第34章:再会の拒絶、あるいは死神の転属
聖域の静寂の中に、不快な電子音と火花が散った。
カグツチの右肩――数千年の時を経て本体と再会した《深紅の右腕》が、無機質な接合音と共にガチリと噛み合う。だが、期待された「覚醒」の輝きはどこにもなかった。
「……クソッ! なんでだ、なんで繋がらねえんだ!!」
ロキの絶絶叫が里に響く。彼は泥まみれのままカグツチのハッチに半身を突っ込み、狂ったように計測器を叩いていた。物理的な接合は完璧だ。ボルトの一本、歯車の一枚までが、吸い付くように旧い機体へと収まっている。だが、カグツチの心臓は、新たな右腕を異物として拒絶し続けていた。
「ロキ、落ち着きなさい。……バイタルをこちらに回して」
G-スキフの助手席から身を乗り出し、シエラが鋭い声で制した。彼女の膝の上では、解析端末がマナの逆流を示す真っ赤な警告図形を吐き出し続けている。
「シエラ姐さん! 数値が見てらんねえよ、エネルギーの位相がデタラメだ!」
「分かっているわ。……インピーダンス・ミスマッチ。右腕側の要求出力が、今のカグツチの常用域の十倍を超えている。……これじゃ、蛇口に滝を繋ごうとしているようなものよ」
シエラの冷徹な分析に、現場は凍りついたような沈黙に包まれた。
右腕を取り戻せば、すべてが解決する。その淡い期待は、カグツチという古代遺物が突きつける「物理的限界」の前に、脆くも崩れ去った。
「……そんな。リト、大丈夫なのか?」
カイがコクピットの中で必死に問いかける。隣に座るリトの姿は、度重なる演算負荷と、右腕からの膨大な逆流データに晒され、今にも消えそうなほど透き通っていた。
『……ごめんなさい、カイ。シエラの言う通りだわ。……今の「殻」じゃ、この腕の奔流を制御しきれない……。心臓の拍動が、この腕の要求に追いつかないの……』
リトの声は震え、その輪郭はノイズに埋もれかけていた。カイは、せっかく取り戻したはずの右腕が、自分たちの絆を物理的に引き裂こうとしている事実に、歯を食いしばることしかできなかった。
「……嘘でしょ。ここまで来て、そんなの……」
シエラが唇を噛む。彼女はこれまで、教国の呪いを石版の術式で解き明かしてきた。けれど、目の前にある「物理的な出力不足」だけは、どんな高次な数式を並べても埋めることはできない。
絶望が一行を飲み込もうとした、その時。
「……あー、やっぱりな。……おい、婆さん。……聞こえるか」
背後で、ギリアスがシュトルム・ディガーのコクピットからアナログ無線機をポンと叩いた。
『……ああ、見てたよ。……残念だったねぇ、ギリー。休暇はまだ先になりそうだ』
無線から返ってきたのは、里の長とも思える老婆の、枯れた、けれど茶目っ気のある声だった。
「……ケッ。……全くだよ」
ギリアスは面倒くさそうに頭を掻き、愛銃を拾い上げると、呆然とする一同の前にのっそりと立ち塞がった。
「……おい、整備士に副長。……泣き言を言うには早すぎるぜ」
「ギリアスさん……何を知っているんですか?」
シエラが端末を握りしめ、射抜くような視線を向ける。
「……右腕が目覚めねえのは、単純に心臓の規格が合ってねえんだよ。カグツチの失われたパーツは腕だけじゃねえ。……こいつは全身のパーツが揃って初めて、その本当の心臓を受け入れるようにできてるのさ」
ギリアスは祭壇の奥、霧に煙る森の先を見据えた。彼の視線は、この里を越え、さらに遠い「世界の欠片」を追っているようだった。
「守護者の役目は、腕を渡して終わりじゃねえんだよ。……主がその腕を振り回すまで見届けるのが、『婆さん』との約束だ」
ギリアスはそこまで言うと、シエラを真っ向から見据えた。
「……なぁ、副長。あんたの船、一人分くらい空きはあるんだろ?」
「……ええ。最高のスイートルーム……とは言えないけれど、オイル臭いベッドなら用意してあげるわ」
シエラはフッと自嘲気味に笑い、解析端末を閉じた。その瞳には、かつて軍の中枢を震撼させた「冷徹な指揮官」としての決意が、再び灯っていた。
「……あーあ。……残業かぁ。……出ねえだろうな、手当なんて」
ギリアスの気怠げな呟き。だが、その背中に迷いはなかった。シュトルム・ディガーが再び唸りを上げ、ガンドック号の着陸地点へとその重厚な一歩を踏み出した。
移動要塞ガンドック号に、最強で最悪な「死神」が加わった。
それは、不完全な右腕を抱えたまま、カグツチの「真の姿」を追い求める、さらなる過酷な旅路の始まりだった。カイの隣で、薄く透き通ったリトが、けれど確かな意志を宿した瞳でギリアスの背中を見つめていた。




