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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編1)  作者: 月森琴美


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 生徒会室に、明るい声が響いた。

「いやあ、久々に効いたなあ」

「お帰りなさい、雅人先輩」

 はい、これ、と英司がしぼった冷たいおしぼりを渡す。

 サンキューと受け取って、雅人は円卓の椅子に座り、おしぼりを右頬に当てた。

「ふふっ、なかなか面白かったでしょ、み、か、ど」

「お前のいい加減な課題選択には、あきれ果てて物も言えない」

 帝が不機嫌そうに怒鳴る。

 生徒会室に設置された大型モニターで、全員課題の一部始終を見ていたのだ。

「俺の姿に扮して告白ごっこだと? 横で見ているこっちの身にもなってみろ」

「まあまあ、いいじゃん」

 面白そうに雅人は答える。

「おかげで姫たちの君への熱い気持ちが、よーくわかったろう? どう、帝。お目当ての姫は出来た?」

「ふざけるな」

 肩を怒らせ、怒鳴る帝に、直樹がすっとカップを差し出した。

「この俺が調合した精神安定茶だ。名付けて『どんな怒りも収まるっ茶』。さあ、一息にこれを飲み干すといい、帝」

「……遠慮する」

 一瞬にして帝の怒気が抜ける。

 どうやら帝王と称する彼も、直樹の発明品には弱いらしい。

 静かに横の席で、斎はそう思った。

「斎」

 直樹が黒眼鏡を光らせながら声をかける。

「お前も少しやってみるか」

「えーっ、直樹先輩、斎にもさせるんですか」

 英司が驚いて声をあげる。

「やりすぎは禁物だが、少しぐらいならいいだろう。ここで黙って見物も面白くないし――どうだ、斎」

 斎は白い表情のままうなずいた。

「大丈夫か、斎」

 英司の心配そうな声に、斎は微笑む。

『大丈夫です。僕も参加してみたいし』

「でもお前、あんまり魔力を使いすぎると、また消えちゃうじゃないか。こないだ回復したばかりだろ」

『加減してやりますよ。僕も誰が帝先輩の彼女にふさわしいか見極めてみたいんです』

 英司は肩を落として、やれやれという表情をした。

「無理すんなよ」

『はい』

 斎の見せた笑顔を了承の返事と取り、直樹は帝に向き直る。

「本人の心は決まったようだな。帝、お前もいいだろう?」

「好きにしろ」

 そう叫んで、帝はこっそり英司の方を見た。

「なんですか、帝」

『……これを、どっかに吹き消せ』

 突然思念会話にされて、英司は怪訝そうにする。

『これってなんですか』

『このカップの中身だ』

 ああ、と英司はやっと納得がいき、直樹がモニターの調節に気を取られている隙に、中身をこっそり一陣の風で吹き飛ばした。

「ところで直樹君。次、君だろ。行かなくていいのかい」

 雅人の言葉に、直樹は笑む。

「俺が行くまでもない。今回は、ちゃんと俺以上の適役を作っておいた」

「君以上の適役?」

「まあ、見てろ」

 お前以上に面白いかもな、とつぶやくと、直樹はモニターをじっと見つめた。

 そこには音楽室を通過し、次の教室を目指す3人の少女達が映っている。

「あら、貴方も合格したの?」

「奇跡って本当に起こるのね」

 廊下で二人に茉理が追いつくと、響子と美奈子はあからさまに嫌な顔をした。

「ま、いいわ。次のドアがあるわよ」

 鍵は三人とも持っているし、と言って、また響子が扉を開ける。

 そこには――。

「ここ、どこなの?」

「ドアには、視聴覚室と書いてありましたけど……」

 三人は目を丸くした。

 ドアを開けたとたん、そこには一面の野原が広がっていたのだ。

 青草がそよぎ、どこかで小川のせせらぎが聞こえ、小鳥のさえずる歌声が響く。

 さやさやと風が草を揺らしているだけで、誰の姿も見えなかった。

「どうしたらいいのかな」

 首をかしげる茉理を後に、響子と美奈子はさっさと野原に足を踏み入れる。

 二人とも、そのまま突然左右に分かれて駆け出した。

「え? 二人とも、どこ行くの?」

 別々な方向に駆けていき、突然姿を消した二人に茉理は驚く。

(どうしよう……どこ行ったんだろう、早川さんと円城寺先輩)

 とにかく入り口で止まっていてもしょうがない。

 茉理は心を決めて、中に入っていった。



(――なんかさわやかで気持ちいいんですけど)

 草をさくさく踏みながら、茉理はそう思った。

 暑くもなく寒くもなく、心地よい風が吹き、綺麗な野の花があちこちで揺れている。

(二人とも、全然見当たらないわね)

 きょろきょろしながら歩いていくと、突然目の前を何かが横切った。

(え? あれって……)

 茉理は目をしばたたかせる。

 何とそこには白いうさぎが長い耳をピンと立て、チョッキを着て大きな懐中時計を手に走っていたのだ。

(これってまさか不思議の国のアリス?)

 うさぎは遅刻だ遅刻だとピョンピョン跳ねて、すごいスピードで走っていく。

(きっとあの二人も、このうさぎの後を追っていったんだ)

 茉理はそう思い、うさぎの後を追いかけることにした。

 しばらく行くと、地面に大穴が空いている。

 うさぎはピョーンと大穴に飛び込み、見えなくなった。

 茉理は、おっかなびっくり穴の中を覗き込む。

 まるで異空間の何もない闇の中のようだ。

 少し怖い気がしたが、もしこれが『不思議な国のアリス』のような設定ならば、ここに入っていくしかない。

(ま、いいか。命の危険はないって言ってたし)

 茉理は思い切って穴にジャンプする。

 すると、すーっと体が浮いて、静かに底まで下りていった。

 ゆるやかなスピードの下降で、茉理はちょっと安心する。

(お話の中でも、こんな感じだったっけ)

 よく出来てるなあ、誰が仕掛けたんだろう、と茉理は考えた。

(会長じゃないよね。雅人先輩はさっきやったし)

 英司か直樹、斎かもしれないと茉理は腕組みをして思いを巡らせる。

 そうしているうちに一番底にたどり着いた。

 大きな広間。

 そこもしーんとしていて、人っ子一人いなかった。

 うさぎがまた走っていく。

 すばしっこい動きで、広間の隅にある小さなドアに飛び込んでいった。

 茉理はドアの前に行ってみると、とても小さくて猫でもなければ通れそうにない。

(お話の通りだとすると……あ、あった)

 茉理は広間の中央にあるガラスのテーブルの上に、金の鍵を見つけた。

 横には小瓶が置いてある。

「『わたしをお飲みください』か。あ、これってきっと直樹先輩だ」

 茉理は小瓶を見てピンときた。

 確か彼はこういう魔法薬みたいなのに、興味があったのではなかったか。

(結局未だに雅人先輩の体質改善はなされてないようだしね)

 こないだ会ったときも、しっかり英司に扮して階段を上がってきていた。

 ふう、と茉理は息を吐くと、鍵をしっかり握って小瓶の中身を飲み干す。

 すると体がどんどん小さくなって、小さなドアを通過出来る体型まで縮まった。

(これ、元に戻るんだよね)

 一抹の不安を感じながら、茉理は小さなドアを進んでいった。



 ドアを抜けると、すぐに庭園に出た。

 そこには白薔薇が咲き誇っていて、トランプで出来た庭師が真っ赤なペンキを持って走り回っている。

 一生懸命薔薇の花を、白から赤に染めているのだ。

「あの、すみません」

 茉理はトランプの一人に声をかけた。

 トランプは振り向くこともなく、忙しい忙しい、とペンキだらけのはけを振り回している。

(どうしよう、無視されちゃった)

 茉理が困っていると、やかましいファンファーレの音が響いてきた。

(あ……あれって、もしかして)

 茉理は、あわてて平伏するトランプたちを見て確信する。

 薔薇園のすぐ横にある真っ直ぐに伸びた道――そこをパラッパラッと音を立てながら、トランプの軍団が行進してきた。

(うわあっ、お話に出てくるトランプの兵隊みたい)

 本当によく出来ているなあ、と感心している茉理の前を、行列はどんどん通過していく。

 ついにハートの王様と女王様のカードが行進してきた。

 茉理がお辞儀もせず、顔をあげて見つめているのに気付き、ハートの女王様はキイキイと怒り声をあげる。

「そこの生意気な娘を逮捕しておしまい!」

 女王様の命令が出るや否や、わらわらとトランプの兵士たちが茉理を取り囲んだ。

「え、ええっ、待って、ちょっとーっ」

 茉理が反論するひまもなく、トランプの軍隊は彼女を持ち上げる。

そして全員で力を合わせて、茉理をどこかに担いでいってしまった。



(うわあっ、裁判所だわ)

 茉理は被告席に下ろされて、目を丸くする。

 裁判官の席には、ハートの王様と女王様。

 横にはあの白うさぎが控えているし、反対側には壁際にずらっといろんな動物たちが陪審員として座っていた。

 茉理はものめずらしげにきょろきょろしてしまう。

 すると、また高らかにラッパが鳴った。

「この者の罪を読み上げい!」

 ハートの王様の声に、白うさぎが前に進み出る。

「先日、生徒会長の頭の上に黒板けしを落としました。生徒会長はそのために頭を真っ白にしてしまいました」

「ちょっとっ、それはわたしじゃないって言ってるでしょ」

 叫ぶ茉理に、王様は静粛にと怒鳴る。

「第1の証人、前へ」

 声と共に進み出てきたのは――。

「え? 奈々?」

 茉理は、目を大きく見開く。

(どうして奈々が、ここに?)

「わたしは見ました、王様」

 奈々は以前見せていた、あのどうしようもなくきついまなざしで言った。

「この人です。わたしじゃありません。この人が帝様に黒板けしを落としたんです」

「ちょっ、違うでしょ、あれは奈々が」

「静粛に」

 王様は茉理を睨む。

「被告人に、今、発言は許可されていない」

「そんな……」

 茉理は唇を噛んだ。

 一番嫌なパターンだ。

 何も出来ず、何も言い返せず、ただ見ているしかない状態――。

「第2の証人、前へ」

 すると今度は英司が出てくる。

「帝の指示で過去に行ってきました。黒板消しを投げたのは――」

 彼は、にこっと笑って茉理を見た。

「彼女じゃありません」

 茉理は体中が震えだす。

 まさか誰かが自分を弁護してくれるなんて、思ってもみなかったのだ。

「それは第1の証人の発言と食い違うが」

 王様の追及に英司はひるまず、はっきりと言い切る。

「でも本当に僕は見ました。黒板けしを落としてしまったのは、彼女ではなく第1の証人です」

 凛とした声が法廷中に響き渡り、陪審員席ががやがやと騒ぎ出した。

「静粛に、静粛に!」

 王様は声を張り上げ、皆を抑える。

「ではこの娘は無罪なのだな」

「はい、王様」

 英司の発言に、王様と女王様はひそひそ話し合った。

「これでは有罪か無罪かわからない。どうしたものか――」

 王様の声に、女王様が奇声をあげる。

「まだるっこしいことはごめんです。いっそ二人とも死刑にしては?」

「そうだな」

「ちょっと待ってよ」

 茉理は我慢できなくて怒鳴った。

「静粛に。今、被告人には発言は」

「許可されてないですって。そんなの知るもんですか。こんなむちゃくちゃな裁判ってある? どっちかはっきりわからないのに、人を裁くなんて最低だわ」

「では自分はまったくの善人だと申すか」

 突然女王のカードが立ち上がり、声をあげた。

「そんなことは言ってないでしょ」

「いいや、お前は今、自分が間違っていないと思っている。そうではないのか」

「それは、その……」

「本当にすべてお前が正しいのか。それを証明出来るのか、お前は」

「……」

「何が正しくて、何が間違っているのか、それをお前は決めることが出来るというのか。お前の中の感情は本当に正義なのか」

 茉理は何と答えたらいいかわからなくなった。

「本当の正義なんて――そんなのよくわからないし」

「では正義は存在しないと申すか」

「それもちょっと違うような……」

 茉理は答えに詰まる。

 黒板消しの件に関しては、自分ではないとはっきり言える。

 自分自身がよくわかっているのだ。

 自分は無罪だと――。

「正義は確かに存在する。他ならぬお前の心の中に」

 女王のカードはしみじみと語った。

「お前は自分の心を信じきれていないようだな。それでは先に進めないぞ」

「先?」

「これから先、お前の前に降りかかる大きな試練、過酷な戦い、それを乗り越えるためには、もっと心が強くあらねばならない。他人に少し傷つけられたからといって、心を閉ざしてしまう弱い者であってはいけない」

「心を閉ざす? わたしが?」

「お前は今、自分がまた傷つくことを恐れ、心を閉ざしてしまっている。そうであろう」

「そんなことは――」

「わかっておらんのだな、自分の状態が。今、お前はクラスに仲の良い友達はいるのか」

「……」

 茉理は虚をつかれた。

 足ががくがくと震える。

 彼女の様子をみて、女王様は哀れむようなまなざしを向けた。

「お前に近寄って心を開こうとしている人を、お前は拒絶してはいないか?」

(そうだ、わたし――)

 あの一件以来、茉理はクラスメイトとは一線を引くようにしていた。

 特に奈々には警戒し、どんなに話しかけてきても調子の良いことだと相手にしていなかった。

「認めるか? お前の弱さを」

 女王様の声に、茉理は目を閉じる。

(そう、わたしはみんなから心を閉ざしていた。だって……)

 生徒会長に目をつけられただけで、みんなの態度が豹変したのだ。

 昨日まで明るく接していたくせに、一瞬で手のひらを返されてしまったから。

 そのあと会長によって彼女候補に押し上げられて、またみんなの態度が変ってしまった。

 茉理の側に寄ってきて、話しかけてくれる。

 でもそれは茉理が帝の彼女になる可能性があるからにすぎないからだと、ころころ変るその態度に、心底嫌気がさしていた。

(わかってるんだ。みんなだってどうしようもないんだってことは)

 自分だって逆の立場だったらそうなってしまったかもしれない。

 そのことを茉理は薄々感じていた。

 でもみんなを裁く立場にはないのだと思いながらも、やはり心は許せなくて――。

(壁を作っていたのは、わたしだ。誰も本気でわたしのことなんて思ってくれていないとすねてしまっていた)

 茉理は静かに目を開く。

(このままではいけない……よね)

 閉じた心の扉を開く努力をしないといけない。

 茉理は、真っ直ぐに女王様を見つめた。

「はい、認めます。わたしは傷つくのが怖くて、みんなをどこかで拒絶していた。弱い人間でした」

「そうか。ではどうする?」

 女王様はにっこり笑って問う。

「もちろん、少しずつでも心を開きます」

 茉理の明朗な答えに、法廷は割れんばかりの拍手が巻き起こった。

(え……?)

 王様も女王様も陪審員も、奈々までもが拍手をしてくれている。

 驚きで頬を高揚させる茉理に、白うざぎが近寄ってきて手を差し出した。

 うさぎはにやっと笑うと、茉理の手に何かを持たせる。

(……このうさぎ、いつのまに黒眼鏡を?)

 茉理は、グラサンどっから出したんだろう、と思わずうさぎを見つめてしまう。

 うさぎはにやりと笑うと、どこかで聞いたような声でささやいた。

「おめでとう、後野茉理。合格だ」

「え?」

 うさぎは茉理の手に何かを握らせ、ピョンと跳ねて消えてしまう。

 それと同時に、まわりの景色も変化した。

 ぐるぐると回りだし、次第に形を変えていく。

 トランプたちも、被告席も法廷も、何もかもがぐるぐると回りだし、そしてゆっくりと元に戻った。

(あ、ここ…… )

 茉理は、ぼんやりと辺りを見回す。

 そこはまぎれもなく視聴覚室。

 教壇の上には大きなスクリーンがあり、長い机が規則正しく並んでいる。

 その中央に茉理は立っていた。

 横に気配を感じ、そちらを見ると、美奈子と響子もいた。

 美奈子はどこか遠くを見るような目で、まだスクリーンを凝視している。

(まだあの不思議な国の幻影の中にいるのかな)

 彼女の焦点の合っていない瞳を見て、茉理はそう思った。

 そして響子は――。

 響子はその場に膝を付き、項垂れて泣いていた。

「そんな……そんなの……このわたしが……」

 悲鳴にも似た嗚咽の声が、視聴覚室に響く。

「終わったようね」

 響子を見ていた茉理は、美奈子の声でビクっとした。

 どうやら美奈子も試験をクリアしたらしい。

 目にはいつもの光が戻っていた。

 彼女は響子にどこか同情的な目線を向けると、さっさと視聴覚室を出て行く。

 茉理は手のひらにウサギが握らせた物を見て、あっと小さく声をあげる。

「これ……鍵」

 錆色ににぶく光る鍵。

 なんだがわからないが、どうやら自分はクリア出来たようだ。

 でも響子は――。

 身も蓋もなく泣き続ける彼女に、何と声をかけたらいいのだろう。

 茉理は何も言えず、沈黙してしまった。

 裁判の法廷で響子が何を言われたのかはわからない。

 でもなんとなく茉理はあの誇り高い生徒会長と会長至上主義らしい生徒会メンバー達が、彼女を認めるなんてありえないだろうと思えてしょうがなかった。

(会長の権力を使ってお兄ちゃんと結ばれようなんて、打算的な作戦じゃあねえ)

 彼女なりに一生懸命だったのはわかるから、こうして泣いてるのを見るのは心痛いものがある。

 あるけれど、でも――。

 茉理は静かに響子に背を向ける。

(選ばれるのは、ただ一人……)

 そして自分は、その一人を目指しているのだ。

 ここで立ち止まって、響子を慰めて一緒に泣いてあげることは出来ない。

 心を定め、茉理は歩き出す。

 ドアを開け、視聴覚室を静かに出て行った。

 悔し涙を流す響子をあとに残して――。

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