもんだ」
「誰も行きたがらないおかげで、また報酬が高まったみたいだし。ちょうどいいじゃない」
「そうだな。あいつが向こうにいる限り金も入ってくるし、悪くない」
しばらく沈黙が続いた。
「……呪われるからしらね、あの子」
「さぁな。……万が一、何かあっても、惜しくはない」
(……惜しくはない、か)
エリーゼは窓の外を見た。
庭の端に、小さなぬか床を埋めてある。毎日、隙を見つけてかき混ぜていた。誰にも気づかれないように。
(前世でも、似たようなことがあったな)
凛として生きていた頃。正しいと信じた企画書を、何度ボツにされても書き直した。腸活の知識が、誰にも評価されなくても、いつか誰かの役に立つと信じて。
(知識は、使う場所が変われば武器になる。今がそのときかもしれない)
エリーゼは立ち上がった。




