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Sword・Solid/End”Day”  作者: キアリア
1-《Birth-Day》
4/19

【3】

「なあ、お前達。」

 マクレンとの会話の後、自宅に帰ったダグラスは、ちょうど家の中で遊んでいた姉弟を集めた。

「もし、家族が増えるかもしれないって言ったら、どう思う?」

 突然の言葉に首を傾げるばかりの二人の子供。無理もない。突拍子もない上に、あまりに説明不足だ。しかし、この父親もまた、どうやって説明したものかと頭を悩ませていたのだ。

 ダグラスは今までの経緯を大雑把に、しかし出来るだけ子供に伝わりやすいように、言葉を選んで話した。一通りの話が終えると、息子のフィオンは母親似の青い瞳を輝かせて、

「つまりつまり、()が出来るんだ!?」

 と、はしゃいだ様子を見せた。

「違うわよ、バカ。()が来るの。“出来る”んじゃなくて、“来る”の。()がね。」

 娘のシンディはハキハキとした口調で弟を諭した。耳によく通る、鈴の様な可愛らしい声が部屋に響く。

 ダグラスを慕う姉弟は、どちらもやんちゃ盛りな年頃である。姉の方は今年で十一、一つ年下の弟は十になった。遊び盛りの二人多くの時間を一緒に過ごし、そういう時は、たいてい揃って泥をかぶって帰って来る。

 尤も、姉の方は少々背伸びをしたい時期なのか、近日はそういうこともだいぶ減った。ませた言葉づかいを好む様になり、弟と同じ遊びからは少しずつ離れていく。泥に埋もれるより、母親から贈られた本の世界へ沈む方を好むようになってきた。

 しかし、そういった女の子らしい成長を見せる一方で、二人揃うと騒がしくなるのは相変わらずである。互いの言葉に思うところがあったのか、さっそく二人は父親そっちのけで口喧嘩を始めた。幼い口論の板挟みに合い、父親はやれやれと肩を竦めた。


 ダグラスはこの二人を見ると、時折自分の少年時代を思い出すことがある。

 少年時代、彼は年相応にはしゃいだりすることが無かった。兄弟も居なかった彼にとっては、こんな口喧嘩などは遠い世界にでも行かなければ出来ないことの様に感じられたものだ。

 ダグラスの親は、幼い彼に『“エルフォード”の名を持つ人間は、高貴な立ち振る舞いを見せ続けなければなければならない』のだと、しきりに言って聞かせていた。”高貴な振る舞い”というのは、愉快な冗談で人を笑わせたり、泥を被って満面の笑みを浮かべたり、同世代とくだらない意地を張って口論したりしないということだ。要するに、退屈な人間であれということである。


 ”古くからの貴族の名が、今の時代に一体何の意味を持つのだろうか。”


 ダグラスは幼少期、いつも考えていた。過去の先祖がどんな人間だったかは知らないが、その子孫に生まれたからと言って先祖と同じ様に喋り、同じように立たなければならないのだろうか。彼はずっと、両親の言う“高貴さ”やら“誇り”やらといった言葉の意味が分からなかった。同世代と違った一体どうして”誇り”に繋がるのだろう。しんとして細々として、ちょっとばかりませた様子を見せていれば、周りの人々が”高貴”に見てくれるのだろうか。どうもそうとは思えない。

 両親が共に逝き、親になった今も、両親が何を意図して自分に厳しく貴族らしさを躾けていたのかは分からず仕舞いである。故にダグラスは、自分の子とも達は思い切り腕白に過ごせばいいと思っていた。自分は幼少期、当たり前のことをさせて貰えなかったことが何よりもつらかった。あんな思いをさせるくらいなら、自分の子は貴族に等ならなくていい。ダグラスはそう思っていた。

 さて、彼の教育方針の結果として、子供二人はとても元気で活力溢れた正確に育った。誰にでも明るく、見ている大人たちを活気づけてくれるような、元気な子に。ダグラスはそのことをとても嬉しく思っていた。

 ただ、この騒がしい二人が決して少なくない頻度で衝突しあうことにだけは頭を抱えることになったが。


「ねえちゃんはいっつも細かいことばっか言うよなぁ。それに、今の流れは完っ全に弟って流れだったよ、間違いなくね!」

 この時も、姉弟は交わした視線に火花を散らせた。

 姉の大声に負けじと声を張る弟を、当の姉は苛立たしげに睨み付けた。

「流れって何、今の話のどこをどうしたらそう思うの? バカじゃないの?」

 父親似のブラウンの瞳をキッと細め、母親とそっくりなブロンドの髪を指先で弄った。これはシンディの癖のようなもので、彼女が内心穏やかでないことを見て取れる動作だ。例えば口論になったり、喧嘩をする一歩手前にこの動作は自然と現れる。彼女の性格は母親には似ず、口と同時に手が出る性分だった。

「あー、あー、二人とも喧嘩するんじゃない。」

 ダグラスは二人を宥めながらも、くすりと小さく笑った。人の前では表情を見せない彼も、唯一我が子の前では顔もほころぶ。父親が頭を優しくぽんと叩くと、姉弟はばつが悪そうに口をつぐんだ。

「妹か弟か、実はまだ()も知らないんだ。書類に目を通すまでは、男の子か女の子か僕にもわからないよ。ちゃんと引き取ることが決まったら、書類に目を通そうと思っていてね。まずは二人と、お母さんに聞いてからって思っていたから。」

「ねぇ、父さん! おれ、一緒に住むならぜーったい弟の方が良い!」

 フィオンはにこにこしながら言った。

「弟なら、一緒に剣を学ぶんだ! おっきくなった時、隣の国の悪い奴らから父さんも母さんも守れるように、二人でさ!」

「バッカじゃないの? 剣なんて今の戦争で何の役に立つのよ。兵隊さんは銃で戦うんだから、学んだってなんの役にもたちやしないわ。……っていうか、イチイチ考えることが野蛮なんだから。もっとおとなしく遊ぼうって考えないの?」

「ねえちゃんにはわかんないんだよ、男の遊びってもんがさ! ……ったく、おれ、おっきくなって強くなっても、ぜってーねーちゃんだけは守ってやんねー。」

「ハイハイ、せめてわたしに一度でも喧嘩勝ててから言わないと説得力ないよーだ。口でも手でも、わたしに勝ったことないくせに。」

「二人とも、少し落ち着いて。」

 諭してもすぐに熱くなって、放っておくと再び喧嘩が始まる。これはいつものことだった。ダグラスはやれやれと首を振った。

 するとシンディは背筋を伸ばして父に向きなおった。

「はい、父さん。……けど、わたしは女の子がいいなぁ。妹が出来たら、一緒にのんびりお茶したり、それか本を読んであげたりしたいの。」

 それを聞いたダグラスはうんうんと頷いた。この二人の意見が割れることは想定済みだった。そしてそれは、ダグラスにとってはだいぶ都合がいい展開である。

「つまり、だ。二人はそれぞれ、弟じゃないとダメ、妹じゃないとダメって思っているんだな? 人間という生き物は性を両立することは出来ない。どうしても男の子か女の子かのどっちかに分かれる。シンディかフィオン、どっちかの意見は潰えるわけだ。……ってことは、家族全員の了承は得られないも同然だから、この話はなかったことにだな……。」

「「それはだめ!!」」

 普段反りの合わない姉弟が、この時ばかりは言葉を合わせた。打ち合わせでもしていたのではなかろうかと疑いたくなるくらいぴったりと重ねられた声に、ダグラスは面食らって口をぱくぱくさせた。今までこの二人の意見が一致したことがあっただろうか? 少なくとも、父の記憶にはない。シンディは手をぶんぶん振り回して、必死になって言葉を続けた。

「わたし、弟でもいいよ! 妹の方が、そりゃいいけど……。でも、家族が増えるのは大歓迎、だって楽しそうだもの!」

 と、姉が言い終わるのを待ってから弟が続く。

「おれ、妹でも別にいいよ! 弟だったらなって思うけどさ、おれ、とにかく兄貴になりたいんだよ! ちゃんと面倒みるよ、父さん!」

「ペットを飼うのとはわけが違うんだぞ、二人とも。」

 少し顔を強張らせて姉弟を睨むが、二人ともひるむ様子は見せなかった。怯む代わりに二人の子供は、せがむように父にしがみついて騒ぎ立てた。ダグラスはどう収拾を付けたものだろうと、途方に暮れてしまった。

 二人が意見を譲らず、“弟でないと、妹でないと駄目だ”と駄々を捏ねる。そういった彼の思惑は、だいぶ外れてしまった。当初の狙いでは、”弟でないなら(妹でないなら)要らない”と言って貰う予定だったのだ。しかし、二人の意見がまとまっているとなると、後は妻の了承を得てしまえば、自分は養子を引き取ることになってしまう。


「ただいま、みんな。」

 ちょうどその時、玄関側から声がした。良く聞きなれた女性の声だ。それは紛れもなく、彼の妻、コーネリアのものだった。

 しめた、とダグラスは、

「お前達、父さんはともかく、母さんが良いって言わないと今の話は無しだぞ。」

「えぇ!? それじゃどうするの?」

「母さんと話をするから、連れてきなさい。」

 ダグラスが言うと、子供たちは部屋の扉を蹴り飛ばす勢いで飛び出していった。

「母さんは買い物帰りだ! 荷物を持ってやりなさい!」

 父はそう声を張って、子供たちを送り出した。

 ダグラスは二人が母を連れてくる間に、マクレンが如何に言葉巧みに面倒事を押し付けてきたのか、どう悪意を醸す説明したものかと算段を始めた。


 程なくして彼の妻、コーネリアが部屋を訪れた。

 二人の子供にせかされるようにしてやってきた彼女は少しおどおどとしている。何が何やらわからない、と言った様子だ。子供たちに互い違いな説明をされて、無理やりここまで背中を押されてきたのだろう。

 ダグラスは姉弟に部屋から出るように伝えると、これまでの経緯をかいつまんで話した。ところどころに少々の悪意を込めて行う、マクレンに騙されたのだということを強調しつつの説明は十数分に及んだ。

 コーネリアは、その美しい青の瞳をぱちくりとさせ話を聞いていたが、話を終える頃になると眉間にしわを寄せて唸った。ブロンド髪を指でいじりながら、コーネリアは言葉を発した。

「……つまり、その孤児の子を引き取って育ててくれって、マクレンさんに頼まれたのね?」

 コーネリアはブロンド髪を頻りに触っていた。これは何かを考えてる時の彼女の癖だ。娘にも見られる癖だが、髪が長い分彼女の方が動作が目立つ。肩より下まで伸びた髪がひょこひょこと動く先に視線を追いつつ、

「あぁ、頼まれたってより押し付けられたって感じだがね。」

 ため息交じりにダグラスは言った。彼は、内心ではためらいがちな彼女の様子に、若干の期待を寄せていた。彼女がこの件に首を縦に振らねば、この話はなかったことになる。

 ダグラスは期待に満ちた心を隠しながら、神妙な顔をして話し続けた。

「流石の君も、こんな話には苦い顔をせずにはいられないか。……まぁ、それが普通だよ。急にこんな話をされれば躊躇うのも当然だし、受け入れられないのが普通だ。マクレンには、僕から話を断って……。」

「辛い思いをしたんでしょうね、その子は……。」

「……え? ……ん?」

 思いがけず言葉を遮られたダグラスは、素っ頓狂な声を上げた。彼の声に応えてか、それとは全く関係なしか、コーネリアは言葉を続けた。

「まだ幼かったでしょうに、その子、凄く辛かったに違いないわ。その子の心境を思うと、なんだか胸が痛くて……。貴方も感じたでしょう、幼い子の、寂しい想いを。」

 慈愛に満ちた暖かい言葉に対し、ダグラスの心臓は嫌に脈打った。額から冷や汗の様な物が出てくるのを感じる。妻の言葉に、彼は即座に、雲行きがとても怪しくなったことを感じた。風が窓を叩く音がやけにやかましい。物理的な風は窓が凌いでいるが、部屋の中には肌には感じられない逆風が吹き付けているように感じる。

 ダグラスは焦った。

「まぁ、返事までは時間がある。それにその子が男の子か女の子かも僕は知らないんだ、それは重要なことだろう? 君に少しでもその気があるのなら、書類に目を通してから、また後でもう一度話すよ。その子の事を良く知ってから決断しても遅くはないだろう。引き取ることに前向きになる前に、我々はその子について詳しく知るべきだ。」

 仕切り直そうと意図した彼は、話を切ろうと席を立った。そんな彼の意図を知ってか否か、コーネリアはそれに合わせて立ち上がり、ダグラスの前に立ちはだかった。

「男の子か女の子かによって引き取るかどうかを変えるつもりなの? その子がどんな子であるかわからなくたって、引き取るか否かはこの場で決められるわ。善は急げ、どうせ迎え入れるのなら、早いに越したことは無いんじゃなくて?」

 コーネリアは口をへの字にして、じとっとした目で夫を見つめた。

「幼いのに大変な経験をした子よ。私達で引き取って育てられるなら、それ以上にその子に出来ることってないんじゃない?」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。待ってくれよ。」

 ダグラスは慌てて、妻の肩に手を置いた。

「ペットを飼うようなこととはわけが違うんだぞ、子供が一人増えるんだ。キミは何も思わないのか?」

「いいえ、思います(・・・・)。」

 コーネリアはキッとした口調で告げた。

「我が子が、育てるべき子供が増えれば、母親は幸せに思います。貴方だって、父親だってそういうものなのでは無くて? ……それに、あの二人は、そのことに大賛成なんでしょう?」

 コーネリアが目配りした方には、ドアの陰に隠れてこちらを伺う姉弟の姿がある。ダグラスにはそちらを見ずともそれが分かった。

 一家を支える父親はこの時、どの方向を向いても自分の思惑通りには進まないのだと、内心諦めの気持ちで満たされていった。こうなってしまっては、妻の心を動かすことは最早出来ないだろう。ただ、諦めの悪い夫は、駄目押しの様にもごもご言った。

「しかし……。どんな子なのかもわからないのに、君はあっさりと迎えるという。それで本当にいいのか? もし、……その、変な子だったらどうする?」

 夫の弱気な言葉に、妻はにこりと笑って言った。

「子を産むとき、生まれてくる子供がどんな子かなんてわからないでしょう。これから迎える子も同じ。どんな子かわからないとしても、暖かく迎えて、我が子同然に育てれば、きっと優しい子に育ってくれるはずです。」

 満面に浮かべられた無垢な笑顔を見て、ダグラスはようやく観念した。

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