第17話:天の使いと、軍師の策略(第2節)
ヴォルク山脈の険しい山道を、スレイプニルの八本の脚が、ガッシャン、ガッシャンと、着実に踏みしめていく。
平和な車内には、お菓子の甘い香りが満ちていた。
その時――
ピコーン、ピコーン、ピコーン……。
魔導戦車の警報魔法が鋭く鳴り響いた。
「――っ、何!? 周囲に高密度の魔力反応。囲まれてるわ!」
リリアーナの鋭い声が飛ぶと同時に、虚空から現れた巨大な氷の槍が、戦車の鼻先で轟音と共に爆発した。
ズガアアアアアアン!!
「ひゃあああああっ!?」
外で馬を走らせていたボニーが、情けない悲鳴を上げて落馬しかける。
「な、な、なにごとですかぁっ!?」
衝撃で『銀狼』が大きく嘶き、彼女は必死に馬の首にしがみつきながら、涙目で周囲を見渡した。
一行は即座に武器を手に取り、車外へと飛び出す。
上空を覆う厚い雲を切り裂き、5人の黒い翼を持つ刺客が急降下してきた。
彼らは迎撃態勢を整えたセレスティアやボニーには目もくれず、ただ一点、一行の背後で超然と佇む銀髪の天使、エーテラだけを凝視している。
「…………」
無数の刺客たちの殺気が、鋭い針のようにエーテラ一人に集中する。
「天の目を、潰す」
「記録官、排除」
「……なるほど。翼を持つ者を差し向けるとは、合理的ね」
エーテラが冷徹に呟いたが、内心は少し焦っている。
天界人は、テレポートで危機を回避する能力を行使できる。だが、テレポート能力は、1日に何度も使用できない。
(天界から転移したばかりの私は、敵の攻撃を自力で回避するしかないわ)
刺客たちは、エーテラをめがけて、空中から殺到する。
「させないわ!」
リリアーナが魔導書のページを捲り、杖を振るった。
「そろそろ本気を見せてあげましょう。塵へ還りなさい!」
ボウッ!
放たれた高密度の魔力弾が、背後に迫った刺客を一人撃ち落とす。
「お兄ちゃん、ドナの新しい発明品も見ててよ!」
ドナは巨大なレンチを肩に担ぎ、不敵に笑う。
「ぎゅんぎゅん回っちゃえー!」
彼女が懐から取り出したのは、無数の鋭い刃が高速回転する『超振動魔導回転鋸』だ。
ギャリリリリッ!
激しい音を立て、投げ放たれた回転鋸が、エーテラに迫る魔力の鎖を次々と切断していく。
「わたくし達が、お守りしますわ」
セレスティアの剣と、白と青の聖装を翻したリーファの障壁が完璧な防御を敷き、エーテラを包み込む。
しかし、空からの猛攻が、わずかに逸れた防御の隙を突かれた。
「しまった!」
リーダー格の刺客が、影のようにエーテラの喉元へ肉薄する。
「危ない、エーテラさんは下がって!!」
悠真は、自分が剣の扱いすらまともに知らない、ただの高校生であることも忘れ、エーテラの前へと無我夢中で飛び出した。
大きく目を見開き、震える手で剣を構える。
それはプロの暗殺者から見れば、あまりにも隙だらけで、滑稽なほどに無防備な姿だったが――、
ギィィィン!
鋭い金属音が響く。
悠真の構えた剣に、刺客の刃が中途半端に弾かれた。
(……チッ!)
刺客のリーダーは舌打ちし、攻撃を躊躇った。
(この男を傷つけることは、ヴァネッサ様が許さぬ……!)
悠真がエーテラに重なるように立ちはだかったことで、刺客は攻撃の軌道を無理やり逸らさざるを得なかったのだ。
戦い慣れていない悠真は、その衝撃だけで尻餅をつきそうになる。だが、結果としてその「不格好な守り」が、エーテラの命を救った。
「悠真、貴方……何を。地上人が天界人を守るなど、論理の破綻です」
「理屈じゃなくて、僕の『不幸』のせいで、誰かを巻き込みたくないだけなんだ!」
悠真はあえて敵の注意を引くように、自らを囮にして刺客たちの懐へと飛び込んでいく。その無鉄砲で、それでいて自分を顧みない献身。
「ゆうゆう、やるじゃない。さすがは、わたくしの王子様ですわ」
「悠真さん、お怪我はありませんか?」
セレスティアやリーファたちも、彼の意志に呼応するように、エーテラの周囲に鉄壁の防御陣を敷いた。
エーテラの視界の中で、悠真の背中が大きく揺れる。
「……悠真。貴方は、本当に……」
エーテラの胸の奥で、記録本には決して綴ることのできない「熱」が跳ねた。
(守られている……? 私が?)
天界の「規則」によれば、記録官はただの観測者であり、地上の生命から守られる対象ではない。守る、守られるという関係性は、エネルギー効率の悪い感情の産物でしかないはずだった。
だというのに――
自分を盾にする悠真の背中を見た瞬間、エーテラは初めて「守られている」という奇妙な安心感を覚えた。
それは、彼女が「世界を救う正義」と信じてきた天界の法典のどこにも記されていない、酷く不確定で、そして温かな未知の感覚だった。
そこへ、ようやく馬から転げ落ちるように降りたボニーが割り込んできた。
「ここは危険です! 悠真殿は、私たちが……いえ、私が命に代えてもお守りしますからぁっ!」
ボニーは半泣きで震える手で剣を構え、強引にエーテラの背中をハッチへと押し込む。
「……貴方、腰が引けているわ」
「騎士だって怖いんですっ! でも今は避難してくださいっ!」
重厚なハッチが閉まる直前、エーテラはもう一度だけ、敵の刃の前に立つ悠真の背中を見つめた。
騒がしいボニーの声も、外の戦闘音も、今の彼女の耳には届かない。
ただ、胸に宿った「規則外の熱」だけが、冷徹なはずの記録官の心を静かに溶かし始めていた。
設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。
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