番外編:C33補記
去る2024年3月6日、アップル社公式よりiPhopne15proだけで撮影された三池崇史監督による短編作品が公式動画としてYoutubeにて配信された。主演が賀来賢人、続く助演が加藤小夏と実力申し分なくそして新進気鋭の人気俳優ときて原作がかの手塚治虫ということもあって、実際はどうかはわからないが注目している視聴者は少なくはないだろう。
さて、今回今更に新話を番外編として出してまで取り上げるのは、賀来賢人演じる主人公ミッドナイトが操る愛車である。まず前提として、原作漫画において主人公ミッドナイトこと三戸真也から『エリカ』と名付けられているこの車は少なくともはっきりした車種が言及されていないし、特定できる要素も特に無いということを明言しておきたい。
実際原作漫画中に出てくる『エリカ』のシーンカットにおいて、共通しているのは『フロントグリルが横に二分割されて尖っている大きな長方形型、フロントバンパーにウインカーを配した丸目4灯でヘッドライト部上部に庇状の覆いが着く、片側に◎◎のような造形のテールランプを着け、リアナンバープレートが下部のバンパーに装着され、トランクリッドが上部だけの薄いタイプのセダン型乗用車』ということくらいであり。コマによっていわゆる昭和末期から平成初期に流行ったサッシュレスドアのハードトップタイプのセダンだったり、もしくはサッシの色がBピラーの部分までボディー同色に塗られたドアがAピラー全体やCピラーの一部まで覆っているタイプのセダンだったり、ドアと別にピラーを覆うパネルが着いている普通のセダンだったり、とにかく車種を特定させまいとするかのようにディテールがコロコロと変化する謎の改造車が『エリカ』という車なのである。
なんなら、ある話ではレザーに下半分覆われたスティックの上に丸い球形のノブが着いたMT車だったのに、別の話では恐らく3速程度の直線スライド式の80年代の旧車らしく典型的なAT車の仕様だったりと、外観だけでなく内装の方でも様々な顔を覗かせてくれる。
閑話休題。長く語ったが、ぶっちゃけるところ筆者は、この短編映画がアイフォンだけで撮影されたとかいう偉業とか演じてる俳優がどうとかそういうのは特に興味がなく、ミッドナイトの愛車の『エリカ』として選ばれ制作された劇中車にだけに強く注目しているのである。
今回特に注目するのは、様々なテイストのデザインで描写されたエリカをうまいこと咀嚼したうえで、恐らく誰が見てもミッドナイトの愛車だと納得できるクオリティを見せつけた制作陣の腕だけでなく、その意外すぎるベース車両だろう。
はっきり言ってこれは公式の発表ではなく筆者の勝手な推測であるが、ベース車両は恐らくC33ローレルである。これは主に後部席ドア周りのクロームモールやプレスラインといった造形やリアバンパー周りで判断できる。また、フロントドア前部の切込みがAピラー下部まで侵食しAピラーを覆うボディパネルとドア下パネルが接していることからもそれと判る。C33ローレルをベースにフロント及びリアフェンダーの部分のパネルの一部を埋めるかFRP等で新規に造形して、ボンネットフードも特注で成形し、オーバーフェンダーや灯火類等色々部品を取り付け出来上がったのが今回の劇中車というところだろう。
改造内容云々は横に置いといて、何故このC33ローレルがベース車として選ばれた事に筆者が驚く理由の一つとして、まずこのC33ローレルが1989年にデビューしたという点が挙げられる。ミッドナイトの原作マンガが少年チャンピオンで連載されてたのが1986~87年の事なので、少なくとも原作漫画において手塚氏がC33ローレルをモデルとした可能性は限りなく無いに等しい。もっとも、同じく出ている鵲カエデの運転するカササギ運輸のデコトラのベースも89年以降のモデルの日野のレンジャーなので、特にそういう細かな考証とかなんやらをしていないというだけかもしれないが……。
次に意外だと筆者が感じるのは、数あるベース候補車の中で日産のC33ローレルを選択したという事実である。はっきり言って、『エリカ』の最大の特徴は内側のレンズにブレーキランプやテールランプを配置する独特なデザインでも◎◎な感じでデザインされた丸目4灯テールである。そして、丸目4灯テールと聞いて恐らく多くの車好きが想定するのは日産・スカイラインだろう。例えば、R31型スカイラインのハードトップでも良かったのである。また、開口部の大きなフロントグリルからY30グロリア等、他の日産のセダンから選り分けるにしたところでもっと角張ったモデルはある筈で……。どちらかと言うと90年代を代表するような、四角く角が立っていても全体的に丸みを帯びて薄く鋭い印象のあるC33ローレルをベース車に『エリカ』という個性が強い車を作るという発想は、少なくとも筆者には無かったものなので新鮮で驚いた。
そして、外観とともにC33ローレルをベース車に選ぶことを意外に思う理由の一つがC33ローレルの内装、特にコクピット周りのデザインに関してである。
C33ローレルだけでなく平成初期の車の特徴としてまず挙げられるのは、全体的に丸みを帯びたダッシュボードと横に細長いカマクラを彷彿させる山型のメーターフードとその内側下に並ぶエアコンダクトの配置等である。
対して、原作漫画で多く描画される『エリカ』のメーターフードは水平基調の長方形型であり、ダッシュボード周り全般も80年代の車らしく全体的にカクカクしている。
正直に言うと、この内装の部分に関して言えば意外というよりがっかりという感情が筆者には比較的強くあるのだが、違和感がより少なかったであろうカクカク水平直角ダッシュボードを持つC32ローレル等ではなく、C33で違和感少なく『エリカ』という車を体現してみせた制作陣の手腕を筆者は評価したい。
さて、なかなか本題に入れず無駄話が多いのは筆者の悪癖であるが、素人車オタクのセダン考として「何故『エリカ』のベースにC33ローレルが選ばれたのか?」を最後に簡単に考察したいと思う。
筆者が思うに、恐らく制作陣が『エリカ』を制作するにあたりベース車として選考基準に据えたものが下に箇条書く要件を満たせるか?だったからだと考える。
・概ね80年代後半期前後のセダンであること
・右ハンドル車であること
・できればフロントノーズの長いFR車であること
・リアナンバープレートがリアバンパー部に着いていること(原作準拠)
・トランクリッドが車体上部までで、リアバンパー部まで蓋が覆ってないこと(原作準拠)
・マフラーが車体後部左側から出てること(原作準拠)
特にC33ローレルの場合、もともとリアバンパーにナンバープレートが着いている為ナンバープレートと表示灯の移設等大掛かりな改造をせずに済む。その上テールライト周りも細い横長の左右テールライトの間に脱着可能なテールレンズ状の装飾が着いているので、元の車の構造を大きく変えなくても外装部品を適宜取り付ける事が可能だったとも考えられる。もし、中古車を実際に購入して改造するのではなく、どこからか借りた車の外装(+内装の一部)を交換することで『エリカ』を作成した後、撮影が終わり次第現状に復帰させて返却する必要があった場合、穴を開けるとかそういう大掛かりな工事ができない以上構造上の制約からベース車に選べたのがC33ローレルだけだった可能性は十分に有り得る。
しかしながら、よく見るとこの劇中車はホイールのハブ穴が通常のC33ローレルの4穴ではなく5穴車なので、RB25エンジンを積む希少な最上級モデルでなければわざわざブレーキやホイールをまるまる取り替えて改造した個体だという事になる。もしかしたらこの車自体が個人かどこかの会社が『エリカ』に模して改造を施した改造車で、最初にこの車があったからミッドナイトの実写化企画が何らかの形で立ち上がった可能性はあるかもしれないと筆者は考える。
特に筆者はこの『エリカ』を見た時、その後フロントドアとAピラー周りのパネル構成やBピラーがない構造を確かめてC33ローレルと結論したものの、最初JZX80チェイサーの可能性も強く考えたので本当このベース車の選定は意外だとしか言えないと思う。同じ40年近く前の車でも5穴仕様のC33ローレルを探すより5穴が標準で玉数も多いJZX80チェイサーを探す方が明らかに簡単で安上がりだと筆者は思うこともあって、どのような過程でこのC33ローレルが今回『エリカ』のベース車として選定されるに至ったのか、その背景の物語についても単なる意外性だけでは収まらず想像が無限に膨らむという点からもこの劇中車は興味深く考察しがいがあると言える。




