第6話:不幸な予知は、政治に使える?(第4節)
リーファが放った神聖魔法の一撃は、魔物の目を眩ませるに留まった。
怒り狂った魔物は、制御を失ったかのように咆哮を上げ、王都の広場を縦横無尽に暴れまわり始めた。人々は悲鳴を上げ、混乱の中で四方八方に逃げ惑う。
衛兵たちが駆けつけ、魔物を取り囲んで攻撃を仕掛けるが、その攻撃は魔物の硬い皮膚に弾かれ、まるで意味をなさない。
「グルルルル...」
巨大な魔物の唸り声が空気を震わせる。その巨体が一歩踏み出すたびに、石畳が砕け、民家の壁にひび割れが走った。
「くそっ、剣が通らない!」
衛兵の絶望的な叫びが広場に響く。
魔物は広場の民家や露店を次々と破壊し、混乱は瞬く間に王都全体へと広がっていく。
「…あいたたた…ひっぱらないで…!どこに連れて行くんですか?ご…拷問とか、ぜったい嫌ですよぉ…?!」
「うるさい!黙って来なさいよ」
その時、エリザがボニーを引きずりながら、セレスティアたちの元へと現れた。
ボニーは、拘束されたまま情けなく顔を歪めている。エリザはセレスティアの安否を気遣うように、彼女に駆け寄った。
「セレスティア様、ご無事ですか!?」
エリザの問いかけに、セレスティアは小さく頷く。その視線は、エリザに引きずられているボニーに向いていた。
「…ひぃっ、ご、ごめんなさい…!わたしはただ、言われた通りに…!」
ボニーは、巨大な魔物の咆哮に恐怖で震え、情けない声を上げた。その顔は、自らが引き起こした惨状に、明らかに怯えている。セレスティアは何も答えずに、魔物のいる方へ向き直した。
セレスティアは、混乱の渦中で必死に思考を巡らせる。だが、魔物の予測不能な行動と、無力な自らの現状に、いつもの冷静さを失っていた。彼女の顔から、王女としての気丈な表情が消え、か弱い少女の顔が浮かび上がる。
「悠真様…お願い…!」
その声は、震えていた。僕の予知の力を信じ、藁にもすがる思いで懇願する。
「悠真様…!わたくし、いったい、どうすれば…どうすればこの状況を乗り切れるか、どうか、教えてください!」
僕は、セレスティアの必死な表情に、ただ立ち尽くすことしかできない。その時、リーファが僕の腕を掴み、真っ直ぐな瞳で僕を見つめた。
「悠真様!落ち着いて!思い出してください!魔物の前に、何が見えましたか?『城壁が崩れる』その風景に、何が映っていましたか!?」
リーファの言葉に、僕はハッと我に返る。
再び、あの恐ろしい予知の光景が鮮明に蘇ってきた。 それは、魔物が王都の堅牢な城壁に体当たりし、その強大な魔力で城壁を内側から崩壊させていく光景だった。だが、今回思い出した予知は、以前よりも鮮明で、まるで映像を巻き戻すかのように、ある特定の場所を指し示している。
僕は、予知の中で見た城壁の景色を必死に思い出す。そこに映っていたのは、周囲に古い時計台と、複数の大きな水車がある場所だった。
「魔物が向かっているのは、古い時計台と、大きな水車がある場所の城壁です!」
僕の言葉に、これまで恐怖に震えていたセレスティアの表情が一変する。王女としての威厳と冷静さが、彼女の顔に戻ってきた。
「古い時計台と、大きな水車…!分かりました、それは王都の南東の城壁です!…ゼノア!」
セレスティアは、僕の言葉を聞いて、即座に指示を出す。彼女の顔には、僕の決意を理解したと同時に、自分の策謀がいかに矮小なものであったかを痛感する表情が浮かんでいた。
その時だった。
「ゼノア!配下の騎士たちを連れて、南東の城壁へ急行しなさい!魔物の足止めを!」
セレスティアは即座に指示を出す。
「はっ!」
ゼノアは、その言葉に力強く頷き、配下の騎士たちと共に駆け出していく。
その混乱に乗じて、ボニーが拘束を解き、逃げ出そうとする。
「逃がすか!」
エリザが叫び、ボニーを追おうとしたその時、背後から悲鳴が聞こえた。魔物が、市民に襲いかかろうとしていたのだ。
「エリザ!放っておきなさい!」
セレスティアの鋭い声が、エリザの背中に響いた。
「追う必要はありません。それより負傷した市民を!配下のメイドや文官を急行させ、応急処置の薬と包帯を持ってくるように!」
セレスティアの的確な指示に、エリザはすぐさま、足を止める。
「ちっ!逃げ足だけは早いな、あいつ」
エリザは市民を救うため、ボニーの追跡を諦め、王女の屋敷へ足を向けた。
その頃、王都の南東の城壁付近。ゼノアと配下の騎士たちが、魔物と対峙していた。
「攻撃開始!」
ゼノアの号令で、騎士たちが一斉に魔物に斬りかかる。しかし、その攻撃はやはり魔物に通用せず、次々と吹き飛ばされていく。
「くそっ、このままでは…!」
ゼノアが歯ぎしりをした、その時だった。
「ゼノア隊長、ご無事ですか!?」
声のした方を振り返ると、そこにはソフィアの部下である騎士たちが駆けつけていた。彼らを率いるのは、ソフィアの右腕として知られる騎士団長ライオネルだった。
「ソフィア様より、援軍の命を受け、参上しました!」
ライオネルはそう告げると、即座に魔物に攻撃を仕掛ける。
ソフィアは、ボニーから魔物の動きを聞き、自らの計画の失敗を悟っていた。しかし、彼女は王国の未来を憂い、私利私欲を捨てて、ゼノアたちへの援軍を送り出したのだ。
「ライオネル殿、かたじけない!」
両騎士団の連携攻撃が、魔物を追い詰めていく。
「悠真様の予知は、被害を最小限にするためのものです。私たちは、この場にいる人々の避難誘導を急ぎましょう!」
セレスティアは、僕にそう告げると、近くにいる衛兵に指示を出し始めた。僕とリーファは、セレスティアに同行し、避難を呼びかける人々の間を駆け抜ける。
「皆さま、落ち着いて!避難路は確保されています!慌てずに、こちらへ!」
セレスティアは、僕の予知を頼りに、魔物が次に進むであろう方向を叫び、人々を安全な道へと誘導する。その正確な予知に、セレスティアは驚きながらも、その方向へと衛兵を走らせた。
「避難誘導は衛兵に任せて、わたくしたちは、負傷者の応急処置を急ぎましょう!」
それを聞いた僕の脳裏に、被害を受けた場所のイメージが浮かんだ。
「この先の路地に、多くの負傷者が見える…!」
僕の言葉に従い、リーファは迷うことなく路地へ向かう。リーファは、けがを負って倒れている市民を見つけると、即座に神聖魔法で応急処置を施す。彼女の掌から放たれる柔らかな光が、市民の傷を癒していく。
「この先にも、多くの負傷者が…!」
応急処置を済ませ、次の新たな場所へ向かおうとした、その時だった。
「お姉様!」
セレスティアが驚いて足を止めた。僕も同じように立ち止まる。
視線の先には、病弱そうな一人の女性が、リーファと同じように応急処置を施している姿があった。彼女は、血を流している市民の手を握り、懸命に治癒魔法をかけている。
セレスティアが姉と呼ぶその人物に、僕は見覚えがあった。まるで月の光を集めたかのように美しく、腰まで届くほど長い銀色の髪を、セレスティアとの婚約発表の際に遠目から見た記憶がある。彼女の透き通るような白い肌は、病弱であることを物語っていた。その時は、ひどく体調が悪そうだったが、今も顔はいつも以上に青白く、額にはうっすらと汗がにじんでいる。
彼女は僕の存在に気づくと、優しく微笑み、深々と頭を下げた。
「まあ、あなたは確か…セレスティアの婚約者でいらっしゃる悠真様ですね。このような状況で恐縮ですが、わたくし、エメリアと申します。妹がいつもお世話になっております」
「…と、とんでもございませんエメリア王女殿下。こちらこそ、セレスティア王女にはお世話になっております」
僕は苦笑いを浮かべながら、ぎこちなく頭を下げて挨拶を返す。エメリアは僕たちの婚約を正式なものだと信じている。この政略結婚がセレスティアの独断であり、僕が一方的に巻き込まれたものだと、まさか姉には言えないだろう。
(こんな感じの挨拶で、大丈夫かな…?)
僕はチラリとセレスティアの顔色をうかがう。彼女は一瞬驚き、顔を赤らめたが、すぐに平静を装った。しかし、その耳はほんのり赤く染まっている。
「エメリア姉様、なぜここに!体調が悪いのでしょう?無理をする必要はありません!」
セレスティアは、エメリアに駆け寄り、その肩を抱きかかえるようにして言った。
「セレスティア…!わたくしは、このままではいけないのです…!一国の王女として、この国の痛みを、わたくしは見過ごせません…!王女である前に、人として…」
エメリアは、その病弱な体を押して、必死に訴える。自分の体調を顧みず、民のために尽くす姉の姿を目の当たりにしたセレスティアは、言葉を失った。
そもそもこの状況は、自分と姉ソフィアとの対立がもたらした結果だ。
これまでの自分の策謀が、いかに矮小で、自己中心的なものであったかを痛感する。
(わたくしは一体何をしているの...?)
セレスティアの心は大きく揺さぶられる。そして、その場に現れたエメリアの純粋な優しさと、僕が持つ力の真の価値に触れたセレスティアの心は、大きく揺さぶられていた。
その直後だった。
「セレスティア様!ご報告です!南東の城壁で、ゼノア隊長とソフィア様の援軍が、魔物を撃退しました!」
エリザが、駆け寄ってきて高らかに叫んだ。
その声に、僕たちは安堵の息を漏らす。魔物の咆哮は、いつの間にか止んでいた。
セレスティアは、その報告に驚き、目を見開いた。敵対していたソフィアが、欲を捨て援軍を送り出したという事実に、彼女の心はさらに深く揺さぶられる。
「…ソフィアが…なぜ…」
これまでの自分の行いを悔いるように、セレスティアは静かに呟いた。
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