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君が奏でる部屋  作者: 槇 慎一


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32/148

32教授との別れ



 昨日は久しぶりに酒を飲んだ。


 高橋にも迷惑をかけたし、かおりを泣かせたし、お父さんにも心配をかけたし、最悪だった。


 最後に仲直りのキスができた。かおりはよく眠れただろうか。また話をして、謝って、抱きしめてキスをしたい。かおり……。かおりの成長が眩しくて、置いていかれそうで怖いくらいだ。


 離れて寝る時間が惜しい。早く一緒に眠りたい。ケンカしていたとしても、機嫌が悪かったとしても、僕はかおりと一緒にいたいんだ。そもそも、今までのってケンカなのだろうか?ちょっとイメージと違う。


 この前、このベッドでかおりと遊んだの、楽しかったな……。かおりを恥ずかしがらせるのは楽しい。かわいくて、ずっと見ていたい。




 今日は、何も予定がなかった。


 教授のことは、日本でいう、お通夜もお葬式もしないと言っていた……。かおりはどうしているだろうか。


 そんなことを考えていたら、教授の奥様から電話があった。かおりが来ているから迎えに来てほしいと。僕はすぐに支度をして、車を出した。


 かおり……。知ってしまったか。辛い場面にならなかっただろうか。奥様が教えてくださったのなら、それが一番よかったかもしれない。辛くないか?今行くから。


 到着すると、防音室の外に微かにシューマンのコンチェルトが聞こえた。かおりが弾いているのか……終楽章だ。コンサートの日も素晴らしかったが、今日もすごい。中断させたくなくて、弾き終わるのを待ってから、ドアを開けた。



「かおり……」


「……せん、せい……」

「奥様、連絡ありがとうございます。かおりを連れて行きます。今日はこれで」



 奥様が、

「シンイチ、待って。ちょっと話がある。カオリも」

僕たちを引き留めた。


 リビングに座ってから、奥様は僕たちに話をした。

「シンイチ、カオリ、私はあなたたちにありがとうと言いたい。でも、これで終わりじゃない。私はフランスに帰ろうと準備しています。シンイチたちは、結婚してこのマンションの上に住むと聞いた。私たちの後に、ここに住んでほしい。このフロアだけ、コンサートグランドピアノが2台ある。シンイチたちの部屋はグランドピアノ1台しかないし、お部屋もコンパクトでしょう?ピアニストが二人住むんだから、あなたたちがここを使いなさい。大学に、そう伝えてある。そして、近い将来フランスに来なさい。カオリは私の通訳の仕事もできるし、ピアノのアシスタントもできる。もちろん、シンイチも教授の一番の弟子としてこれから活躍するでしょう。教授はあまり弟子をつくらなかった。シンイチたちが素晴らしかったからです。これから、ここで頑張って。カオリは、音楽教室の特待生になったと聞いた。私の代わりにフランスから来る、私の推薦するピアニストに頼んだ。彼は素晴らしいから、きっと気に入る。上手くいく。また今度紹介する」


「ありがとうございます」

 僕はひとまず御礼を言って、かおりを連れて外に出た。


 車に乗って、僕の膝にかおりの手を置いて握った。かおりは何も言わなかった。目を閉じているようだ。さっき聴こえたシューマン、よかったよ。


「かおり、これからデートしよう。どう?」

「うん」


 かおりがにこっとした。かわいい。僕の膝の上に乗せたかおりの手を、またきゅっと握った。





 僕は、かおりを空港に連れて行った。


 出発ロビーを見て、外国への思いを馳せた。それから展望デッキに出て、飛行機を見た。風が強くて、人はいなかった。かおりはフェンスのところまで出て、網に指をかけて外を見ていた。僕は、かおりの真後ろに立って、後ろから抱き抱えるようにして、かおりの頬に自分の頬をつけた。ちょっとずらせば、キスもできる。飛行機を見ながら、頬をつけて、長い時間を二人でそうしていた。


 きっと、教授のことを考えていただろう。僕も静かに、教授のことを考えた。僕は小学5年生から教授にピアノを教えてもらった。反抗もした。ピアノはもちろん、お酒も教えてもらった。彼女に気持ちを伝える勇気ときっかけをもらった。感謝しかない。


 教授に教えていただいた音色を、かおりと大切にしていきます。後輩にも、生徒にも伝えていきます。








 夕方。

 空港の中のフレンチレストランで食事をした。かおりは好きな食べ物がはっきり決まっていて、滅多に新しいメニューに手を出さない。ほとんどメニューを見ずに、見てもすぐに決まる事が多かった。今日は、珍しくゆっくりメニューを見て、ゆっくりページをめくっていた。そして僕が知る限り、かおりが食べたことのないメニューを選んだ様子だった。



「今日は、いつものじゃないんだ?」

「うん」


「どうしたの?」

「……教授と奥様と、毎日レッスンしてもらっている時に、いろいろな食べ物を食べさせてくれたの。前はメニューは読めてもどんなお料理かわからなかったの。今は何が入っているか、どんな味か知ってる。テーブルマナーとか、……たくさん食べてもっと太りなさいとか、……シンイチを喜ばせるためにもっとグラマーになりなさいとか」


「何だって?」

「教授がそう仰いました」


「はぁ……。でも、もっと太っていいよ」

「……そんなにやせていないし、そんなにたくさん食べられません」


「じゃあ、デザートから食べたら?」

「今日は最後にガトーショコラを食べたいの。最後に」


「何で最後がいいの?」

「えっ?……」



 料理が運ばれてきた。


 何だ?かおりは何が言いたかったんだ?







 














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