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Sword・Solid/End”Day”  作者: キアリア
1-《Birth-Day》
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5/19

【4】

「さあ、こちらですよ。」

 妻と娘の了承が得られてしまって(・・・・・・・・)から三週間後。実に今日のことである。

 馬車はとうとう街はずれの孤児院についた。馬車を降りたダグラスに、孤児院の管理人を名乗る男が声を掛けてきた。マクレンはどうやら先に到着しているらしい。

 管理人への挨拶はそこそこに、ダグラスは周囲をぐるりと見渡した。息を大きく吸うと、湿った枯草のにおいが肺いっぱいに満たされた。

 ダグラスは思った。マクレンの作った町は、息がつまりそうなほどモノが溢れかえっている。彼が開拓し、発展させてきた町には、最早人の手が加わっていない場所などは殆ど存在しない。しかしそんな中、ここは未だ彼の手が及んでいない場所である。昔のまま、懐かしい景色が広がっている。

 孤児院のある高台の周り一面は、あまり手入れされた様子の無い雑草の生い茂る傾斜が広がる。ダグラスもマクレンも、幼いころは良くこの付近で遊んだものだった。その時にはこの孤児院はなく、ただの空き地でしかなかったが。

 懐かしい場所をまじまじと見渡し、思わずダグラスは呆然と立ち尽くした。この懐かしい景色を消したくないが為に、彼はこの場所ヘは敢えて手を入れてないのではなかろうか。一面に広がる金色の景色を見つめながら、ダグラスはほんの少しだけ友人の心境を察した。


 この土地は元来、ダグラスの家系が所有する場所であった。

 当主となったダグラスがまず最初に行ったことが、この土地の売却であった。幾ら土地を持っていても、自分では対した使い道がないと考えたのである。ダグラスは土地の所有権を町へと譲渡し、対価に彼の自宅周りの丘を丸ごと手に入れたのだ。

 この取引は町長がマクレンであるからこそ行えた取引だった。土地と土地の交換等、今時どこの誰が取り合ってくれるだろうか。

 こういう場面では、ダグラスはマクレンに一定の借りを作ってしまっていた。それ故に頼みごとを断れない、という部分もある。考えてみればこの場所は、彼にとって因縁の場所であった。

「エルフォードさん、来てください!」

 管理人に急かされると深いため息をつき、孤児院の管理人について歩きだした。諦めるしかない。奴の頼みは断れない。家族も好意的だ。何の問題もない。そう自分を納得させたつもりだったが、ダグラスの足取りはどうにも重かった。


「ダグラス! いやぁ、ようこそ参ったわが友よ!」

 孤児院に入ってすぐのところで、マクレンは友人を笑顔で迎えた。我が物顔で居座るマクレンを見た時、ダグラスは彼をここの従業員か何かかと勘違いしかけた。

 にこやかな友人に、憂鬱な気分のダグラスは軽く手を上げるのみで応えた。

「もう待ちくたびれてしまったよ。なんせ私は五時間も前からここに居るんだ。ここはいい場所だ、子供たちはみんな素直でいい子ばかりだからね! 不運が重なり笑顔が消えていた少年少女たちが、ここでは次々に立ち直り自分の未来と向き合おうと懸命に過ごしている。その姿の輝かしいことこの上ない! そのことに自分が携わり、少しでも貢献していると思うと胸が躍るよ!」

 マクレンは一気に、そして一方的に捲し立てるように迫った。どうやら友人に言葉を返させる気は無いらしい。ダグラスは最初からそれが分かっていたので、マクレンが無駄話を終えて満足するまで腕を組んで立ちすくんだ。

 言いたいことを言い終わると彼は、不意に“何かを思い出した”と言わんばかりのハッとした表情を作り、わざとらしく手のひらをぽんと叩いた。

「そうだそうだ、忘れるところだった。貢献と言えばキミもその為にここに来たはずだ。あの書類はみたか? そちらへ預ける準備は全て私が整えておいたから安心したまへ。後はキミの書類待ちなんだ。」

「お前な……。いや、五時間待ったって、今日の仕事はどうしたんだ? 確か、町長に休日は無いんだろう?」

「あぁ、心配ご無用。今日は休暇を取ったんだ。休日が無くとも、休もうと思えば休めるのが私の持つ最大の権利だ。」

 マクレンは急かすような仕草をしながら、友人を奥へと案内する。その後にダグラスと管理人が続く。案内役を取られてしまった管理人は、終始硬い表情でいそいそと歩いていた。

「書類には目を通し切った。署名が必要な場所は全て記載してある。」

 歩きながらダグラスはバインダーを取り出すと、挟まっている書類を今一度、一つ一つ確認しながら言った。「流石は我が友だ!」「だが。」

 全ての書類を確認すると、ダグラスはバインダーごとマクレンに手渡して言った。

「確認したいんだが、……その子の名前、それはなんて読むのだ?」「名前が読めないとな?」

 マクレンは眉を吊り上げた。頭の良いこの友人に限って、そんなことがあるのだろうか。疑念を抱きつつも受け取った書類をまじまじと見つめ、暫くして首をかしげた。

「Day-Lewis(デイ=ルイス)? ……おいおい、これが読めないのか? 確かにこの地方では見ないが、これは一般的な性名だぞ、友よ。」

「違うよ、名前の方だ。」

 早足でマクレンの横につくと、読めない箇所を指さした。

「ここだ。“Ailouyis”なんて綴り、私は見たことが無いぞ。」

 マクレンは友人の指差す箇所をまじまじと見つめ、言葉を詰まらせた。彼にも、その正確な呼び方が分からなかったのである。

「“アイ”まではまだ読めるとして、その後はなんだ? Louis(ルイス)に近い綴りだが、しかしそれとは違うし、そもそもルイスは男性名だ。書類によれば、私が引き取るのは女の子のハズだ。では、この読み方はなんだ?」

「むぅ……これは……。」

 マクレンの眉間にしわが寄った。その様子にダグラスは苦い表情を浮かべ、思わず後ずさった。

「まさか君は、今日まで友人に任せる子供の名前も知らなかったのか?」

 ダグラスは素っ頓狂な声を抑えきれなかった。この男は計画性も無しに人にモノを押し付けるが、しかし養子縁組などと言う重要な事柄を頼むに当たって、キチンと内容を把握していないとは考えてなかったのだ。それも、まさか名前がわからないなんてことは想像できるはずもない。

 マクレンは困った顔をした。

「痛いところを突くな、友よ。許しておくれ、仕事柄からよほどの相手でもない限りは相手の性だけ覚える癖があるんだ。」

「そんな無責任な……! 今から家族に迎える子の名前も知らず、連れ帰れというのか!?」


「……あー、お二方?」

 並んで歩く二人はしばらくの間、名前についてあーでもないこうでもないと口論を続けていた。孤児の子供に引き合わせる前に、この話題を解消しなくてはならないと判断した管理人は、思い切って二人の会話に割って入ったのだった。

「その子の名前ですが、“アイリュス”です。」

 目前を歩いていた二人が揃って回れ右すると、豆鉄砲を喰らった鳩の様な顔をして後ろを歩いていた男をまじまじと見つめた。

「アイリュス? この綴りでそう読むのか?」

 ダグラスは上ずった声で言った。過去の経験で様々な人物と接点を持ち、色々な名前を見てきた彼だったが、そんな響きの名前を聞いたのは初めてのことだった。

「ええ、そうです。元々、彼女の父親は東洋からここへ移り住んでいた人物だったようで、恐らくは名前を決める際に綴りやら読み方やらを間違えて登録してしまったのではないかと……。」

「そんなことがありえるのか? 子供の名をつける時にそんなミスが?」マクレンは眉を吊り上げた。管理人は肩をすくめて見せた。

「東洋人は世界共通で扱われるのとは違った文字を扱います。複雑で煩わしくて、しかも文字と文字の繋がり方がとびきり面倒なヤツです。しかも奴らときたら、一般的な、我々の使う文字についてはてんでダメダメな人種なのです。もし彼女の名を父方が命名したのなら、そういう間違いがあっても不思議ではないかと。」

「しかし母方はこの地の人間なのだろう? その方は注意しなかったのだろうか。」

ダグラスは納得いかない面持ちでつぶやいた。

「さぁ……。その辺りについては、我々では想像さえ出来ませんな。」

 そういうと管理人はつかつかとマクレンの前に出た。どうやら意地でも案内役の責を全うしたかったようだ。

「書類を提出して頂いたら本人とご面会の後、簡単な説明を受けて頂きます。」

「あぁ、構わないよ。」

 ダグラスはやれやれと首を振って見せた。そんな彼に、管理人はペンを差し出した。

「それから幾つかの書類にサインを願います。」

「まだ書類があるのか?」

 ダグラスは煩わしく感じたのを隠さず、声に出した。

「ええ、申し訳ありませんが……。」

「いいじゃないか、ダグラス。」

 マクレンは友人の肩を叩いて励ました。

「一つ二つサインを書いて終わりだ。今日の昼には少女を連れて帰れる。新しい家族としてな。私は君の新しい家族の顔を見たら、業務に戻るとするよ。」

 マクレンの言葉に、ダグラスは眉を吊り上げた。

「今日は休日にしたんじゃなかったのか。」

「あぁ、町長は休んださ。今度は父親としての仕事が残っていてね。」

 ダグラスは今日何度目になるかわからないため息をついた。

 ちょうどその時、目前を歩いていた管理人は足を止めた。

「……ささ、つきました。この部屋です。」

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