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30二つの苦み



机の上に、シンプル装飾のティーカップ

淹れたてなのか、温かな湯気が二つほど立ち昇っている

中身はコーヒー

対面に座る彼女は困ったように苦笑していた


「あまり驚いていないようですが…………も、もしかして、知っていましたか?」

「いや、初めて知った」

「そうですか…………」


両手を胸に当て、安心するように一息


「色々とお聞きしたいことがあると思います。お教えできる範囲であればお答えしましょう」

「そうだな……………………」


今ならちゃんと聞けるか?


「聖女って言ってたけど、結局どうしてさっきは名前を教えられなかったんだ?」

「え?!えーっと、その……………………失礼します!」

「え」


止める暇もなく、彼女は焦ったように立ち上がって俺が入ってきた扉とは違う扉を開け、別の部屋へ

やらかしたかなと思った直後、扉が開いて戻ってきた

もう一度席に座り直した彼女の手には、一冊の本


「えっと、理由はですね、教会の最初の聖女に由来するものでして」

「はぁ」

「神の化身とも言われた最初の聖女は名前を持たずそのことから歴代の聖女は基本的に神の代理人として名前を持つことが出来ないんです」

「な、なるほど」

「名乗れるのは聖女を辞する時だけで一応私は知らないだけで存在自体はあるのです……………………大丈夫ですか?」

「わ、わかった」


本を開くと、捲し立てるように説明し始める聖女様

妙な勢いがあってそのまま頷いてしまったが、どうにも変なスイッチを入れてしまったらしい

視線が開かれた本に移る

多分宗教に関するものなんだろうけど


「……………………色々書いてあるんだな」

「興味がございますか?」

「え?まあ、ちょっと」


シロの時代と比べて内容がどう変わったか気にはなる


「でしたら、如何です?」


本を顔の横に掲げ笑顔で聞いてくる


「ん?」

「こちら神聖なる書分かりやすい絵本タイプと合わせてお安くなっています!さらに今なら下位中位高位の聖水がそれぞれ四本セットで付いてきます!」

「えっとあのーそのー」


なんか通販番組みたいなのが始まった

いいのか聖職者『……………………いいんじゃない?』お墨付きかよ

なんか声というか表情というか、もしかして緊張してる?


「ちょっと、落ち着こうな、な?」

「……………………あ」


両手を上げて降参のポーズ

今の状況に気づいたのか、顔を赤くして席に縮こまる

大丈夫かほんと


「あの、ごめんなさい、急におかしなことを…………」

「いやまあ、うん……………………ちなみに聖水ってどこで買える?」

「それでしたら都市にある各教会支部でお求めになれます……………………」


筋金入りなのか

一先ず話を変えよう


「……………………えっと、そう!神聖術!神聖術ってのはどういうものなんだ?呪いに対抗できるものっぽいけど」

「それは、はい。神聖術というのは神ニルヴァ様が起こした奇跡を、私たち聖職者が代理としてこの世に顕現させたものです」

「奇跡、か」

「ちなみに今も使用しています」

「え?」


聖女様が手をゆっくりと掲げると、薄く光る球体上のものが現れた


「これと同じものが、今この部屋を覆っています」

「どういうものなんだ?」

「そうですね……………………といった感じです」

「?」


球体を口元に持って行ったかと思うと、口を何度か動かして、また元に戻す

何をしたのかわからなかった

聖女様はいたずらに成功したかのように少し笑っている


「今この球体の中で発生した音は外には聞こえないようになっていまして、ちなみに逆もできます」

「…………遮音の結界みたいのを張れるのか」

「元々は赤ん坊が不意の音で起きないようにするためのものなのです。他にも色々ありますが、ここでは少し」


そういえばシロが昔そういう機構かなんかを使ってたような


「こういうのが色々あるのか、便利そうだな」


そう言うと、聖女様は困ったような表情を浮かべ


「残念ながら、稀人の皆さまが使うには少し難しいかと」

「そう、なのか?」


確かにそういうものが使えるなんて話は聞いたことないけど


「はい。信仰の有無…………とは違いますね。やはりどうしても、別の世界というのが問題になってしまうようで」

「あーまあそうか」


しっかりと信仰を持つ人がいたとしても、別の世界の神様を信仰する人はいないだろう

仮にこの世界の神を信仰し始めたとしても、今まで信仰とは無縁の生活であったこと考えると、心の底から信じるのは難しい、使えないとしても無理はない


「あと、呪いの解呪をしているって聞いたんだけど…………大丈夫か?」

「もちろん問題ありません、私の仕事ですので。最近は少なくなりましたが、それでも何人かは来ていますね。一応私以外にも、解呪を担当している方がいらっしゃいます」


「C」ルート事件によって、白のフラグメントを選ぶ人が少なくなった

事件の遠因に、プレイヤーが売り飛ばした大量の呪いの装備が関係しているからだ

聖女様の負担になっていると思っていたのだが、この感じなら大丈夫そうだ


「ヒカルさんの持つ武器を解呪したいということなら、今すぐにでも行えますが…………」

「いや、ちょっと確認したい」


今後に関わるだろうし、これは知っておきたい

頷く聖女様


「呪いを選んで残す、ってのはできるのか?」

「…………それは、少し難しいかと」

「聖女でもか?」

「そうですね……………………えっと」


聖女様は少し考え、手元のカップを覗き込んだ後、近くにあった砂糖壺を開く

そこから一つ、二つ、三つと角砂糖をカップに入れかき混ぜると、砂糖が全て溶けきる


「ヒカルさんは、今このカップに入った砂糖の内、二つ目に入った砂糖だけを取り出すことはできますか?」

「それは、流石に無理だろ」


一応科学的に砂糖を取り出すことはできそうだが、仮に取り出せたとしても


「そもそもどれがどれかなんて……………………そういうこと?」


カップに入った液体をアイテム、砂糖を呪いと考える


「はい。神聖術師は基本的に、呪いを全て取り除くことはできますが、呪いを区別することはできません。稀人の皆さまには個別で確認できるようですが、実際にはかなり細かく混ざり合っているんです」

「…………なるほど」

「私でしたら呪いと呪術を分けて解くことは可能ですが、ヒカルさんの場合、そういうわけではないのでは」

「ああ」


至不の木刀にある三つの呪い

せめて不渡の呪いさえ無ければ使い勝手のいい武器になるんだが、そう都合のいい結果にはならないか


「……………………うっ…………」

「?」


聖女様がカップを手に持って口元を抑えている

何かあったのか?


「お、お気になさらず」

「そうか」


正直この木刀以外使う気にならない

何度も助けられたしもはや相棒だ、それに多分普通の剣とかじゃシロに教わった剣技に対応できない

複製とか、空掴の糸が耐久値減らないのをいいことに剣の消耗とかまったく気にしてなかったからなコイツ


『んぐんぐ』


なんか食ってるぅ

インベントリのアイテムは食べられるのか

食事ができるのはよかったが、タイミングよ


「えっと、他に何かご質問はありますか?」

「いや、後は大丈夫だ」

「……………………でしたら、こちらから少しお話が」


聖女様の雰囲気が変わった

真剣な表情を見せ、真っ直ぐこちらを見つめる

そういえば、どうしてここに呼ばれたのか分かっていなかった


「……………………言ってくれ」


視線が交差する

聖女が直々に伝えるようなこととは、何だろうか


「今回聖地で起きたこと、それらについて一切口外しないようお願いしたいのです」

「それは…………」

「もし民衆の耳に入れば、要らぬ混乱を招いてしまう要因になりますから」

『……………………』


聖地で起きたこと、となると


「私に命の危機があったこと…………聖地で鍵を使用したこと…………そして、呪われたかつての神聖騎士のこと」

「……………………リオセルファ」

「お二方の会話は、途切れ途切れといった具合で聞いておりましたが、私もその名前に思い至りました。ヒカルさんは、この都市の歴史についてお詳しいのですね」

「まあ、少しな」


よく考えたらあの時の会話聞かれてたらヤバかった

忘血填についても、もしかしたら気づかれているかもしれない


「……………………少し、ですか…………わかりました、詳しくはお聞きいたしません」

「…………いいのか」

「ヒカルさんは、命の恩人ですから」


はにかむように笑う彼女を見て、俺は心が痛んだ

誤魔化すようにカップを手に取り、中身を呷る

苦い


「分かった、聖地でのことは黙っておく」

「ありがとうございます。あと最後に、こちらをどうぞ」

「これは?」


聖女様が小さな箱を取り出し、こちらへ

促されるように開いてみると中には小さな鈴のようなものが入っていた

確認してみると


____________________

・友好の願い鈴

種別:アクセサリー

教会の聖女から渡された、音の鳴らない真っ白な鈴


装備時精神異常耐性が上昇する


____________________


「そちらは、私からの友好の証と思っていただけると」

「…………えーっと」

「もし何か困ったことがあれば、いつでも言ってください。何でもご協力いたしますから」

「……………………それはどうも」


そういうの、正直、一番、困る



ーーーーーーーーーー



「……………………」


見上げれば、空はすっかりと暗い色

聖女様には部屋を用意すると言われたが、丁重にお断りさせていただいた

教会本部を出て少し歩いた場所で、俺は鈴を手に考え込んでいた


「こういうの、善意を試されてるみたいであんまり好きじゃないんだよな」


鈴を付けていれば本部には自由に入れると言われたし、良ければまたお茶をしましょうとも言われた

命を助けたとはいえ、少し不用心すぎる気がする

それに、本部を出るとき案内してくれた聖騎士から


「聖女様がどういうお考えかはわからないが、我々と貴様ら稀人は違うものなのだ、よく覚えておくがいい」


とか言われた、多分釘刺し

どこか適当なところでログアウトしようか

でもその前に食事でも取ろうかな、この時間帯だと現実の方じゃ軽くしか食べられないだろうし、こっちで満足しておきたい


「……………………」


周囲は無音だ

俺たち以外には誰もいないし、この辺りは居住区とは離れているので明かりも少ない

とはいえ何かが起きたりはしないだろう


「……………………聞くぞ」

『……………………うん』


さっきからシロの様子が変だった

理由はわかりきっている


『……………………誰にも、言えない』

「…………そうだな」


彼の最後を、誰も知ることはできないのだろう

自分を責め続けた騎士の最後を


『……………………恨んでたり』

「それはない」


それだけは絶対にない

元々誰かを恨むような人ではなかったし、逆にシロに恨んで欲しかったって思うようなタイプだ

あいつは最後に安堵の顔を浮かべていたし、人々のためになるなら自分の最後くらい普通に隠すと思う

ほとんど関わったことのない俺が何言ってんだって感じだが、記憶の中の彼はいつもそんな感じに思えた


『……………………ヒカルは、どうする?』

「どう、って?」

『…………もし死んだ人と、もう一度会えるなら、どうする?』

「殴る」

『……………………』


なんだよその目は、相談する相手間違えたみたいな目をしやがって、しかたないだろ

自分の命に何かしら壮大な価値を見出して色々やろうとする奴なんて、だいたいこっちの事情なんてお構いなしに行動するんだから、反省の為に一発くらい殴ったって文句はないだろ


『……………………確かに殴ってきた』

「素通りだし、死ぬ前だからセーフ」


シロが言いたいことはそういうことじゃないんだろ


『……………………私に何か、できることはあるのかな』


シロにできること

それなら


「覚えておこう」

『…………それだけ?』

「それと、今度墓参りにでも」


覚えて、墓参りにいって、思い出して

そうやってそいつがいたって証を心に残しておくんだ

誰にも言えないっていうならなおさらだ

彼について一番知っているのはシロだ

生きている奴が死人に対してできることはほとんどない

整理して、ちゃんと前に進む

シロが自分の所為で思い悩んで辛そうにしているだなんて、あいつが一番嫌がるだろうしな


『…………そっか…………うん、覚えておく』


納得がいったみたいでいつもの雰囲気に戻るシロ

良かった


「さて、この辺りじゃどこも店は閉まってるし、いったんギルドの方にいって原理の庭に行こう」


プレイヤーはまだまだ動いているだろうし、個人が出している店なんかもあるって聞いた


「なんか食べたいものでも…………………………………………はぁ」

『…………どうしたの?』


シロの方を向いた瞬間、身体が崩れ落ちそうになった

こちらを見るシロを透かして向こう側、とあるものが目に入ったからだ

シロが振り向いて確認する


『……………………扉?』

「もうなんなんだよ次は」


扉単体が大通りのど真ん中にそびえ立つ

これ見よがしに淡く光っていてさっさと開けろと言っているかのようだ


「…………なしで」


今日はもう勘弁して欲しい

逆方向に脚を向け別の道へ


「……………………くっそっ」


そうして路地を曲がった

扉があった

振り向いた

扉が近づいてきてた


「……………………ッ!」


何も考えず走り出す

眼前の扉の横をすり抜けて一目散に駆ける

地面をこする音と自分の足音のみが周囲に響き渡る

ギルドへ急ぐ

原理の庭は特殊な異空間なので流石に入っては来れないはず、なので逃げ込めれば勝ちだ


「どうなってんだこの世界はっ!」


肩越しに後ろを確認してみると扉がすごい速さで追いかけてきている

光る扉が追いかけてくるのは不気味を通り越してもはやシュールさを感じる

対処法は


「こっち!」


狭い路地に入り込む

これなら入ってこれないだろ


「げ」


もう一度確認してみると、なんと扉のサイズが変わっていた

一般的なものからロッカーサイズに可変し速度を変えずに迫ってくる


「ああもうなんでもありか!『ウィンド』!」


跳躍

左右の壁にある突起や柵なんかを利用して屋上まで駆け上がる


「来るよなそりゃ!」


着いた屋上は特に何もない平坦な場所で、ある程度広い

中央付近まで近づいた時点で異音

直後、いま俺が駆け上がった建物同士の谷間から扉が勢いよく空へ向かって飛び上がっていく


「眼前を切り開け『ウィンドスラッシュ』!」

『……………………使ったら負けじゃない?』

「意地!!」


落ちてくる扉に合わせて魔法を発動

飛んでいく風の刃が扉の表面に当たると思ったその瞬間


「?!」


扉が開いて、そのまま魔法が素通りし、扉が閉まる

扉は音もなくその場に着地した


「—————」


一気に加速

先程とは比べものにならない速度でこちらへ向かってくる

迫る扉に対して右足を軸に左足を下げた後、後ろへ下がり眼前を横切らせるようにして回避しようとしたのだが


「んがっ?!」


唐突に右肩へ衝撃が走り、引っ張られようにして身体が吹っ飛ばされる

思考が驚愕に染まる中、扉を確認すると


「こ、こいつ…………」


扉が全開に開いていた

俺が避けるのを見越して扉を開き、横方向に射程を伸ばしてドアノブを俺の肩にぶつけてきたのだ

ただの扉なんかじゃない、知性を持った生きた存在だ


「—————!」


軽く浮かび上がった後、回転

自身の身体を手裏剣のようにしてこちらへ襲い掛かってくる


「うおっ!」


咄嗟に身体を倒して横回転

攻撃を避け、勢いをつけて立ち上がる


「?!」


突然、周囲を取り囲むかのように扉がいくつも出現

隙間なく詰められており抜けることは難しい

全ての扉が開かられると、その中は暗闇に満ちており、そのままじりじりと近づいてくる


「捕まるかよっ!『ウィンド』!」


走りながら発動

魔法の勢いも相まって目の前の扉を跳び越すような大跳躍

『あっそれだめ』へ


「ごふっ」


跳び越した扉の下から、もう一つの扉が地面から上に向かって飛び出してきた

斜め方向に射出されたそれは、俺の鳩尾に扉の角をめり込ませている

胸が圧迫され、呼吸が苦しい

はじき出されるようにして吹き飛ばされ空中に投げ出される

落ちる先では、扉が獲物を待ち構えるようにして開かれている


「…………このっ『ウィんがっ??!」


魔法を使おうとして口を開いた瞬間に口の中に何かが入り込んできた

苦く、金属のような味、これは


「おあのぶっ?!」


ドアノブが、口に中に入っている

視界の隅に、勢いよく回転する扉の姿が

良く見れば、それにはドアノブが無い

回転で勢いをつけ、ドアノブを外し、俺の口に向かって投げ飛ばした?この距離を?


「~~~~!」


口から取り出していたら間に合わない

ちくしょう

俺の、負けだ


「—————」


木の軋む音と共に、俺を飲み込んだ扉が、ゆっくりと閉じられた



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