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第17話:天の使いと、軍師の策略(第1節)

 険峻なヴォルク山脈の合間を縫うように、魔導戦車スレイプニルは北へと進路を取っていた。


 周囲にはまだ岩肌の目立つ景色が広がっているが、吹き付ける風はその鋭さを増し、遠くない未来に待ち受ける魔王領グラキオスの冷気を予感させていた。


 その頃、ヴォルク山脈の遥か先、極寒の地にそびえる魔王城の謁見の間では、不穏な空気が渦巻いていた。


「……ねぇ、ヴァネッサ」


 玉座に深く腰掛け、不敵な笑みを浮かべるのは、『魔王イヴ・ルナール』。


「退屈だわ……。この世界はいつまで私を飽きさせ続けるつもりかしら?」


 肩までの黒髪を揺らし、フリルのついた漆黒のドレスに身を包んだ彼女は、手元のお菓子を弄びながら、空中へ映し出された巨大な魔鏡を眺めていた。

 その赤い瞳は、幼き少女のそれではなく、数多の運命を弄んできた絶対者の光を宿している。


「魔王様、退屈を紛らわす異分子を見つけました。……そして、それを嗅ぎまわる天の目も」


 その傍らで、魔王軍四天王の一人『謀略のヴァネッサ』ことヴァネッサ・デスノートが、恭しく頭を下げた。

 長い黒髪をポニーテールにまとめ、軍服のようなタイトな服装に身を包んだ彼女は、知的な眼差しの奥に底知れぬ策略を秘めている。


 彼女が魔鏡の表面に指を這わせると、波打つ魔力の光の中に、山道を走るスレイプニルの姿が鮮明に映し出された。

「天界の記録官、エーテラ……。人類の守護者を自称する天の手先が、なぜあの男(悠真)の側にいるのかしら」


「天の手先ね……。相変わらず、あの方たちの正義は、押し付けがましくて反吐が出るわ」


 四天王の一人『慈愛のミーナ』ことミーナ・ブラッドフォールが、皮肉たっぷりに呟く。

 白い髪を姫カットにした吸血鬼の彼女は、ゴスロリ風のドレスの裾をいじりながら、血のように赤い果実水を啜り、忌々しげに魔鏡を睨んだ。


「ミーナは、天界人がよほどお嫌いのようね?」


 ヴァネッサが問うと、ミーナは小さく身を震わせた。


「……当たり前でしょう。あの方たちは偽善を振りかざし、わたくしたち魔族を一方的に蔑むのよ。ミーナには、とても耐えられないわ」


 魔族の中でも特に臆病な彼女にとって、天界の干渉は何よりも不快な秩序の押し付けであった。


「理屈はいいよ! 魔王様、ジルが行ってあの天使をバラバラにしてやろうか?」


 勢いよく身を乗り出したのは、四天王の一人『業火のジル』だ。赤いショートヘアに狼の耳を逆立て、闘争本能のままに拳を打ち鳴らす。


「……ジル。今はヴァネッサの話の最中よ?少々、お行儀が悪いわね」


 魔王イヴが冷ややかな視線を一瞥くれた瞬間、謁見の間の空気が氷結した。


「ひゃぅっ……!? ご、ごめんなさい魔王様っ!」


 先ほどまでの猛々しさはどこへやら、ジルの狼耳がぺたんこに折れ曲がり、尻尾を股の間に巻き込んでぶるぶると震え上がる。


「ふふ、ジルちゃんったら、相変わらず可愛いわね」


 ミーナがクスクスと笑う。


「う、うるさい! ミーナは黙ってろ!」

「あら怖い。でも、魔王様の前でそんな態度、ミーナには無理だわ」


 四天王の軽いやり取りを、イヴは楽しそうに眺めている。


「殺す必要はないわ、ヴァネッサ。私が許すのは『余興』までよ」


「御意」


 イヴの鈴を転がすような、しかし抗いがたい重みを持つ声が広間に響く。


「ターゲットはエーテラただ一人。彼女を物理的に隔離し、天界の監視の目を逸らします」


 ヴァネッサは手元の魔水晶に鋭い指先を這わせ、各地の影に潜む刺客へ魔力の伝令を放った。


「あの者たちが描く『予定調和』を、この男を使って狂わせる……。それこそが、魔王軍の悲願への第一歩です」


「行きなさい。天界が予期せぬ『変革』という名の奇襲を」


 この様子を『幻影のブルーメ』は、広間の柱の陰から静かに見守っていた。

 彼女は傍らの不気味な幻獣と視線を交わすと、再び魔鏡に映る悠真の姿に意識を集中させた。



 一方、そんな魔王軍の冷徹な策など知る由もなく、魔導戦車スレイプニルの車内には、依然として場違いなほど優雅な時間が流れていた。


「悠真様、こちらのお菓子もいかが? 焼きたてのスコーンに、特製のベリージャムがよく合いますわよ」


 セレスティアが女神のような微笑みで紅茶を注ぎ、悠真の皿にスコーンを添えた。


「あ、ありがとう……。でも、本当にこんなにのんびりしていても、いいのかな?」


 悠真が恐縮している隣では、エーテラが背筋を正し、無機質な表情を演じて記録本にペンを走らせていた。


(……私は世界を救うために選ばれた、気高き第一級記録官。先ほどの破廉恥な事故など、記録の片隅にも残すべきではないノイズ。そう、私は至って冷静です)


 必死に平常心を装うエーテラだったが、時折ペン先が震える。


 そんな動揺を、リリアーナの冷ややかな視線に気付かれぬよう、記録本に顔を埋めている。

 そんな彼女をよそに、ドナの元気な笑い声と甘い菓子の香りが車内を満たしていた。


 山脈の冷たい風を完全に遮断した車内は、迫りくる魔の手を知らず、平穏を保ったまま、北へとひた走っていた。

設定・イメージイラストは、ピクシブに掲載中です。

https://www.pixiv.net/users/119429388

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