18話 無一文とカーグの町
町に移動するまでの間、俺たちはレイチェルから軽くお金についての説明を受けた。
エルデリアと違ってカーグ、と言うか殆ど全ての場所ではお金と言うもので物品やサービスの遣り取りをするのだとか。対してエルデリアでは現物支給や物々交換が基本だ。
銅貨、銀貨、金貨と言う種類のお金をレイチェルに見せてもらった。「頑張ってコツコツ稼ぎました」とはレイチェルの談。
町に入るのにも身分証と言うものが無い場合は少しお金が必要なのだとか。身分証についても後で教えてもらうことになった。
勿論、そんな事を初めて知った俺たちはお金なんて欠片も持ってない訳で……
今回町へ入るのにはレイチェルのお世話になることになった。宿についても自分に任せてくれ、と豊かな胸を張るレイチェル。
……ついつい目が行ってしまう。またリディに怒られるしどうにか誤魔化そう。
それと、さっき剥ぎ取ったゴブリンの魔石がお金になることも教えてもらった。
明日、換金出来る場所に案内してくれるそうだ。
「あ、見えてきましたよ。あそこがカーグの町です」
視界の遠くに俺たちが目指す町が現れた。
ぐるりと周囲を石壁で囲まれ、恐らく出入口であろう門が見える。
大きい。それが町を初めて見た俺たちの感想だった。ただ、これでも町としては小さい方らしい。
分かっていたことだけど、やはり俺たちの知るエルデリアとは全く異なる場所だった。
「あそこの門の所でお金が必要になります。はい、これです」
そう言ってレイチェルは俺とリディに銀貨を一枚手渡してきた。
「ありがとう、助かる。えーと、この銀貨だっけ。お金が手に入ったらちゃんと返すよ」
「ありがとう、レイチェルさん」
「いえいえいえ、わたしなんて命を助けてもらったんですから! 返す必要なんて無いですから!」
俺たちとしてもあそこでレイチェルに出会えて助かってるんだけどな。
町に辿り着く前にポヨンは鞄に戻した方がいいとレイチェルに言われた。テイマーと言うのはかなり珍しいので町中で騒ぎになってしまうかもしれないと。
それを聞いたリディがポヨンを素早く鞄に入れる。
そうこうしてる間に門に辿り着いた。
レイチェルが衛兵に何かを見せる。あれが身分証ってやつかな?
その後、俺たちの番になった。
身分証が無いと告げると銀貨が一枚必要だと言われたので支払う。
許可証と言われるものを渡され、俺たちはカーグの町へと足を踏み入れた。許可証は町から出る時に返却すればいいそうだ。
「っんん、カーグへようこそ。今日はこのままウチの宿へ案内しますね。他の場所は明日にでも」
レイチェルの案内に従って、俺たちは宿屋を目指す。
その道中、見慣れない街並みや人についついあちこちを眺めてしまう。
建物大きいな。エルデリアでは村の土地自体がそこまで広くないのもあって、こぢんまりとした家が殆どだった。
対してカーグでは、大きい建物の中に何人も人がいたり二階建てのものも少なくない。村で二階建てなんて村長のとこくらいだ。
そして、村に比べ人が多い。これで町としては小さい方だと言うなら、もっと大きい町だとどれくらい人がいるのだろうか。
そして、レイチェルの水色の髪は珍しいものだと思っていたけど、この町だとそうでもないみたいだな。
赤髪だったり青髪だったり、中には金髪だったり。ただ、そんな中でも黒髪は見当たらなかった。
リディの方を見てみると、興味深そうに辺りをきょろきょろしている。
俺もだけど、この子にとっても初めて見るものばかりだしな。色々と気になるんだろう。
周りも俺たちに視線を向けてくる。その視線は頭に向かうものが多い気がする。やはり黒髪って珍しいんだろうな。しかも、俺たちは前髪だけ白だったりするし。
そして前を歩くレイチェルは、町に入ってから心なしか落ち着かない様子だ。無意識か、少しずつ足早になっている。
うーん、何かあったのか?
そうやって暫く歩くと二階建ての大きな建物の前までやって来た。
「うわぁ、おっきい建物だねおにい」
「だなぁ。うちが幾つ中に入るんだろ」
「ふふ、ここがウチの宿です。裏に家族用の出入り口があるからそっちに行きますね」
レイチェルと共に裏口に回る。
そして、俺たちは招かれるままに宿の中に入る。
「ただいま」
「ん? レイチェルか。おかえり。そちらの二人は?」
レイチェルの父親と思われる人物が声を掛けてくる。顔つきもどことなく共通点があるし多分合っているだろう。俺たちの父さんより少し年上かな?
「えっと、こちらがジェットさんで、女の子がリディちゃん。森でゴブリンの集団に襲われてた所を助けてもらったの」
「おお、それは……娘を助けて頂きありがとうございます。何とお礼を言えばよいのか」
娘ってことはやはりレイチェルの父親だったみたいだな。俺たちに向かって丁寧に頭を下げてくる。
「あ、いえ。俺たちも色々助けてもらってるので」
「それでね、父さん。二人は遠い所から出て来てお金を持ってないみたいなの。明日冒険者ギルドに案内しようと思ってて。だから暫く宿を使わせてあげられないかなって。あ、二人の料金は私がどうにかするから」
「レイチェル! そちらの二人は私にとっても娘の命の恩人なんだ。料金のことなんか心配するな。是非お礼をさせてもらいたい」
そう言ってレイチェルの父は俺たちに視線を向ける。
「改めて、娘を助けて頂き本当にありがとうございます。レイチェルの父でディンと申します。レイチェルに聞いていると思いますが、この『満月亭』を経営しております」
「あ、俺はジェットです」
「リディです」
お互いに軽く頭を下げる。
「お二人はお金を持ち合わせていない、とのことでしたが、娘の命の恩人からお金なんて取れません。この町に滞在する間は好きにウチを使って頂けたら」
レイチェルと言い親父さんと言い、ちょっと大袈裟過ぎるような気が……
俺たちにとっては助かる話だが、流石にずっと厚意に甘えるのは気が引ける。
「あの、助かるしありがたい話なんだけど、お金については後でどうにかするから……」
「いえ、遠慮は要りません! 私たちにはこんな事でしかお礼を出来ませんので」
「いやいや」
「いえいえ」
そのまま話が平行線を辿ること数分、最終的に三日分の宿代を無料に、その後の滞在分も多少の割引を、と言うことで落ち着いた。
その料金自体も安定した収入が入ってからで構わないとのこと。
部屋はリディと一緒の二人部屋を用意してもらうことになった。
朝夕の食事は宿の方で用意してくれるそうだ。昼は別料金になるが頼めば用意してくれるらしい。
その話し合いをしている時、こちらの様子を見に来たレイチェルの母親と兄も紹介された。
母親はアルマさん、兄はヴァンさんだそうだ。二人からもこれでもかとお礼を言われた。
ヴァンさんは父母両方の特徴を受け継いでいるようだけど、レイチェルと母親はなんかあまり似ていない気がする。
その後、アルマさんに部屋まで案内してもらう。
俺たちに用意されたのは二階の角部屋のようだ。
「それじゃあ後で夕食を持ってくるから、ゆっくり休んでておくれ」
「はい、ありがとうございます」
「ありがとうございます」
「あっはっは、お礼を言うのはこっちの方だよ。今日の夕食は普段より腕に縒りを掛けて作るから期待してておくれ」
アルマさんはそう言うと俺たちに部屋の鍵を渡し一階へと降りていった。
それを見送った俺たちは用意された部屋へと入る。
そこは掃除の行き届いた広い部屋だった。ベッドのシーツも清潔だ。
「うわあ、広い部屋だね」
「そうだな、何だか俺たちだけで使うのが申し訳ないな」
俺は部屋に用意された椅子に腰掛ける。
リディはベッドに腰掛けそのまま仰向けになる。
「リディ、疲れたろ? 夕食の時間まで休んでていいんだぞ」
夕食まで特にやることもないしな。
レイチェルには夕食後に色々と話をさせてくれと言われている。
「……うん、そうする」
肉体的にも精神的にも疲れていたんだろう。暫くすると小さな寝息が聞こえ始めた。
腹を冷やさないように布団を掛けてやる。
ふあぁぁ……俺も少し休むか。
どうやら俺も同じように疲れていたようで、眠りにつくのにそう時間は掛からなかった。




