19話 常識と非常識
ノックの音で俺たちは目を覚ます。
部屋は既に薄暗くなっていたようだ。
灯りの場所を聞いておけば良かったな。村では灯りに魔石を利用してたんだけど、ここでも同じなのかな?
「少し待ってくれ」
俺は扉の方に声を掛け、光魔術で視界を確保する。
「リディ、起きろー。夕飯だぞー」
「……んぁ、ごはん~~?」
リディを起こし扉を開く。
そこには、俺たちの夕飯を持って来たレイチェルと兄のヴァンさんが立っていた。
んー? レイチェルはキラキラした目で、ヴァンさんの方は驚愕した様子で俺の手に注目している。
……あ、光魔術か。そう言えばレイチェルが十万人に一人とかなんとか言ってたな。
どうにか落ち着きを取り戻したヴァンさんが声を掛けてきた。
「夕飯を持って来たんだけど……いや~、魔法なんて初めて見たよ」
「ジェットさんは凄腕の魔法使いなんだよ、兄さん。それに剣だって凄いんだから」
「魔剣士かぁ……凄いな君」
「あ、灯りの場所はあそこです。すみません、説明が遅くなって」
「いや、大丈夫」
俺は灯りの道具の方へ移動する。
形はちょっと違うけど、村と同じ魔石を利用するタイプみたいだな。
灯りを点けるとレイチェルたちが入ってきた。
部屋に用意されたテーブルに夕飯が並べられる。
煮込み料理だと思うものと、……茶色い丸いものがある。なんだこれ?
「この茶色の丸いやつって食べられるものなのか?」
「え? ああ、パンのことか。そのまま齧ってもいいし、千切ってそっちのシチューに絡めて食べてもいい」
「この町は小麦が名産なんです。パンもふかふかで美味しいんですよ」
成程。このパンってやつは米と同じように主食になるものなのかな。
「もし足りなかったら言って下さいね、おかわり用意するので。それじゃあまた後でお部屋を訪ねますね」
「あのー」
リディが鞄の中からポヨンを取り出す。
「あたしおかわりは無くてもいいから、出来ればこの子の分も用意してもらえたら……」
ポヨンを抱きかかえたリディを見て、ヴァンさんが再び驚愕する。
ごめんなさい、なんか驚かせてばかりで。
「スライム……そっちの君はテイマーだったのか。はは、今日は驚くことばかりだな」
「ああああ! ごめんなさい気が付かなくて。ポヨンちゃんも同じものでいいのかな?」
「うん」
「すぐ持ってきますね!」
レイチェルが物凄い勢いで一階へ降りていく。
「ははは、騒がしくて申し訳ない。普段はもう少し落ち着いた子なんだけどね。それじゃごゆっくり」
「「ありがとう」」
お互い軽く会釈をし、ヴァンさんが退室する。
テイマーに対するサービスと料金をどうとか呟いてたけど……レイチェルもテイマーを初めて見たって言ってたし、多分カーグでも珍しいんだろうな。
「「いただきます」」
その後ポヨンの分も用意してもらい、俺たちは食事を始めた。
「へー、二人の村だとそうやって食事前に挨拶するんですね。じゃあわたしも、いただきます」
レイチェルも同席している。
ポヨンが食事する所を見てみたいと頼まれ、それだったら一緒に夕飯を食べてはどうか? と誘ってみたのだ。夕飯の後、色々話も聞かなきゃだから丁度いいってのもある。
レイチェルは二つ返事で了承し、急いで自分の分も持って来ていた。
俺とリディは、まずシチューを口にする。
肉と野菜の旨味が一気に口の中に広がった。
「「おいしい!」」
「ふふ、ありがとうございます。後でお母さんにも伝えておきますね。このパンをこうやって絡めるのも美味しいですよ」
俺たちもレイチェルに習い、パンにシチューを絡めて食べてみる。
「「おいしい!」」
再び俺とリディの声が同時に上がるのだった。
食事の間は主にこの宿のことを教えてもらった。
トイレの場所とか風呂についてだな。
トイレは宿の一階に、風呂はこの宿には無く、別料金になるけど頼めば湯を用意してくれるそうだ。
湯は自分たちで用意出来るから大丈夫だけど、ずっと風呂に入れないのは気分的に嫌だな。もう少し落ち着いたら色々考えてみよう。
ポヨンの食事風景はレイチェルに大好評だった。
シチューも木皿だけを残し、綺麗に食べた姿に感動したようだ。
こいつ、拾った頃は皿ごと消化してたからな。教えたらちゃんと覚えてたから案外頭いいんだよな。
レイチェルが自分のパンを千切って与えたら小刻みに震えて喜んでいた。
そんなこんなで食事を終えた俺たちは、食器を片付けてお互いに色々話を聞くことになった。
これで少しでも今の状況から好転出来ればいいんだけど。
「えーと、そうだな。何から話せばいいか。まず、俺たちはエルデリアって村から来た。そこで父さん、母さん、俺とリディの四人……とポヨンで生活している。多分だけどこの辺りではないと思う」
「わたしもお父さんたちにその村の名前を聞いてみたんですけど、やはり誰も聞いたことが無いって」
そうか、分かっていたことだけど、改めて聞くと辛いものがある。
「で、俺たちの村では誰でも魔術が使える。魔術を利用し生活しているんだ。勿論リディだって使えるぞ。な?」
「うん。ほら」
リディが掌から小さな光を出す。
「……ちょっと、すぐには信じられそうにないと言うか……いえ、二人を疑っている訳じゃないんですけど」
レイチェルはちょっと困惑しているようだ。俺たちがこっちに来てしまった時のことを話すともっと困惑されそうな気がする。
「えっと、魔術ですか。魔法とは違うんですか? そう言えば二人共詠唱している様子も無かったですけど……」
「俺たちの村では魔術と言われているな。魔法とどう違うのかは分からないけど、えいしょう? それも聞いたこともないな」
レイチェルによると、魔法と言うのは、詠唱と言う決められた文言を唱え、魔力を使い詠唱に対応した様々な現象を引き起こすものだそうだ。火の玉を飛ばしたり風の刃を飛ばしたり。
使える者は十万人に一人とごく一部、魔法が使えるだけでこっちでは英雄扱いを受けることも珍しくないのだとか。
似て非なるもの、それが俺の抱いた魔術と魔法の印象だった。
もしかしたら根本自体は同じなのかもだけど。
「どこまで話したっけ? そうそう、魔術を使って生活してるとこだったか。で、その村は大体二百人くらいが生活をしている。四方を森で囲まれててな、そこには多くの色んな魔獣が棲んでてそれを魔術を使って狩りもしている。近くに他に人の住んでいる所は無いって聞いてた」
「何と言うか、御伽噺に出てくる村みたいですね……この辺りにも魔物はいますけど、そこまで多くはないですし。あ、最近ちょっとゴブリンが多い気はしますけど」
今日も集団に出くわしたしな。
ちなみに魔物って言うのは、体内に魔石を持った奴ら全部のことをそう言うそうだ。
魔獣は、その中でも動物型やゴブリンみたいな人型のことを指す言葉らしい。
エルデリアではスライムも魔獣って言ってたけど、どっちかって言うと魔物なんだとか。
こう言う言葉一つでもエルデリアと違う場所なんだと痛感する。
「そこではお金なんてものは無くてな。現物支給とか物々交換が主流だ。まあ村全部が知り合いみたいなもんだしな。お互いに出来ることを協力して生活してるんだ」
「成程。だからお金のこと全く知らなかった……」
その言葉に頷く。
「ジェットさんの強さやリディちゃんのテイムは、その村の環境があったから身についたものなんですね」
「あー、そこはまたちょっと事情があるんだけど、話すと長くなるから別の機会で」
「? はい」
まあ女神様だったり色んな無茶だったり。話し始めたら確実に脱線するからな。
「そんな村で俺たちは暮らしてたんだ。今朝までは」
「今朝? それじゃあ、その村って結構近くにあったり? 二人は森で遭難してこの辺りに辿り着いたとか? でも、話を聞いてる限りだと全くこの辺りとは違う場所のように聞こえますけど……」
「確証がある訳じゃないんだけど、多分とても遠い何処かなんだと思う。まず、俺たちは森を通って来た訳じゃない」
「え、でもそれだとどうやって……まさか! 誘拐!?」
「誘拐でもない。多分信じられないと思うけど話すぞ」
レイチェルの顔つきが真剣になる。
「大丈夫です。今までの話も実際にジェットさんたちを見てなければ到底信じられないようなものばかりですし……心の準備は出来ています」
「じゃあ……今日俺たちは村の近くにある遺跡を訪れていた。そこで今まで見たことの無い入り口を発見した。その時急な雷雨に遭遇してその中に避難したんだ。そうしたらそこで謎の光に包まれてな。気が付いたらさっきまでの森にいた。正確にはもっと南側の蔦に覆われた崖の中の洞穴に」
「…………えーと、冗談とかじゃ」
「……冗談だったらどれ程良かったか」
「……ごめんなさい」
場が気まずい沈黙に包まれる。
レイチェルが信じられないのも無理はない。当事者の俺たちだって信じられないんだから。
よく分からない光に包まれたら全く知らない場所にいた。それだけ聞くと確かに非常識な話だ。
俺がどうしたもんかと考えていると、レイチェルが意を決したような面持ちで口を開いた。
「わたし、さっきの話信じます」
「「えっ?」」
俺とリディの目が合う。
「……自分で言っといてアレだけど、とてもじゃないけど信じられるような話じゃ」
「それでも!」
レイチェルが俺の言葉に割り込んでくる。
「わたしは二人がいてくれたお陰で今ここに生きてます。二人がいなかったら……今頃ゴブリンたちに食べられていたかもしれません。命の恩人なんです。だから、二人を疑いたくない、わたしが信じたいんです!」
「……ありがとう」
「ありがとう、レイチェルさん」
「はい!」
このよく分からない状況で最初に出会えたのがレイチェルで本当に良かったな。
そんなことを俺は考えていた。




