42負の信仰
考えても、答えは出てこない
一度この世界の歴史に関する情報をネットで探したことがあったが、情報系クランでもその辺りについてはあまり詳しく知ることができていない
古い情報はそのほとんどが断絶している
唯一分かったのは、今が聖暦1012年であること
暦が変わっているため、シロが二世の狭間に行ってから1000年近くの時間が経っていることになる
どうすれば
―————!!
「…………いや、そんなことよりも」
眼下に広がる戦乱の光景に、思考で茹だった頭の中が一気に冷え固まる
展望台を駆け抜け、階段へと直行する
『…………どうするの?』
「できることを探す!」
最大HPは残り三割といった程度。死ぬか一日経つまで回復はしないが、戦闘以外でもできることはある
はず―――
「…………なんだ?」
階段を降りて狭い路地に入った後、角の奥から気になる声が聞こえてきた
「おい!さっさとしろって!このままじゃ聖騎士共に捕まるぞ!」
「大きな声出すなって!…………ああクソ…………どうしてこんなことに…………」
「仕方ないだろ!あいつがこの時間帯じゃないと駄目だって言うからっ…………」
咄嗟に近くの荷台に隠れると、角からこちらに向かって全身をローブで覆い隠した二人組がやってくるのが見えた。大きな荷物を二人一緒に抱えている
しばらく監視していると荷台の手前辺りで止まり、荷物を降ろして近くの壁を探り始める
この状況で聖騎士から逃げているなんて、どう見ても怪しい
「まだか?!」
「待て…………えっと、中央に十字傷がついた赤いレンガから右に二つ目を…………」
片方が壁を探りもう片方が路地の前後を見張っている。焦っている所為か後ろにある荷台まで気にする余裕は無かったらしく、こちらに気づいている様子は無い
こっそりと地面に置いてある荷物に目をやると、それは寝袋のような見た目で素材は革のように思える。ただ縫合が甘いのか、隙間から中身が見えるようになっていた
「(…………おいおい)」
『……………………』
そこから見えたのは、人間の腕
血の気が引いたような蒼白、腕の表面には赤い絵の具をぶちまけたような跡があり、よく見るとヒビが入っており血が付いてからかなりの時間が経っていることが分かる。力なく垂れ下がったそれはまさしく死人のようで見ているだけで嫌な想像が止まらない
『……………………もう、死んでる』
「(…………そうか)」
連続殺人事件
もしこの二人組が犯人だというのなら今すぐにでも捕まえなければいけないのだが
「…………ッ…………ッ」
苛立ちを隠せない二人の様子に、少々引っかかりを覚える
もしこれまでたくさんの被害者を出しているのなら、もう少し手慣れた様子を見せてもおかしくないのだ
荷台から見える二人の表情は憔悴しきっていて今にも泣きだしそうな雰囲気を感じさせる。とても計画的な犯行に及べるような人間には見えない
強迫観念に襲われて仕方なく、といった具合だ
「……………………よ、よし!あったぞ!」
「ほらっ、さっさと開け」
「わかったってば…………」
男が壁の一部のレンガに触れると、それはゆっくりと奥へと沈んでいき壁の中から鈍い音が断続的に聞こえてきた
「(隠し通路)」
音が止むと、壁の一部が沈み込むように移動し地下へと続く階段が露わになる
二人はそれを見るや否や一目散に荷物を背負って下りていく
規則的に階段を下りる音を聞きながら、俺はどうするべきか悩んでいた
「……………………行くか」
音が聞こえなくなると同時に、壁がゆっくりとせり上がってくる
モンスターの方も気になるが、こちらの方も見逃せない
階段を開ける方法は見ていたからわかるが、開ければ音でバレるだろうし入るなら今しかない
「よし」
荷台から出て、足音を立てないようにゆっくりと階段を下りていく
しばらくすると外へと続く出入り口が完全に閉じる音が聞こえ、暗闇の中なんとか見えていたはずの地面が完全に見えなくなる
壁に手をついて転ばないよう慎重に進んでいくと、下の方からわずかな明かりが漏れ出ているのが見えた
「(……………………どうだ?)」
『…………大丈夫。誰もいない』
シロに先の様子を確認してもらい、階段を下り終える
そこは所々に壁掛けの燭台が点在した長い通路になっており、蝋燭の状態から誰かが定期的に手入れをしているのが分かった
「……………………個人の規模じゃないな、これは」
しばらく歩いて、数分程度だろうか
通路の奥に重苦しい鉄扉を発見し、扉の付近に誰もいないことを確認すると極力音を立てないようにゆっくりと開く
薄暗さは変わらないが、肌寒さを感じさせる冷気が部屋の中から漂ってくる
多分死体を置いておくための場所だ
近くには先ほど見た荷物が置かれており、中身を確認してみる
「うっ…………」
かなり酷い状態で元の顔がわからなくなるくらい損傷が激しい
全身には細かい傷や青痣がたくさんあって、何より驚いたのは両足が完全になくなっていること
切断されたというより、まるで内側から爆発したかのような有様だ
ある程度マイルドになってはいるものの、そこにあるのが死体だとわかるとどうしても拒否反応は出る
死体の袋を閉じて、入ってきた扉とは違う方を開ける
「……………………」
扉の外は横に長い通路
右奥には壁、左には上に続く階段が、前方にはもう一つ扉があり、中から小さな話し声が聞こえてくる
シロに会話を聞いてもらった感じ
「儀式はどうなっている?」
「今のところ問題は無い。さっきは少し危なかったが今はモンスターの対処に手一杯のはず」
「誤魔化しが効いているといいんだが…………」
「場所の指定までなんて聞いてねぇよ。チクショウ」
そうか、モンスターを解き放ったのはこいつらか
さらに詳しく聞いていると
「なあ、あのぼろきれを被った奴、一体何が目的なんだろうな。メイル様が急に連れてきたけど」
「さあな。俺たちみたいな下っ端に教えてくれるわけないだろ」
「俺、正直あいつに関わりたくない。近くにいるだけで背筋が震えるんだ。それになんだか気持ち悪い」
「おい聞かれたらどうする。この前陰口叩いた奴が儀式の為にぶっ殺されたの忘れたか?」
「で、でもよぉ」
「俺たちはただ言われた通りにしてればいいんだよ。そうすりゃきっとメイル様がなんとかしてくれるって」
何かしらの組織の構成員なのか?
メイルって奴がリーダーみたいだけど
『…………二人くらいだけど、どうする?』
「(…………放置だな。それよりも内部をもっと探索したい。マップは駄目か?)」
『うん。表示されない』
隠し階段を下りた辺りで既に機能していないみたいで役には立たない
施設内に入ればと思ったが、そう上手くは行かないみたいだ
通路を進み、上に続く階段を警戒しつつ登っていく
「…………ッ」
『……………………』
階段を登っていくとなんだが妙な気分になっていく
足裏の感覚がしっかりとあるはずなのに身体が浮いているかのような不思議な感覚。少し息苦しい
『……………………ヒカル』
「え…………シロ?!」
階段を登る間ずっと無言だったシロが唐突に光になって消えていく
光はそのまま俺の中へと戻っていった
「ど、どうした?大丈夫か?」
『……………………気分が、ちょっと…………』
「…………戻るぞ」
『ううん…………この中なら大丈夫。ヒカルが見てるのしか、わからないけど』
だが、顔色が
『…………大丈夫、そんなに弱くない』
「………………………………わかった」
シロに影響を及ぼしているこの状況、どう考えても普通じゃない。かなりきな臭くなってきたな
階段を最後まで登り切ると、また扉が
耳を澄ませてみても特に音は聞こえない
かなり厳重そうな鉄扉を、ゆっくりと開ける
「……………………ここは」
出た場所は、どこか不気味な様相の大広間だった
左右に等間隔に建てられた荘厳な柱と設置された蝋燭の火だけが周囲を薄く照らし、その間に赤いカーペットが敷かれている
人気は無く気味の悪い空気だけが辺りを漂っている
「祭壇、か?」
『…………不気味』
カーペットの続く先へ歩いていくと、そこには赤いテーブルクロスが敷かれ、その上に銀色の杯が載せられた長机が置かれている
杯には真っ黒な液体が並々と注がれおり、嗅いだことのない妙な匂いが鼻につく
「これは…………」
杯の方に触れてみると
____________________
・『■■■■■■■■■■■■■■■■■》』
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
____________________
やっば
詳細欄が一切不明になっている
どう考えてもまともな物じゃないのだけはわかった
少し観察していると、薄っすらと黒いもやのようなものが液体から周囲に向かって流れ出ている
「…………呪い」
今漂っているこの妙な雰囲気は呪いが原因か
直接この液体に触れるのは絶対不味い
杯にはそれ以上触れず、机の向こう側へ
これまた真っ黒な代物で、横幅一メートル、高さは三メートル程度の柱が仰々しく祀られている
今見た杯ほど異様な雰囲気は感じられない、何かしら黒い鉱石を削り出して作られたもののように見える
「塔、なのか?」
柱だと思っていたものはよく見れば所々小さな窓のような穴が空いており、中を覗き込んでみると内部を貫くようにして螺旋階段が作られている
ぐるりと回って反対側に行ってみると、一番下にはギリギリ人が入れそうな大き目の穴が空いていた
「黒い塔に呪い、これを信仰しているのか?」
『…………邪教?』
「そう、なるのか?」
聖女様や他プレイヤーに聞いてみればわかるだろうか
えーっとスクショはっと
「———誰かいるの?」
「?!」
俺が入ってきた扉とは別の方向から声が聞こえてきた
咄嗟にその場にしゃがみ込んで隠れる
「変ね。ほとんどの連中は外にいる時間帯のはずだけど…………まさか」
息を殺し塔の裏からこっそり覗き込むと、そこには青いローブを着た人物がカーペットの中央で周囲をキョロキョロと見回していた
顔は暗がりに隠れて見えないが、声からして女性
「ちょっと?!いるんだったら出てきなさい!」
「……………………ッ」
バレたか?
「そういうの止めなさいっていつも言っているでしょ!!面白くないわ!」
……………………
一応相手は一人だけだ。不意打ちなら気絶させられるか?
でも現地民なら最悪俺より強い可能性がある
こんなところにいるくらいだ、もしかしたら呪術とか使ってきてもおかしくは無い
「(……………………どうすれば)」
『……………………三つ数えるから用意して』
「(わかった)」
戦闘の準備をし息を殺して合図を待つ
『三』
カツカツとヒールが地面を叩く音がこちらに近づいてくる
『二』
心臓は早鐘を打ち冷や汗が出てくる
『一』
視界の隅に青いものが見えた瞬間
武器を―――
「メイル様!どうかいたしましたか?!」
「ッ?!ちょっと!大きな声出さないでよ!びっくりしたじゃない!というかあんた何でいるのよどういうことよ!」
扉が開く音が聞こえ別の誰かが部屋の中へ入ってくる
恐らく先ほど下の階にいた人物だろう
ローブの女性の視線がそちらに行った瞬間咄嗟の思いつきで塔に空いた穴へと入り込んだ
少し音を立てたが扉の閉まる音に紛れているから問題はないはずだ
「えっと。あの方にここへ運べと言われた荷物がありまして、その後しばらく待機せよと」
「はぁ?!アイツまた勝手に人の部下に命令なんか出して…………あっもしかしてあのモンスター」
「そ、それはその……………………も、申し訳ございません」
「あ~もう!その話はあとにするわ!今は下がりなさい!」
「…………はい」
「はぁ……………………気のせいだったのかしら」
視界の直ぐそばをローブの女性が通り過ぎていき、全身に緊張が走っていく
「(…………なんだ?鱗?)」
一瞬見えた脚の表面に、薄っすらと魚の鱗のようなものが見えた
人間じゃ、ないのか?
一体どういうことか考えている間に、女性の足音はどんどんと遠ざかっていき最終的に部屋の外へと出ていく音が聞こえた
止めていた息を吐き出して脱力し、そのまま地面へと座り込んだ
「あ、危なかった…………」
『…………あの人が、メイルって人?』
「呼んでたし、多分そうだろ……………………ん?」
―————カチッ
「え」
『あ』
地面に手を着いた瞬間、手に妙な感触を感じたと思ったら目の前の景色が一気に上へと運ばれていった
一瞬の浮遊感の後、身体が宙に投げ出される
「やっ……………………あだッ?!」
『……………………そんなに高くなかった』
「うっ…………また隠し扉か?なんだってこんなところに」
HPは少し減ったが死にはしなかった。危なかった、ちゃんと気を付けないと
地面に倒れ込んだまま四角くぽっかりと空いた穴を見つめる
恐らく俺が座った場所が隠し扉の上で、偶然触れたものがそれを開くスイッチになっていたのだろう
というか信仰に使ってるであろうものの内部に隠し扉仕込むとか何考えてるんだか
「…………うわ、なんだこれ」
『……………………気持ち悪い』
立ち上がってまず目に入ったのは、岩がむき出しになったくぼ地の中央に鎮座する、気色の悪い塊だった
植物の根のような見た目をしているのだが、表面がぬらぬらとテカっていて生物のようにも見える
毛糸玉のような形の物体、絡まった触手玉とでも言えばいいのだろうか
『なにか、入ってる』
「…………ああ」
ゆっくりと近づいていくと、シロが言うように触手玉の中央、四角形に切り取られた入り口の中に小さな何かが置かれているのがわかる
慎重に手を伸ばして触れて見る
触手玉が動く気配は無い
「…………見た感じ、普通だな」
手に取って見てみれば、それはかなり高価そうなものに見えた
真っ黒に染まった漆塗りの薄い長方形
側面を見て見ると少し隙間があって、上下に引っ張れば開くようになっている
開けて中を確認してみる
「……………………札?」
『…………?』
中に入っていたのは、仰々しく納められていた小さな札
見たことのない文字がその表面を埋め尽くすに記されており、手に取ってみるとなんだか違和感を感じる
詳細を確認してみるが、上にあった銀の杯と一緒で表示されてもまったく読むことができない
これも呪いに関するものなのだろうか
『……………………ヒカル、これ』
「見覚えがあるのか?」
『…………試練の』
「……………………あ」
そう言われて思い出した
インベントリから試練として渡された紙を取り出し、札に書かれた文字と見比べてみる
この世界の文字とよく似た形をしたどこの国のものとも似つかない文字
確かにそっくり。というより同じ文字がいくか使われている
「こんなところで手がかりが手に入るだなんて……………………」
だが、どうしてこの札にこの文字が使われているんだ?
これはどう見ても呪いに関わる物品だろうし、イデアモンスターと何か関係があるものじゃなかったのか?
イデアモンスターと呪いに一体どんな関係が
「……………………いったん戻ろう。これが何かの証拠になるかもしれないし、教会の人なら何かわかるはずだ」
『…………うん』
札は箱に戻してインベントリへ
ここから出るために周囲を確認してみるも、周囲は岩壁ばかりで出口らしきものも登るための道具も見当たらない
「…………やっぱりあれに手を伸ばすしかないか」
天井に目を向けると、そこにはここへ入った時の入り口。何かしらの機能で閉じてしまってはいるが、その近くにスイッチのようなものと取ってがあるので、頑張れば開けることはできそうだ
壁からは少し遠いので壁登りは難しい。若干高いが魔法を使えば多分届くだろう
「よし。『ウィン―——』」
―——ミシッ
「?!」
物音一つしなかった空間に小さな音が響いた
木が軋むような特徴的な音
背後を振り返って触手玉を確認すると、先ほどまで微動だにしていなかったそれが震えるように動いていた
球体からこちらに向かって、長いものがゆっくりと伸びてくる
「な、なんだ…………?」
「—————」
先端をうねうねと動かし左右に動いてこちらの周囲を動き回る
どこか観察されているような不気味な気色悪さがあるが、何故か敵意のようなものは感じなかった
「えっと…………もしかしてこれか?」
「—————!」
触手がビシッ、っと示した場所はどういうわけか俺の腰についている木刀だった
手に取って掲げてみると、木刀に異変が起きた
―————カタカタカタカタカタカタ
鞘に納めたままの木刀が、目の前の触手と共鳴するかのように震え始める
黒いもやが染み出すように漏れ始め、異様な雰囲気を発し始める
「な、何が」
俺はその光景に何をするでもなく、ただ唖然として見つめ続けるしかできなかった
触手はゆっくりとそのまま木刀に近づき始めた
『…………大丈夫、なの?』
「いや、俺もよく―――」
―————?
「……………………なんだ?」
突然触手が動きを止め、木刀も震えが止まった
それは木刀と俺の顔を見比べるようにして何度もその先端を動かし、ピタリと止まったかと思うと、ジッと俺の顔を見つめている、ような気がする
そして―――
―————ヒュン
「……………………え?」
突如として触手が持ち上がり、鞭のようにしなったかと思うと俺の目の前を通り過ぎる
何が起きたのかよくわからず、しばらく呆然としていると
『……………………ヒカル…………それ、身体…………!!』
シロの絶叫が胸の奥から届く
視界の下側に、何か黒いものが見えた
恐る恐る確認してみると、そこには
「え…………これって…………」
肩から胸にかけてしっかりと刻まれた真っ黒な線
もやが漏れ出し、揺らめきながらその存在感を醸し出しているのはは、俺が良く見知ったもの
「『剪涕の―――』」
そう言い終える前に、目の前が爆発した
身体が後方へと吹き飛ばされ、視界が明滅する
時間がゆっくりと流れるような感覚に陥りながらHPを確認するも、それは既に俺という存在の死を表していた
「(…………ああ、そうか)」
理解できない状況に混乱しながらも、何故か頭の中は冴えわたっていた
直感、とでも言うべきだろうか。どうしてその結論に至ったのかまるで理解できないはずなのに、確かに俺はそう思ったんだ
「(怒ったのか…………シロがいたから)」
地面に激突する感覚が襲ってくる前に、身体から力が抜け、俺は最終的に意識を手放した




