第24話 誓い
「抜けたね」
「そう……ですね」
夜を幾度となく繰り返した後の朝方、僕たちはようやく冷厳山嶺を抜けた。
目の前に広がるは見渡す限りの平野。もはや大きな木々は見当たらない。あれだけ厳しかった寒さも今は和らいでいるように思う。
ルシアによると、ここから半日も歩けば街道に出るらしい。
だから僕の役目はここまで。
「レン様」
ルシアが一歩前に出て境界を越えた。
そして振り返り、笑顔で僕を見る。
「レン様のお陰で生きて帰ることができます。本当にありがとうございました」
胸に手を当てて、真摯に頭を下げる。
その姿には胸に込み上げるものがあった。
……あぁ。これでお別れか。
胸に去来した想い。どうやらボクの中でルシアという女の子の存在は予想以上に大きくなっていたようだ。
「いえいえ。僕もルシアのお陰で楽しい毎日だったよ。ありがとう」
二人してお礼を言って笑い合う。
ちゃんと笑えているだろうか。大丈夫だと信じたい。
するとルシアは一度視線を地面に落とした。
その表情には僅かに影が落ちている。
「あの……」
ルシアは一度大きく深呼吸をすると、決然とした瞳で僕を見た。
「――私と一緒に来ていただけませんか?」
ルシアが手を伸ばした。
あちらからこちらへ。あっさりと境界を越えてくる。
「……」
ルシアと共に行く。
もちろんその選択肢を考えなかったわけではない。
ルシアは良い子だ。それはこの七ヶ月でよく分かっている。だからルシアと共に行けば、毎日が楽しいだろう。
わかっている。わかっているからこそ、怖い。
……全く。【不老不死】は残酷だなぁ
今まで見て見ぬふりをしてきた現実。
僕は紛れもなく人間だ。ヴェルナードの言い方を借りるならば人類種。ルシアとは同族になる。
だけど生きている時が違う。
ルシアは必ず僕より先に老い、死んでいく。
それをこの目で見るのが怖い。そしてこの手を取ってしまったらルシアのような存在は増えていくだろう。
何十年も先の話なのはもちろんわかっている。だけどきっと僕は耐えられない。
「ごめんね」
だから僕はそう口にした。
……それにヴェルナードを一人にするわけにも行かないしね。
僕は事実で建前を作る。
僕が居なくなってしまったらヴェルナードは一人ぼっちだ。親友に寂しい思いはさせたくない。
「そう……ですよね」
ルシアは泣き笑いのような表情を浮かべた。だけどそれは一瞬のことで、すぐに微笑みへ変わる。
「わかっていました。ですので、また会いに来ても構いませんか?」
「会いに? 構わないよ……と言いたいけど、ここは危険だからね。あまり来てほしくはないかな」
つい苦笑がこぼれる。
共には行けないが、これが今生の別れになるのは嫌だ。成長したルシアの姿も見てみたい。
だけど冷厳山嶺は気軽に行き来できる場所ではない。もし僕の家まで辿り着こうと思ったらそれは命懸けの旅になる。
だから歓迎はできない。
僕はルシアに死んでほしくなかった。
「わかっています。でもだからです」
「……?」
僕は首を傾げた。ルシアが何を言いたいのかがよくわからない。
「……レン様。以前、私になぜ騎士になったのかを聞きましたよね?」
「うん。『民を守るため』だよね?」
ルシアの祖母、預言の巫女と同じ理由だったはずだ。
「覚えていて下さったんですね」
「もちろん。忘れるわけないよ」
あの時のルシアの表情と話した内容は僕の記憶に刻み込まれている。
あれだけ輝いて見えたルシアは初めてだったから。
だからきっとこれからも僕は忘れない。たとえ何百年経とうとも。
「では私の夢の話をしてもいいですか?」
僕は静かに頷いた。
「うん。聞かせて」
「ありがとうございます」
ルシアは一度深呼吸をしてから口を開いた。
「口にしてしまうと叶わなくなってしまいそうで、今まで誰にも言ったことはありませんでした。ですがレン様には聞いてほしいです。私の夢は……いえ違いますね」
一度目を瞑り、たっぷり五秒。そして開けた。
……あぁ。ルシアはすごいな。
目が釘付けになった。離そうとしても離れない。
瞳に宿る強い輝き。それだけじゃない。昇ってきた太陽までもがルシアを照らし出した。
天までもがルシアの味方をしている。そう錯覚してしまいそうになるほどの光をルシアは放っていた。
「これは誓いです。私は――四方神将になります」
四方神将。
それはゼスマティア神王国の最高戦力にして国を守る最後の砦。
この誓いがどれだけ難しいのかは部外者である僕には想像すらできない。険しい道なのだということはわかる。
ルシアが誓いと口にするぐらいなのだから。
だけどルシアはこの誓いを必ず果たす。
そんな確信めいた予感があった。
「自力でレン様に会いに行けるぐらいに強くなります。だから……だから……その……待っていてくれますか……?」
ルシアはさっきとは打って変わって不安そうな瞳を向けてきた。
「ははっ」
つい笑いが溢れる。
あれだけ決然と誓ったのに最後はどこか心細そうだったから。その落差がおかしくて。
「むぅっ。なぜ笑うのですか?」
「不安そうなのがおかしくて。でもわかったよ」
恐怖は消えない。
だけどルシアがそこまでして望むのならば僕も勇気を出そう。その時は、共に街まで行ってもいいのかもしれない。
「では?」
「うん。待ってる。だからルシア。さよならは言わないよ」
「……はいっ!」
「じゃあまたねルシア」
「はい。またいつか近いうちに。レン様」
そうしてルシアは新たな一歩を踏み出す。
きっとこれからルシアには多くの壁が立ちはだかるのだろう。
だけど心配はいらない。その全てを乗り越えてルシアは会いに来る。だから僕は遥か北の地から応援していよう。
……うん。がんばれルシア。
心の中で声援を送り、僕は来た道を引き返す。
振り返りはしない。きっとルシアも同じだから――。
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