第12話 エデナの森の秘密
カリン様と魔獣の大狼との会話。
冷やりとした空気が漂います。
『カリン、其方に問う、エデナはどこだ?』
魔獣の大狼は、話を始めた。
カリンは口から声帯を通しての声を出しているのに対し、魔獣=大狼は先ほどと同じ直接頭へ届かせているかの様に耳鳴りが響いてくる。カリンはもちろん、キクリや村人達にもこの音は聞こえているのだろう、大狼とカリン様の成り行きを不安そうな顔で見つめている。
『エデナを返せ、即時解放せよ!』
解放という穏やかではない単語に、村人達にピリッと緊張が走る。
「魔獣どの、我が村を含めたこの辺り一帯の森は確かにエデナの森と呼んでおる。しかし、其方の話からするに、エデナという者は人か魔獣と見受けるが、いかがか。」
『左様、エデナは種族で言えば其方らと同じ人族である。どこへ隠した、すぐに連れて来い。』
大狼は、エデナを返せと繰り返し要求する。
「魔獣どの、貴殿は名のある大狼様と拝察いたします。我が村にはエデナという名の者はおりません。この地をエデナの森と我らは呼んでおりますが、それとて由来も存じ上げません。どうか心をお納めくださいませ。」
とても丁寧な物言いで言葉を紡ぐカリンに対し、大狼は探るような目をカリンへ向け、だが言葉は発しない。ただカリンの反応をただの一つも逃すまいと目を離さない。
村人達の認識もカリンと同じ意見だ。エデナという名の者を、知っている者はこの場にはいない。
『よかろう、カリン、こちらへ』
大狼はカリンを手元へ呼び付ける。
言霊を発する魔獣というだけで、それはもう太古の上位に君臨する生き物である。大狼の言葉に否やは無い。
カリンは大狼の前へ進み出ると、片膝を付き頭を垂れる。
大狼はカリンの額に口を近づけ、触るか触らないかの所で停止する。二人――一人と一匹と呼ぶべきか――を急速に靄のようなモノが包み込む。それは段々と濃くなり、白き空間の中に二人の存在を消し去るかと思われた。
時間にして5秒か10秒程。しかしキクリにはとてつもなく長い時間のように感じ、待っている時間がとにかくもどかしい。逃げることも動くこともできず、カリン様から目を離すことも出来ず、ジリジリと額や頬に汗が滲む。同時にカリン様を失ってしまうのではないかという不安に襲われた。
(カリン様を失えば、村を守る結界は無くなる。魔獣はもちろん、近隣の町や村からの侵入をも許してしまうかもしれない。当然今までと同じ生活を続けていくことは出来ないだろう。)
キクリは村と家族を想い心が痛くなった。
カリンには後継者候補として、側に仕える二人の後継者候補がいる。しかしまだ年若く、あくまで候補であってまだ後継者として決定はされていない。カリンと同程度の魔力を扱えるかどうかは微妙なところだ。
しばらくの後、しかしそれは杞憂に終わった。靄が晴れると大狼とカリンは離れ、元の位置まで下がる。
『そなたらがエデナを拉致したのではないことは理解した。しかしエデナは在る、この地の何処かに。我は感じるのだ、エデナの力を。』
エデナについて何か分かったことがあれば、我を呼べ、そう言うと大狼は踵を返した――否、返そうとした所で村の若者の声に遮られた。
「呼ぶって……一体どうやって?」
言葉を発したのは、大人になり森に出るようになってまだ日が浅い村の若者だった。その言葉は大狼に向けられたものではなかったが……しんと静まり返るこの空間では、結果的に問いになってしまった。
『我が名はモルフォーニクス、ただ念じれば良い。さすれば、我は行こう。』
*****
「皆の者、疲れたであろう。本日の狩りはこれにて終了とする、帰村せよ。」
大狼が去った後と固まっていた村人達の沈黙を破ったのはカリン様だ。村長は別の者が任命されているが、こういう例外事案に対応出来るのはカリン様しかいない。
帰村の途中、ようやく緊張から解き放たれた村人達は、先ほど見た大狼と、カリン様との不思議なやり取りに興奮していた。
「あんな魔獣は初めて見た!」
「喋るなんて、喋るなんて!!」
「カリン様のあの神秘的な姿は忘れられない。」
「あの魔獣は一体何なんだ?それにエデナって誰なんだ?」
村人達はもちろん、カリンとて言葉を操る魔獣は見たことが無い。カリンの両親、祖父母からだって聞いたこともない。
(これは確実に異常事態が起こったのだ。いや、今も起き続けていると言っていい。大狼=モルフォーニクスはまた現れると言っておった、まだ何かが起きるに違いない。)
先頭で村人達を率いているカリンは、その無表情な顔とは裏腹に、心の中は乱れっぱなしであった。
(果たしてそれは、吉兆か、それとも凶兆か。)
今回の鉢合わせでは、村人と小狼に互いに少しの傷を負っただけで済んだ。だがカリンの威嚇は小狼には効いたが、大狼には全く意味を成さなかった。
(それに……あの靄の中の記憶……)
大狼とカリンが靄に包まれたその時、二人はとある映像を見ていた。それは真実なのか、それとも大狼が見せた幻影だったのか。カリンには今の所判断のつけられなかった。
(どちらにしろ、我はあの大狼の力には遠く及ばない。それは認めねばならぬ。かと言って、敵味方の是非も分からぬ魔獣だ、用心するに越したことはない。)
何かが起こる予感を胸に、だがそれを吹き消すべくカリンと村人達は足早に帰路に着いた。
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小説を書くなんて初めての挑戦で試行錯誤しながら更新しています。遅筆で申し訳ありませんが、今後とも見守っていただけると嬉しいです。




