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第四十一回:J31

 モダンリビング。


 筆者の記憶が確かならそんなキャッチコピーだったと思う。A33とC35でそれぞれ終止符が打ち込まれたセフィーロとローレルを統合するという形で、北米モデルのA34マキシマをちょこちょこと弄ったのをアジア向けに日産が出撃させたのがティアナというモデルだった。


 統合するのは良しとしても、希少なRB系6気筒搭載車を消された上に、VQ系を積むにしてもFRではなくFF車で、さらには事もあろうに北米の同時期に開発されていた既存モデルに手を加えただけというコストカット偏重のお粗末さに、正直のところ筆者は日産に対して切れそうになった訳だが、それでもこのキャッチフレーズには感心せざるを得なかった。


 車内を独立した部屋とみなす。この発想自体は別に珍しくもない。具体的にそのような思想を具体的に商品へ発露し、豪華で居心地のいいインテリアを積極的な売りとしていたのは黎明期からのGMだが、そもそもそれまでの馬車の役割をまるまる引き継いだのが自動車の歴史である以上、大量生産と技術の向上で車体の製造やエンジン他のチューニングに掛けていた手間暇や費用を他へ回せる余裕が出来れば車内に華を求めるのはごく自然な事だった。後部座席から始まり、やがて20世紀も下って車に電子部品が多用されてからは運転席周りも各メーカーが鎬を削り、個性的で使い易くメカメカしい、もしくは豪奢な、ある時はシックな雰囲気を醸し出す事で運転者と同乗者のためだけの空間が確立されていった。

 そういう点で、車内を『リビング』と態々呼称するのは無意味の極致に近い。ありきたりである以上に前提だからである。


 日産に感心したところは、そんな当たり前過ぎる陳腐な言葉に『モダン』という3文字を付け加えた事である。近現代的なリビングルーム。まるで歴史とそれに関する時さえも内包せんとする抽象的な言葉の形容以上に、モダンという言葉の音の響きの格好良さが相乗する事で多くの人の心をたった一つの言葉へギュッと引き付ける。

 あくまで筆者個人の解釈と感慨の域を出ない事を承知して貰いたいが、『モダン』という言葉の響きには『近代的』という邦訳の持つそのままの意味の他に、それ程大昔ではないが決して現代でもない、ものに関して言えばアンティークからヴィンテージと呼ばれる位までの古き良き時代と歴史を感じさせるものがあるように思う。

 そういう意味で、左右対称の絶壁型のようなダッシュボードにメーター部のすぐ下やセンターコンソール等にふんだんに使われているマホガニー材調の明るくもシックな色調のやや濃い茶色で模様の細かい木目調パネル、何処か昭和末期のバブル時代のそれを彷彿させるJ31の内装は、モダンリビングというキャッチフレーズに合致しているのかもしれない。

 モダンな部分はJ31の特徴である片目2灯のヘッドライトが左右でなく上下で分けられている外観デザインも、一足前に出たV35と同様に50年代半ばから60年代までにかけて多く見られた流行だった事を考えれば、現代的でありながら何処か古き良き時代の懐かしい要素もしっかり備えている、特に日本における多くの人が『モダン』という言葉に抱くであろうイメージを正統派3ボックスセダンという形でしっかりと体現していると言えよう。

 逆に言うとティアナの場合、表面的な、もしくは実際に乗らないと解らない使い勝手も含めた個人の主観によって評価が二分されるような形而上な部分を除けばこのくらいしか褒める要素がない。


 いや、いい車だと思う。これは間違いない。お洒落な内外装に広い室内。サイズこそでかいがFF車だから初心者でも比較的取り回しがしやすく安定している。しかし、少なくともスポーティーで刺激的な官能美と猛々しい理想を体現した車、さもなくば斬新に革新しつつも保守と伝統の死守に徹した正統派な車こそ最上にて最良とする車好きから見ると、ティアナはいう程格好いい車ではない。ティアナ自体は正統派である種の理想を追随した良車だろうが、やはり高級セダンを名乗るならローレルベースでのFR車で造って欲しかった。それにローレル・セフィーロの歴史はどちらかと言うと古き良きモダニズムと言うよりはあからさまにスポーツ寄りの路線を突っ走って居たから、いきなり今までとは明後日な方向に毛色の違うモデルを後継車ですと言って出されてもモヤモヤとした掴みどころのない違和感を若干でも感じてしまう。

 居住性を最優先したデザインも助長している。格好良い車の3大要素は、『幅広い』『背が低い』『鋭さのある面構えと尻』、だと筆者は考えているし大方の諸氏の意見も似たようなものだろうと思うが、ティアナのデザインは『幅広く』はあるにせよ、『背が高く』全体的にルノー車を彷彿とさせる丸っこいフォルムに引っ張られて縦長いライト類も相まって顔も尻も全体的に大きくて締りのない柔和な雰囲気を纏う間逆なベクトルを向いている。


 ティアなにとって不幸だったのは、丁度同時期にホンダのインスパイアがUC1型へフルモデルチェンジしたことだろう。インスパイアはティアナの唯一のアイデンティティであっただろう縦目4灯という致命的とさえ言えるキャラ被りを故意か過失か仕掛けてきた上に、上記に挙げた『広い』『低い』『鋭い』の3要素をきちんと押さえたホンダらしいスポーツ車なティアナの好敵手として市場にぶち込んできた。

 どちらもその頃の日本車のモデルには珍しい縦目4灯、D~Eセグメントサイズの准フルサイズセダン、排気量もほぼ同じでしかもFFレイアウトまで共通。当時の自動車ジャーナリズムが放っておく筈がなかった。古今東西日本国内で売られるあらゆる自動車誌は、挙ってティアナVSインスパイアの対立試乗特集を立ち上げ、ティアナはインスパイアとのツーショットを余儀なくされ続けたのである。

 おまけにインスパイアにはV6エンジンでも史上初の完璧に制御された気筒休止システム(停車中~中低速走行中は半分のシリンダーへの燃料供給を停止して節約し、坂道や高速走行でフルに実力を発揮する事で環境への負荷を減らす複雑な機構、可変シリンダーシステム)付きViTECエンジンという幟まで背負っていた。一方ティアナは、インスパイアと違って3.5LV6モデルの下に2.3LL4の廉価グレードを用意していた事と先述のモダンリビング、あと助手席にオットマン位しかない。筆者の主観と思い込みもあるかもしれないが、如何せんティアナには旗色の悪い勝負ばかりだったような記憶がある。

 まあ、実際にはそんな車好きや評論家の意見も外に、単純に値段の安さとホンダにはない日産ブランドの強み、雰囲気の良い内装で実販売台数の方はティアナの方が多かったらしい。が、マイチェン以後全長を伸ばして少しでも低く見せようとしたり、いきなりモダンリビングを投げ捨ててまるでUC1型インスパイアのインパネにY51型フーガのそれを組み込んだようなのをJ32とFRだが姉妹車のV36スカイラインに実装してきたあたり、日産にも思う所があったのだろう。


 穏やかな身のこなしは何処へやら、刺激を覚えて良い感じにグレ始めた青少年のようにすっかり威圧的な面構えになってしまった現行と今度出るらしい新型車を見るにつけ、どうしてか曖昧模糊としたなんとも形容し難い不満が喉元まで込み上げてくる筆者なのである。

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