87音大時代〜先生とパパへの気持ち
先生が音大に入学されて、初めての試験で選ばれたというピアノの演奏会に行った。
帰りは夜になったから、先生が私の家まで送ってくれた。
パパが玄関に出てきてくれたから、私はいつものようにパパにぎゅうってくっついた。
パパも、いつものように私の背中をぽんぽんしてくれ……るかと思ったけれど、その時は背中に手を置いただけだった。
先生は、
「お父さん、おやすみなさい。かおり、またね」
と微笑んでくれた。
私はうれしくて、
「先生さようなら、おやすみなさい」
と言ったけれど、やっぱり小さい声になってしまった。聞こえたかな……。心配になった。
いつもだったら、先生は私に近づいて、耳を寄せて確認してくれるけど、今日はそのままお外に行った。やっぱり聞こえなかったのかもしれない。きちんとご挨拶できずにお別れするなんて……。
私は悲しくなった。それから、演奏会でたくさんの女の人が先生にプレゼントを渡そうとしていたことを思い出した。
私は先生に何もプレゼントしたことがない。私はお金を持っていない。プレゼントすることも思いつかなかった。
「かおり、どうしたの?眠くないんだろう?」
パパが私に質問した。
「うん……」
「眠くないなら、パパにお話してごらん?こっちにおいで」
パパと一緒にソファに座った。
「あのね……今日の演奏会のあと、先生はたくさんの女の人にかこまれてた。みんな、お花とか、プレゼントを持っていて……」
「そうか、かおりも持っていきたかった?それとも?」
「……思いつかなかった、私も持っていけばよかったかな?受け取ってくれたかな?」
「先生は、たくさんの女の人からお花やプレゼントを受け取っていたかい?」
「……かこまれていたのを見ただけで、私は化粧室に逃げちゃったの」
「かおりは化粧室に行って、それからどうしたの?」
「化粧室にいたら、大学の先生かな?名札をつけた女の先生が来て、私を見て私の名前を呼んだの。どうして知っているのかなって思ったら、先生の字で『教授の家にいて』って書いてある紙を見せてくれたの。化粧室にいる女の子に伝えてほしい。165センチの中学生、名前はかおりって。それで教授の家に行って、後で先生も教授の家に来たの。それで、教授と奥様と四人でお夕食を頂いたの」
「そうか」
「私は、今どうしてこんなに悲しい気持ちなんだろう」
「パパには、かおりが素敵な女の子に育っていることがわかったよ。かおりは、パパと先生と、どっちが好きかな?」
「それは、くらべてもいいことですか?パパは私を人とくらべなくていいって……」
「そうだな、その通りだ。良くない質問をしてしまった。じゃあ、一つだけ……先生の前でパパにくっつくのをやめなさい。パパは嬉しいけれど、子供のように見える。先生に、いつまでも小さい子供のように見られてもいいかい?」
「……わかりました。気をつけます」
「素直にそう言われるのも寂しいものだが、パパはかおりのことを娘として愛しているし、女性として愛しているのは悦子のことだ。かおりは先生が好きなら、生徒として大切にされるだけでもいいのか、女の子としても愛されたいか、考えてごらん。それとも、単刀直入に先生に聞いてみるかい?」
私は答えられなかった。
パパは、頭をぽんぽんとして、
「おやすみ、かおり」
と言って、部屋に戻っていった。
先生とは学年で四つ、でもほとんど五つ離れているのに、それ以上小さい子供のように思われるのは、いや。
先生が、大学であんな風にたくさんの女の人に囲まれていることを嫌に思う気持ち、どうしたらいいだろう。
どれだけ考えても、ピアノを頑張ることしか見つからなかった。




