第12話:技術都市にもいた、あのメスガキ(第1節)
ヴォルク山脈を抜けた一行は、そこから数日、平坦ながらも起伏に富んだ山岳地帯を南へ南へと進み続けた。
そして、長い旅路の末、一行はついに目的地へ辿り着いた。
「わあ……すごい!」
ボニーの馬の背に乗るリーファが歓声を上げた。その瞳は好奇心に満ち、思わず身を乗り出していた。
眼前に広がるのは、機械と魔法が融合した独特の文化を持つ、活気あふれるクライシス自由都市連盟の中心地、技術都市クロノスであった。
都市の周囲は、分厚い鋼鉄の壁に囲まれ、壁の上部には巨大な魔導式の歯車が規則正しく回転している。街の入り口を塞ぐ門は、魔法で動く巨大な機械仕掛けのゴーレム兵士が警備しており、その金属質の輝きは、アルカディア王国の伝統的な石造りの風景とは全く異なっていた。
「これが、技術都市クロノス……。噂には聞いておりましたが、本当に驚くべき光景ですわね」
セレスティアは興奮を抑えきれない様子で馬を降りた。悠真も馬の背から飛び降りる。
「さあ、ゆうゆう。早く宿を探して、次の行動に移りますわよ」
セレスティアが悠真の手を引き、先を急ごうとする
「ああ、なんとか皆様を無事、この地へお連れできました」
ボニーは心底安堵したように大きく息を吐いた。
「リーファ様も、どうぞ」
ボニーに手を差し伸べられ、リーファも馬の背から降りた。
「さあ、皆さま、宿の確保を急ぎましょう」
リーファは、軽やかな足取りで悠真に近づくと、王女と反対側の手を引き、そう言った。
「姫さま、宿なら確かこちらの方角です」
彼女たちのそんな行為に見慣れたボニーは、特に気にすることなく、都市の中心街にある『銀の剣亭』というホテルへ導いた。
ホテルは、磨き上げられた白大理石を基調とした重厚な石造りで、要所には真鍮の装飾と魔導式の照明が施されていた。建物自体は優雅な曲線を描き、伝統的な建築様式に技術都市特有の華やかさを加えた、貴族や富裕な商人も利用する高級なホテルらしい。
エントランスに高級な絨毯が敷かれ、カウンターの奥には暖炉があり、静かで落ち着いた雰囲気を醸し出している。従業員は様々な種族で構成されていたが、皆、品の良い制服を着用していた。
「いらっしゃいませ。長旅でお疲れでしょう」
カウンターには、上品な制服を着用した、執事然とした支配人が立っていた。とても格式高いホテルのようだが、一行の身なりを見て、快く出迎えてくれた。
「ええ。静かな部屋をお願いできますか? 長旅で疲れており、急ぎ休みたい」
ボニーが代表して応対した。
「承知いたしました。お客様方には、心ゆくまでお休みいただける特別室をご用意させていただきます。――こちらの帳簿にサインをお願いします。お部屋は、この時間帯で最も眺めの良い三階のスイートでございます。ただいま、係の者がご案内いたします」
支配人の言葉を受け、一人の猫の耳と尻尾を持つ猫人族のメイドが優雅な仕草で一礼した。そのメイドは、見た目が幼く可愛らしい少女だった。
「わたくち、ココネ・ミケノにゃ! 見習いルームサービス係にゃ! お客たま、こちらへどうぞにゃ」
ココネの愛らしい様子に、リーファが思わず声を上げた。
「まあ、猫人族なのね!」
ココネは、大人二人がかりでも重いトランクを、小さな体で一生懸命運ぼうとしていた。悠真はそれを見かねて声をかけた。
「ちょっと、重そうだね。僕が手伝うよ」
「にゃっ!? あ、お客たま!大丈夫にゃ。見習いだから、自分で運ばなきゃいけないにゃ!」
悠真は構わずトランクの片側を持ち上げた。
「遠慮しなくていいよ。君には重すぎる」
「ありがとうございますにゃ……」
ココネは目を丸くして、トランクの反対側を握りしめた。
部屋に入り、少し休憩することにした一行。ボニーは、習慣として部屋の入り口付近に立ち、すぐに動けるよう待機していた。
「ボニー、ご苦労様。あなたも馬上で疲れたでしょう。どうぞ遠慮なく、こちらでおくつろぎなさいませ」
セレスティアが優雅にボニーを促した。
「ありがとうございます、王女様。では、失礼いたします」
ボニーは一礼し、旅装を整えて部屋の隅で待機した。
「ココネちゃん、まずは、優雅なティーセットをご用意してくださるかしら?」
セレスティアがココネに声をかけた。
「かしこまりましたにゃ!」
ココネは愛らしい猫耳をぴこぴこと揺らして答えた。
「セレスティア様、わたくし、何かお手伝いを…」
リーファが申し出ると、セレスティアは微笑んで首を振った。
「いいえ、リーファ。あなたも疲れているでしょう。少しお休みになって」
ココネがティーセットを運び終え、お茶を淹れると、セレスティアはココネに微笑みかけた。
「とてもお上手に入りましたわ。もしよろしければ、あなたも一緒に休憩なさいな。少しお話し相手になってくださるかしら?」
リーファはココネの隣に座り、無邪気にその頭を撫で始めた。
「ね、ココネちゃん、お願いにゃ。とってもフワフワね」
ココネは頭を撫でられ、猫耳をぴくぴくと震わせながら目を細めた。
「にゃふ〜、くすぐったいにゃ!」
悠真はふと、部屋の隅に置かれていた魔導式のモップを手に取り、持ち手の先をココネの視界でゆらゆらと揺らしてみた。ココネの大きな瞳がモップの先に釘付けになり、愛らしい尻尾がフワリと大きく揺れた。
リーファが歓声を上げた。
「あっ!悠真様ずるい。それ、私もやりたいです!」
リーファは悠真からモップを受け取ると、さらに熱心にココネの目の前で振ってみせた。ココネはモップを捕まえようと軽く跳ね上がり、遊んでもらえるのが嬉しくて「にゃあ!」と短く鳴いた。
「あなた、本当に可愛らしいわね。こちらでお話ししましょう」
セレスティアはクスクスと笑いながら、ティーカップを口元に運んだ。
「わたくち、お話するの大好きにゃ!お客たまは、ご旅行ですか?」
悠真が答えた。
「ああ、まあね。この街の観光に来たわけじゃなくて、ある有名な人物を探しに来たんだ」
「にゃっ!? 有名な人!誰にゃ?」
ココネの瞳が好奇心で大きく輝いた。
「この街で有名って言ったら、やっぱり賢者様たちにゃ。特にドナ様は、毎日大声で怒鳴ってるから、みんな知ってるにゃ!」
セレスティアは優雅に微笑んだ。
「ふふ。そうなの? 詳しく聞かせてくれるかしら?」
ココネはさらに瞳を輝かせ、楽しそうにおしゃべりを続ける。
「ドナ様は、ここから東の鍛冶屋街にある『マグマハート工房』にいるにゃ。あそこは、毎日ガッチャンガッチャンすごい音がするにゃ!」
「もう一人の賢者リリアーナ様は、ここからちょっと離れた西の街外れにある『山麓魔導研究所』で、ずっと研究しているにゃ。あそこは魔導院の人でも滅多に行かない、とっても魔法が濃い場所にゃ」
それを聞いたセレスティアは、ココネから得た情報と、ボニーが事前に調べていた地図上の位置を確認した。
「にゃっ、わたくちったら、長居しすぎたにゃ!お仕事に戻らないと支配人に怒られちゃうにゃ!」
ココネはハッとしたように姿勢を正すと、ぺこりとお辞儀をして、急いで部屋を出ようとした。
リーファが慌ててココネの小さな腕を掴んだ。
「待って、ココネちゃん!もうちょっとだけ!このモップ、もっと面白く振れるにゃ!」
「にゃあああ!」
ココネは引き止められて困惑し、尻尾をブンブンと振り回したが、リーファはさらに優しく抱きしめ、頭の猫耳を撫で続けた。
セレスティアは微笑みながら、優雅にココネを制した。
「ありがとう、ココネちゃん。助かりましたわ。お礼に、これはあなたが好きな甘いお菓子を買うのに使ってくださいな」
セレスティアが銀貨を数枚差し出すと、ココネは目を丸くした。
「にゃっ、こんなにたくさん!?」
「ええ。さあ、もう行って大丈夫よ。リーファ、ココネちゃんはお仕事があるのよ」
リーファは少し残念そうにココネを解放した。ココネは嬉しそうに銀貨を受け取り、満面の笑みで一礼した。
「ありがとうございますにゃ!また来るにゃ!」
ココネが部屋を出ると、セレスティアはボニーに視線を送った。
「リリアーナの研究所は都市の端にあり、距離がありますわ。まずは、地理的に近いドナの『マグマハート工房』から訪問しましょう」
計画を決定した一行は、長旅の疲れを癒すため、その夜を静かなホテルで過ごした。
翌朝、一行は馬をホテルに預けたまま出発した。ドナの運営する『マグマハート工房』がある東の鍛冶屋街へ向かって、人混みを縫うように歩いていく。
街路は、アルカディア王国の石畳とは異なり、金属製のプレートが敷き詰められていたが、その上はすでに活気ある人混みでごった返していた。
道の両側には、旅籠や宿の看板に交じって、きらびやかな装飾が施された魔導装飾品店や、珍しい香辛料を扱う露店が並び始めていた。様々な種族の商人が大きな声を上げ、買い物を楽しむ多様な人々が交錯し、この街のエネルギーを感じさせた。
「さすが自由都市ですね。アルカディアでは見かけない、獣人やドワーフの商人が多いですわ」
賑やかな街の喧騒に、セレスティアは興奮気味に言いながら、自然と悠真の右腕に腕を絡ませた。
「わあ、この果物、初めて見るわ!」
リーファも負けじと、悠真の左腕に自分の腕を絡ませ、露店の並ぶ様子を興味深そうに眺めていた。
「うふふ…。まるでわたくしたち、恋人同士のデートのようですわね」
セレスティアが微笑みながら、悠真の耳元で囁いた。
そんないつもの様子にあきれつつ、ボニーは周囲の様子を警戒しながら先頭を歩き、一行に声をかけた。
「この先が『マグマハート工房』のある鍛冶屋街でございます」
やがて一行は、金属と石の建物が入り組み、空気中に油と鉄の匂いが混ざり始めるエリアに差し掛かった。先ほどのにぎやかな人混みの喧騒とは異なり、金属を叩く不規則な轟音が聞こえてくる。
その時だった。
悠真は、数十メートル先に立ち並ぶ奇妙な機械の陰で、見覚えのある小柄な人影を見かけ、突然立ち止まった。
「ゆうゆう、どうかなさいましたの?」
悠真の心臓が激しく鼓動を打ち、世界が一瞬止まったように感じた。呼吸が浅くなり、手が震える。
(う、嘘だろ……なんで、あいつがここに!?)
鮮やかなピンク色のツインテールに、あの生意気そうな表情に、小柄でツルペタな立ち姿は――。
この異世界にいるはずのない、悠真の妹『高橋小春』にそっくりな少女が、そこに立っていた。
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