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Sword・Solid/End”Day”  作者: キアリア
1-《Birth-Day》
6/19

【5】

「ねぇ、フィオン?」

 いつになく優しげな声で、シンディはフィオンに語り掛けた。

「あぁ、どうしたのさ、ねえちゃん。」

 フィオンは空ろげに返事を返した。

 時刻は正午を過ぎた。年度の終わりに差し掛かり、近頃は学校が早く終わる。普段の彼なら家に帰る前に町の遊び友達と体を動かすものだが、今日はなるべく真っ直ぐに家に帰れと父から言われていた。

 冬の澄んだ空は、日の光を惜しみなく地表へ振りまいているが、地表を吹きすさぶ風は突き刺すように冷たかった。昨日降っていた雨のせいもある。本来乾燥しているはずの風が妙に水っぽくて、外に居るだけでコートが湿っていくような気がしてくる。フィオンは姉に見られない様に小さく身震いした。

「今日来る子、どんな子かしらね。」

「またその話?」

 フィオンはうんざりして、ため息をついた。今日に限っては父の言葉を少しばかり曲げて、帰り道を変えるなり、時間をずらすなりすればよかったかもしれない。それか適当に遊び仲間を誘って帰ればよかったと、彼は心の底から思った。

 姉がこの質問をするのは、これで今日五度目のことだった。一度目は朝顔を合わせてすぐに、二度目は家を出る際に。三度、四度は割愛するが、姉はずっとそわそわした様子で、今日、我が家に迎えられる少女の話を吹っかけて来るのだった。

 フィオンは歩む先をじぃっと見やった。黄土色の乾いた土が、延々と緩やかに上り坂を作っている。道は途中で林に差し掛かり、その奥は薄暗く視界が閉ざされている。道を外れれば、雑草の生い茂る荒れた丘だ。この季節だと、枯草が一面を黄色か茶色で満たしている。近辺には見渡す限り視界を妨げるものが無く、味気ない景色がずぅっとどこまでも続いていた。

「いいじゃない、気になるんだもの。フィオンもそうでしょ?」

 シンディは、乗り気でないフィオンを見て頬を膨らませた。

「あぁ、ああ、そうかい、ねえちゃん。」

 はしゃぐ姉を横目に、フィオンは冷ややかだった。家までの道のりはまだまだ続く。その最中、ずっと姉はこの調子で話しかけて来るのだろうか。姉がここまで愛想良くしてくることは稀であった。幾ら機嫌がいいとはいえ、終始にこにことご機嫌な姉は、弟から見て不気味にすら映る。

「おれはそうでもないかな。」

 弟のぶっきらぼうな返事に、シンディは少しばかり顔を顰めた。

「フィオン、なんか怒ってる? ずいぶん腑抜けてるじゃない。」

「おれは腑抜けてないし、別に怒ってもないよ。」

 フィオンは少しだけ声を張った。

「ただ、妹かぁって改めて思ってさ。だっておれは弟がよかったって言ったろ。」

 そう、ため息交じりにつぶやいた。肩をがっくりと落としながら、鈍く唸るような声まで出した。するとシンディは食って掛かる。

「なんで? 妹でも良いって言ってたじゃないの。」

「そうは言ったけどさ、妹でも良いけどさ……。家族が増えるのはいいんだけど、妹なんて、おれ仲良くできる自信はないなぁ。」

「それ、お父さんお母さんや、今日来る子の前で言っちゃだめだからね、絶対。」

 不意に飛んできた鋭く尖った姉の声に、フィオンは思わず背筋を伸ばした。

「“面倒見る”とか、“仲良くする”って大声で言ってたのはわたしだけじゃない。あなたもそうなんだから。まだ会っても無いのに、今からフィオンがそんなことを言っていちゃあ、お父さんもお母さんも、わたしだって気負いしちゃうんだからね。」

「わ、わかってる。分かってるって。」

 フィオンはたじたじになっていた。姉は自分を常習的にからかったり馬鹿にするが、こうやって真面目に説教することは少ない。シンディはそれだけ、新しい家族と真面目に向き合っているのだろうと、弟はそれなりに察した。そして姉と自分との温度差を感じ、ますます新しい家族に会うのが憂鬱に思えた。


 フィオンとしては、一緒に遊ぶ仲間が増えるのであればそれでよかったのだ。走り回ったり、兵隊の真似事をして玩具の剣を振り回したり、虫を探して捕まえてみたり。そういうことをし合える、身近な仲間が欲しかったのだ。弟だったなら、その願望も叶えられたに違いない。しかし、妹となると、期待するのは難しそうだ。

 近頃の姉は、あまり自分の思うような遊びでは相手をしてくれなくなってきている。昔はそうでも無かったのに、十ツを過ぎた辺りから急に大人の真似事の様なことをし始めて、強いくせして殴り合いの喧嘩もしなくなった。

 こうなってからは家で過ごす時間がずいぶんと退屈なものになってしまった。家に常にいるのは姉の他に、バトラーと母のコーネリアだけだ。バトラーはいつだって忙しなく家事をしていて遊びどころじゃ無さそうだし、かといって母を誘って遊ぶなんて、年ごろの男子としては選択肢に入れられるようなことではない。

 残るは父だが、彼は子供よりも仕事の方が大事らしく、休日だって家でじっとしていられない。家に居るとしても、大抵は書斎に引きこもって難しい本を読むばかりである。

 町に繰り出せば遊び仲間は居る。ただ、丘の上の家からふもとの町までの距離は子供の脚では少々遠い。毎日学校から帰って来て、もう一度道を引き返して遊びに行くというのは、ちょっと暇を感じた程度の際に行いたいことじゃない。

「ほら、まだ不細工な顔してる。」

「だ、誰が不細工だよブス!」

 姉のぶしつけな言葉に口を尖らせ、言い返す。すると、妙なことに姉は表情をほころばせた。

「そうね、まだそうして怒ってる方がマシな顔してるよ。家に着くまでに、ちょっとずつでもいいから表情を何とかしなさい。もう、妹が来てるかもしれないんだから。迎えた時に暗い顔されたら、誰だって嫌になっちゃうでしょ?」

「……。分かったよ。」

 ふと、視界が少し暗くなった。気がつくと、林に差し掛かっていた。町の子供たちからすると、この林の暗がりはどうにも不気味らしい。ここへ近づく子供は少なく、故に、彼の家を訪れる友人はごく限られていた。

 林の道を抜ければ、すぐ我が家につく。フィオンは二度頬を叩いて気を取り直した。姉が言う様にひどい表情をしているなら、直しておかなければならない。でなければまた姉にも、そして今度は父にも叱られてしまうだろう。

 新しい家族は、自分に利を齎してはくれないかもしれない。しかし、別に不利益を齎そうというわけでもあるまい。本懐で無いにしろ、迎えるときはちゃんとしよう。もしかしたら姉の様な活発な子で、実は自分と反りが合うかもしれないじゃないか。

 フィオンは色々と考えを巡らせ、林を抜ける頃にはにっこりとした表情を浮かべられるまでに自分を納得させていた。


「バトラー、帰ったよ。」

 シンディは玄関扉を叩いた。程なくして、バトラーが人懐っこい笑みを浮かべて、姉弟を出迎えた。

「お帰りなさいませ、シンディお嬢様。それにフィオンおぼ……。フィオン様? そんなに妙に引きっつった顔……。いえ、表情をされてどうなさったのです? お体の具合が宜しくないので?」

「え? べ、別に。……妙な顔って、笑ってるようには見えなかったかな。」

「……あ、あぁ。笑ってる表情でしたか。失礼をお許しください。」

 丁寧に謝るバトラーに、フィオンは自分でもわかるくらいに引きつった表情を浮かべていた。笑顔をつくることがこんなに難しいことだとは思わなかった。

「フィオン、自然にしてればいいから。変なことしなくていいから、普通に、自然に。」

 シンディは額に手をやりながら、やれやれと呆れた様子で言うと、バトラーに鞄を預けた。

「バトラー。まだ来てないの?」

 シンディ、それからフィオンの鞄を受け取りながら、バトラーは頷いた。

「お父様のお話ですと、そう時間のかかることではないはずなのですが……。まだお戻りにはなられていませんね。」

「なんだぁ、そうなの。」シンディは力の抜けたような声を上げる。

「じゃあ、お母さんは? 今日のこと、とっても楽しみにしてたのに、もしかして、いないの? 出かけちゃった?」

 シンディは背伸びをして、バトラーの居るよりも屋敷の奥を見る様な仕草を取る。しかし、屋敷は静けさに包まれていた。たまに早く学校が終わってこの時間に帰って来ると、物静かな屋敷には決まってコーネリアの上機嫌な鼻歌が響いているものなのだ。今日はそれが無かった。

「部屋でお休みになられています。昨夜は夜遅くまでずっと、新しく迎える少女の為にお召し物をお繕いになっていた様でして。」

 バトラーの言葉に、姉の方はなるほどと頷く。

「ねえ、バトラー。」

「はい、なんでしょうフィオン様?」

「今日来る子だけど、どんな子なの?」

 バトラーは首を振った。「私は面識がありませんので、何とも。申し訳ありません。お父様も今日、初めて面会為さるとかで……。」

「……それじゃ、なんていう名前なの?」「あ、わたしも気になる!」

 姉弟の無邪気な声に、バトラーはほとほと困った表情を浮かべた。それから一礼して、「それも、存じません。」

 と、申し訳なさそうに口にした。それを受けて、フィオンは慌てて釈明した。

「べ、別にバトラーを責めるつもりはないよ。……でも、とうさんは何でそんなことまでバトラーに伝えないままなんだろ? だって、引き取る前には見るべき書類があって、それで今日来る子のことを知るんだって、前に言ってたよね?」

 シンディに視線を向けると、彼女は確かにそうだと相槌をついた。

「なら父さんは、今日来る子の名前は知ってるはずじゃないか。」

「確かにそうだけど……。もしかして父さん、名前が読めなかったんじゃない?」

「と、父さんに限ってそれはないと思うな。まさか、そんな訳あるかよ。」

 苦笑いを浮かべるフィオンの背後で、バトラーはこっそりと咳払いをした。

「どうしたの、バトラー?」

「い、いえ。なんでも。……それよりも、噂をすれば。ダグラス様がお戻りになったようですよ。」

 バトラーが言うや否や、姉弟は弾けたかんしゃく球の様に騒がしく、玄関を飛び出した。外では黒い馬車が林を抜け、庭に差し掛かったところだった。バトラーは姉弟の後姿を眺めながら、ほっと胸をなでおろした。


「父さん!」

「とうさん!」

 姉弟は交互に父を呼びながら、庭に留まった黒の馬車へと走り寄った。馬車からはちょうど、父が降り立とうとしているところだった。

「あぁ、帰って来てたか、二人とも。先を越されてしまったなぁ。」

 姉弟の姿を見つけて、ダグラスは満面の笑みを以てして二人を抱き寄せた。

「父さん、それで、その……。その子は!?」

「あぁ。今、馬車に居るよ。今呼んで……。ちょっと待ってなさい。……フィオン、お前はどうしたんだ、その顔は?」

「えっ? ……自然な顔をしているようには見えないかな、父さん?」

「自然な顔……、なのか? ……それが? てっきり変顔で妹を笑わせようとしているのかと思ったぞ。」

 フィオンの横っ腹が小突かれた。反射的に隣を見ると、姉が怖い顔をしている。

(ふ・つ・う、に!)

 口の動きだけだったが、姉の言いたいことはちゃんと伝わってくる。ただ、フィオンはもう、どんな顔をしていればいいのかわからなくなっていた。顔の筋肉をどうしていれば、普通の表情になるというのだろうか。

 そうこうしていると、父は再び馬車へと戻っていった。

「よし、降りてきなさい。段差が高いから、足元に気を付けてな。」

 馬車の扉を開け、父は手を引いて“誰か”を降ろした。

 フィオンはもちろんだが、シンディも、動きを止めてそちらへ向き直った。二人とも緊張感を持って、新しい家族と向き合おうと固唾を飲んだ。

「……ちょっと、フィオン? ふざけてるの?」

 ふと隣を見ると、弟が妙に表情をもごもごとさせているのが見えた。キッとにらみつけると、弟は情けない声を出した。

「ち、違うよ。どんな表情すればいいのかって……。」

「こら、二人とも、会った傍から喧嘩なんて印象悪いぞ。」

 戻って来た父はむっとした表情を浮かべた。

 姉弟は咄嗟に背筋を正した。……が、父の後ろに見える小さな人影を認めると、そっちの方が気になってしまって仕方が無かった。地に足をぴったりとつけたまま、何とか自分の後ろを体を捻じる姉弟に、ダグラスはため息をついた。

「やれやれ……。さて、キミは自分で言えるかい? それとも私から紹介しようか。」

 ダグラスの陰に隠れていた少女は、小さく首を左右に振った。それから躊躇いがちな様子で姉弟の前に立った。

「……、アイリュス、です。」

 少女はか細い声で言った。

「”アイリュス・デイ=ルイス”。……今日から、皆さんにお世話になります。」

 ぺこりと頭を下げた少女は、緊張した様子で身を固まらせていた。一方で、姉弟も同じようなモノだった。


 少女は、二人ともが今まで見たことの無いような淡いブロンド色の髪をしていた。さらさらと風に靡いて、つやのある綺麗な髪である。とても長く伸ばされたそれは、頭の上で大き目なリボン二つによって、二本に、馬の尾の様に纏められている。身を包んだ茶色のコートは新品だろうか。袖から覗く、透き通るような白い肌と対照的な色が、彼女を概観を際立たせている。

 背丈はダグラスの半分ほど。フィオンやシンディと比べても、頭一つ分かそれ以上に小さい。それに加え、少女の淡い青の瞳は、シンディにある感想を抱かせた。

「凄い……。お人形さんみたい……。」

 息を飲むばかりだったシンディは、やっと一言、ぼそりと呟いた。

「おにんぎょう、ですか……。」

 アイリュスと名乗る少女は、これまたか細く呟いた。するとシンディは慌てて言葉を繋げた。

「あ、あぁ、そうじゃなくてね? 悪い意味じゃなくて、すっごく、かわいいなってこと!」

 にこりと笑いかけてシンディは手を差しだした。

「宜しくね、アイリュスちゃん。わたし、シンディっていうんだ! 今日から貴方のお姉さんだから、今日からはなんでも頼ってねっ。」

「おねえさん……。」

 首をかしげる少女。笑顔を絶やさずに語り掛ける少女。二人はしばらく顔を見合わせるばかりだったが、少ししてアイリュスは薄く笑みを浮かべた。

「……よろしく、おねがいします。」

 差し出された手を握り、やはり小さい声で言った。シンディはと言えば、手ごたえを掴んだと、思わずガッツポーズを取った。

「えへへ、ちょうど妹が欲しいなぁって思ってたんだよね。だからほんとに、アイリュスちゃんは大歓迎なんだからっ! ……あれ、そういえばフィオンは?」

 思い出したように振り向くと、弟は未だに固まったままだった。数々に見せていた変顔こそ何処かへ行ったようだが、代わりにぽかんと口を開けた、だらしない顔を浮かべていた。

「……フィオン?」「えっ!? な、なんだよねえさん(・・)?」

 フィオンは名前を呼ばれると、びくりと身を震わせた。ぼうっとしていて、本当に呆けていたようだった。

「どうしたのよ、そんなアホっぽい顔して。早く来なさいよ。」

「え、ええっと……。おれは後でいいよ。先に部屋に案内した方が……。」

「どう考えても自己紹介の方が先でしょうが!」

 おどおどした態度が不服で、シンディは苛立たしげに言った。

「あの……シンディ、さん……。」

 シンディの怒ったような声が祟ったか、少女は不安そうな表情を浮かべる。

「……その、無理に何かする必要はないですから。」

「だめだめ、だってこれからアイツ、貴方のお兄さんになるんだよ?」

 シンディはアイリュスに向き合い、なるべく優しい声で言いつけた。

「お兄さんになって人が、あんなおどおどしてちゃ、やりづらいでしょう? ……ほら、フィオンはこっち来る!」

 姉の声に観念したか、フィオンはしぶしぶ歩み寄った。妹となる少女を目前にして、フィオンは上擦った声で、

「よ、よろしく。」

「不器用。」

 姉は弟のぶっきらぼうな態度を見て、大きなため息をついた。

「べ、別にいいだろ、もう……。」

 視線を反らしながら言う弟を見て、姉は”分かった”と言わんばかりに手をポンと打ち合わせた。

「……もしかして、照れてる?」

「そ、そんなわけないだろ!」

 フィオンはいつになく大声を張った。それを受けてシンディは、

「驚いた。図星なんだ?」

 と、目を丸くした。遊びのことしか考えてない様な弟が、一丁前に女の子を相手に照れた態度を取るなんて考えたこともなかったのだ。

「ち、違うって言ってるだろ!! とにかく、挨拶だって済ませたんだから、部屋に案内するんだよ!!」

「フィオン、待ちなさいよ! 案内するなら連れてってあげなさいよ、手でも引きながらさぁ。……ね、アイリュスちゃん?」

「……。」

 件の養子の少女は、姉弟が騒がしくしているのをぽかんと見つめていた。

「姉ちゃんがやれよ! 俺が前を歩いて、姉ちゃんが手を引っ張って連れればいいだろ!」

「それ、フィオンが居る意味ある?」

 姉はにやけた顔を隠しもせず、弟の困りそうなことを立て続けて言った。



「ずいぶんと賑やかでございますね、ご主人様。」

 子供たちがはしゃぐ輪の外で、何気なくダグラスは様子を見守っていた。すると、ふとダグラスの背後から、バトラーが声をかけた。

「バトラー、いつの間にそこに……。」

 瞬間移動でもしたのだろうか。気配も感じず背後に回っていた執事に、ダグラスは驚きを隠せなかった。

「執事のたしなみです。……ダグラス様、これでよろしかったのですね?」

 バトラーは楽し気に会話する姉弟と、二人に挟まれたじたじとなっている、新しい家族を眼で追っていた。

「先日も申し上げましたが、あの子を養子に迎えることに私は意見為さいません。新しい家族にも、私は精いっぱいの誠意をもってして、接するのみです。」

「ずいぶんと含みのある言い方じゃないか、バトラー。」

 ダグラスは片方の眉を吊り上げた。するとバトラーは、穏やかな目つきをして言った。

「ええ、……私はともかく、ダグラス様は新たに家族を迎え入れることに反対だった様でしたから。……エルフォードは、この辺りでは名のある家名です。ですから、血縁者以外の人間が、エルフォードを語る日が来るとは、私は思っても居ませんでした。恐らくは、貴方のご両親等がご存命でしたら、このような話を決して受け入れはしませんでしたでしょう。」

 言葉を選びながら話すバトラーは、いつもの勢いのある執事の口調ではなかった。感慨深い老人のそれに近い。

「良く、ご決断為さいました。時が流れ、時代が変わり、ご当主は先代とは違う。私は今日、それをとても強く感じています。」

「ありがとう。……でいいのかな、バトラー。もしキミの真意をつかみ切れていなくて、キミのその言葉が皮肉だったとしたなら、申し訳が無いがね。」

 老人は主人の言葉にハッとして、執事の表情に戻った。

「皮肉などと、そんな……。」「ただね、バトラー。」

 気持ち声を張って、ダグラスはバトラーの言葉を遮った。執事は言葉を止め、主の次の言葉を待った。

「ただね、違うんだ。僕はあの子を育てようと思って引き取ったが、別に決断したわけじゃあない。僕も、やってることは先代と変わらないんだよ。」

「……どういう意味でしょう?」

 バトラーは困惑して首を傾げた。主はフッと鼻で笑い、我が子たちに振り回されている、新しい家族を見やった。

「彼女は言っただろう、自分のことをアイリュス・“デイ=ルイス”だと。……彼女はエルフォードじゃない。」

「……ダグラス様?」

 執事は、主の言った言葉の意味を察し、目を丸く見開いた。ダグラスは執事と視線を合わせ、深く頷いた。

「あぁ、そうだよ。その通りだバトラー。あの子は引き取るし、育てるし、大切にする。けれど、養子縁組はしないことにしたんだ。」

 ダグラスは馬車の御者に代金を払うため、バトラーに背を向けた。

「……あぁ、それと。アイリュスの荷物は、予定通りに部屋へ運んでおいてくれ。大切な荷物だそうだ。……あの子は少々特別なところがあるそうでね、その荷は彼女の特徴、それに強く関係している。とても低調に扱って欲しい。」

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