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魔法使いの生徒会(私立クリスティ学園 魔法使いの生徒会編1)  作者: 月森琴美


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49

 次の日。

 茉理は登校するや否や、奈々につかまった。

「ちょっと、茉理、聞いたわよ、すごいじゃん」

 彼女は興奮しながら、いろいろと話しかけてくる。

 すでに昨日の一件は、校内のうわさとなっていた。

 それもかなりすごいもので――帝が茉理を助けたこと、雅人を攻撃したことが様々な憶測と共に飛び交っていた。

「でもほんと、びっくりだなあ。帝先輩って茉理のこと、あんなに好きだったなんて」

「違うって、そういうんじゃなくて」

「何が違うのよ。今まで自分の一番側にいた雅人先輩を攻撃してまで、あんたのこと守ったのよ。もう少し自覚しないとね」

 嫌い嫌いも好きのうちっていうけど、ほんとよね、と勝手に納得している奈々に、茉理はうんざりする。

 説明する気力も削がれるというものだ。

(もういいや、どうでも。勝手に思いたいように思ってれば)

 イベントがんばるしかないね、茉理、ファイト! などとかけ声をかけられたが、茉理は返事を返さずに自分の席に座った。

(それより考えないといけないことが、いっぱいあるし)

 授業の準備をしながら、彼女の心の中をいろんな思いが飛び交う。

 昨日、家に帰ってから、いろいろ考えた。

 自分が出来ること――いや、したいこと。

 運命に流されるままではなく、今度こそ自分の意志で動く。

 眠る前にすっかり決心がつき、心はやっと落ち着いた。

(今日からさっそく行動開始よね)

 茉理は授業を受けながら、ひたすら昼休みを待った。




 昼休み。

「なんですの? わたしに話って」

 茉理は1年E組におもむき、早川響子に声をかける。

 響子は思いっきり嫌な顔をしながら、茉理について校庭に出た。

 校庭の隅っこにある花壇の前で、茉理は響子と向き合う。

「早川さんに聞きたいことがあるんだけど」

「何よ、わたし、忙しいから早く言ってくださいな」

 いらいらしている響子を、茉理はじっと睨んだ。

「あのね、早川さんはどうして会長の彼女になりたいわけ?」

「そんなの、いちいちあなたに教える必要はないでしょ」

「でも、知りたいんだけど……わたしに教えられない深い事情でもあるの?」

 茉理は、響子の怒鳴り声にもひるむことなく問い詰める。

「わたしはお兄ちゃんのこと好きで、それでこの学校に転校までして来たの。そしたらいつのまにかお兄ちゃんはわたしのことなんか忘れてて、早川さんとラブラブになってた。わたし、すごくショックだったよ」

 響子は勝ち誇った顔を茉理に向ける。

「あら、そう。まああなたみたいな何のとりえもない子なんて、忘れられて当然でしょうよ。まったく身の程を知りなさいよね。お兄様はもう名門魔族の子息。あなたとは立場が違うのよ」

「そうかもしれないけど、でもわたしは聞く権利ぐらいあると思うわ。早川さんはお兄ちゃん――早川先輩のことが好きなんでしょ。じゃ、どうして会長の彼女になんてなりたいのよ」

「……何よ、あなたにわたしの気持ちなんてわかるわけないじゃない!」

 突然響子は激昂する。

 茉理は目をまたたかせ、口調を変えた彼女を見つめた。

「これはね、お兄様のためでもあるのよ」

「え? お兄ちゃんの為?」

「そうよ。わたしとお兄様が結ばれるためには、どうしても魔族の頂点に立つ必要があるの」

(どうしてそうなるの?)

 茉理は、わけが全然わからなくて首をひねる。

「わたしはお兄様を心から愛しているわ。将来は当然結婚だって考えてた」

「結婚って……ご両親が再婚したから、お兄ちゃんと早川さんは本当の兄妹になったわけで、結婚は無理でしょ、いくらなんでも」

 驚く茉理に響子は微笑む。

「兄妹だから好きになってはいけないなんて、あんまりだわ! でもその点は大丈夫なのよ。だってお兄様とわたしの間には厳密にいえば血のつながりはないんですもの」

「え?」

「にぶいわねえ、お兄様とわたしは父も母も厳密に言えば違うのよ。お兄様はお父様が再婚したあの女の連れ子。わたしはお父様と亡くなったお母様の娘。元々は血のつながりも何にもない他人なのよ。お兄様が、お兄様自身の本当の父親の籍に戻って改姓すれば、すぐに他人同士――結婚も可能ってわけ」

(あ……そっか)

 茉理はややこしい話をなんとか理解した。

「でも、だったらなんで会長と? そのままでもお兄ちゃんとは結婚できるじゃない」

「何故か両親が大反対なのよ」

 響子は腹立たしげに叫ぶ。

「得にあの女! わたしの義理の母親だなんて冗談じゃないわ。わたしの心が決まっているのを知って、あの人はまた離婚しようとさえしたのよ。わたしとお兄様を引き離すために」

(あの女って、お兄ちゃんの本当のお母さんのことか)

 茉理は、少し気弱そうだが、ふんわりと優しい雰囲気の明人の母を思い出した。

「あげくにお父様にまで意見して――今までお父様は、わたしの言うことならなんでも聞いてくれたわ。でもお兄様のことだけは、あの女の告げ口を信じて頑なに反対するの。お兄様とわたしを別々な学校に進学させようとしたり、愛し合うわたしたちを引き離す作戦を容赦なく立てて、わたしとお兄様はそれはそれは辛い思いをしたのよ。でも互いに心は結ばれていたから、そんな卑怯な手段ではわたしたちを引き裂くことは出来なかったけど」

(なんか雅人先輩よりも、早川さんの方がヒロインぶってるみたいだなあ)

 茉理は、彼女の熱烈な告白にだんだんうざったくなってきた。

「でもそれで、どうして会長の彼女なんかに?」

 首をかしげる茉理に、響子は見下した瞳を向ける。

「あなたのような小動物並の頭では、到底理解出来ないでしょうよ。このわたしの立てた華麗なる作戦はね」

「なっ」

 茉理はいきなりけなされて、むっとした。

「誰が小動物よ。一応わたしだってここの編入試験、合格して入ってんだからね。学年一の天才だかなんだが知らないけど、あんたに馬鹿にされる筋合いはないわ」

「あーら、じゃ、こないだの数学の抜き打ちテスト、一体何点でしたの? 英語の小テストは?」

「そっ……それは」

 茉理はぐっと詰まる。

 実は両方とも、おせじにも良い点数とは言えなかったのだ。

「ほほほほ、そんなんでよく生意気な口が聞けますわね。悔しかったら一つでもわたしより良い成績を取ってみたらいかが? そしたら小動物から幼稚園児レベルに格上げしてあげますわよ」

「い、いいじゃない! そんなのどうでも」

 茉理は食い下がる。

「話をそらさないでよ、わたしの成績なんて、今はどうでもいいでしょ」

「ふふっ、じゃ、小動物さんにもよくわかるようにご説明いたしますわ。わたしの立てた完璧な計画。それは帝様のお心をつかみ、魔族の頂点に立ち、すべての魔族を足元にひれ伏させることですの。そうすればもう誰もわたしのやることに反対は出来ない。そうでしょ」

「……」

「お父様もお母様もね、帝様とクリスティには逆らえないわ。わたしがまず帝様と結婚し、クリスティ家のすべての権力を手にした女王になる。そしてその暁にはお兄様をわたしの側にお呼びし、いつまでも一緒に過ごすんですの。これでお兄様とわたしを引き離す勇気ある者なんていませんわ。どう? わたしの計画は完璧でしょ」

(……なんか、ほんとにこの人、天才少女なの?)

 茉理は、あまりな計画にあきれ果てて物が言えなかった。

 それでもこのまま、はい、そうですか、というわけにはいかない。

「あの、さ。早川さん」

 茉理はやっと声を絞り出す。

「その計画って、本当に成功すると思うわけ?」

「ええ。わたしとお兄様の間に立ちふさがるどんな障害も、わたしは乗り越えてみせる。お兄様とわたしの愛は永遠に不滅よ」

「いやそうじゃなくて――そもそもそうなって会長と結婚したとして、お兄ちゃんはどうなるのよ。まさか愛人? ヒモ?」

「ほほほ、わたしとお兄様は真実の愛によって結ばれているのよ。結婚なんて形式にとらわれはしないわ」

「はあ……」

「そうよ。わたしが人妻でもお兄様の愛は変わらない。だからたとえ愛人だろうと、ヒモだろうとかまわないのよ。そんなの愛があれば大丈夫」

 茉理は、思わず頭を抱えて花壇の中に突っ伏したくなった。

(悪いけど、天才の考えてることに、わたしはついていけないわ)

 素晴らしき将来設計に酔いまくっている響子を見ながら、茉理はため息をついた。

 もう、何を言う気も失せる。

 自分がお兄ちゃんに失恋決定だということは、かなり受け入れがたく辛いものがあった。

 でも今、お兄ちゃんが好きなのが本当に彼女なら――。

 一晩泣いた。

 今だって心の奥では、理不尽だって思いが渦巻いてる。

(もしお兄ちゃんが記憶を失くさなかったら、きっとお兄ちゃんの隣にいたのはわたしだよね)

 でも現実はそうではなく、今の自分はお兄ちゃんにとって頭が痛くなるほどやっかいな存在だ。

 この間、遊園地で再会したとき、明人がはっきり響子を好きだと茉理の目の前で言っていたではないか。

(もうお兄ちゃんにとって、わたしは……)

 散々泣いて、布団をかぶって思いっきりぐちゃぐちゃな感情をさらけ出して。

 そして朝、気分が大分落ち着き、本当にしたいことが見えてくる。

 自分に出来そうな事が見つかって、茉理はやっと落ち着いた。

(しかたないよ。お兄ちゃんには幸せになってもらいたいし)

 そう考えれば考えるほど、響子の行動は矛盾だらけで、どうしても確かめずにはいられなかった。

 何故明人を好きなのに、帝の彼女になりたいのか。

 そして聞いてみた結果がこれ。

 自分の心を押さえ、身を退こうなんて思ってたのに、お兄ちゃんの将来は愛人かヒモだなんて最悪だ。

(どうしてこんな人が好きなのかなあ、お兄ちゃん)

 茉理は胸がぎゅっと痛くなる。

 自分のことはすべて忘れてしまい、ひたすら響子を慕っている初恋の人。

(やだ……また泣きたくなっちゃうよ)

 茉理はこみ上げてくる涙をかろうじて押さえ、人差し指を突き出して響子に叫んだ。

「早川さんの考えはよくわかった。わたしも一つ、言わせてもらうわ」

「何よ」

 茉理の真剣な目線に、早川響子は困惑する。

「わたし、あなたなんかに絶対に負けない。全力でイベントを戦い抜くことを宣言するわ」

 そう叫ぶと、茉理は早川響子に背を向け、さっさと校舎に駆け戻った。

 今まで全然イベントに興味なさげだった彼女の突然の宣戦布告。

 響子はあっけに取られて、茉理の去っていく後姿を見送った。




 校舎の階段を上りながら、茉理は腕時計を見る。

(まだ少し時間があるわね。次、行こうっと)

 そのまま一気に三階に駆け上がった。

 三階は、二年の教室が並んでいる。

(みつかりませんように)

 帝のいるA組の廊下をどきどきしながら通り過ぎ、E組まで早足で歩く。

 E組を覗くと、お昼を済ませた上級生たちが、あちこちで雑談していた。

 でも女子が固まっておしゃべりしている輪の中に、美奈子はいない。

(円城寺先輩は――あ、いた)

 茉理は教室の窓辺で一人、小説を読んでいる美奈子を見つけた。

 あいかわらずのお嬢様みたいな仕草。

 でもそれがとても似合っていて、思わず緊張してしまう。

(声……かけにくいな、どうしよう)

 そう思ってためらっていると――。

「あら? あなた、確か」

 教室のドアの側にいた女生徒が、茉理を見つけて声をあげた。

「あ、あの、その、円城寺先輩を呼んでもらえませんか」

 茉理は勇気を出して頼み込む。

 女生徒はわざと大きな声をあげ、美奈子を呼んだ。

 小説を手にやってきた彼女は、茉理を見て、いかにも迷惑そうな顔をする。

「何かしら」

 さらりとロングの髪をかきあげ、大人っぽい口調で言う美奈子。

 茉理はこないだ彼女の家に連れていかれたことを思い出した。

(そうだった、円城寺先輩、学校ではお嬢様っぽく見えるように、気をつかっているんだっけ)

 茉理は少しもじもじしながら、あの、お話したいことがあるんですけど、とつぶやく。

 美奈子は目を細め、すっと廊下に出た。

「いいわよ、行きましょう」

 クールな美奈子の姿に、クラスの女子たちから熱い視線がかかる。

「美奈子、がんばれ」

「そんな生意気な一年なんて相手にしなくてもいいのに、優しいんだから、美奈子は」

 みんなの声を気持ちよく受けながら、美奈子は茉理と屋上に上がっていった。



(うーっ、やっぱり話しにくいなあ)

 茉理は屋上でどう切り出そうかと思い迷っていた。

 早川響子よりも話しにくい。

 もちろん年上だということもあったが、それ以上に美奈子の気持ちが真剣で本気だということをよくわかっていたからだ。

(円城寺先輩の気持ちには、わたしなんてきっと負けちゃうな)

 帝への想い。

 一年という期限付きの彼女だった美奈子だが、その以前からずっと帝のことが好きだった。

 そして今、帝の彼女期間が終わろうとしているこの時でさえ、彼女は帝を想っている。

 自分の帝に対する思いとは、比べものにならないほど熱い感情。

 でも――。

 茉理は目を閉じ、昨日のことを思い浮かべた。

 美奈子を受け止めた帝のあの瞳。

 彼女なんて帝にとっては別にどうでもいい存在だと、わかってしまったあの瞬間。

 茉理は、そういう風にしか思えない帝に胸が痛くなり、本気なのに受け止めてもらってない美奈子にも同情した。

(このままでいいわけないよ)

 余計なおせっかいだとわかってる。

 だが知ってしまったこの状態で、見て見ぬふりはどうしても出来ない。

 そうは思うのだが、実際言わなければいけない言葉は、本人を目の前にするとなかなか出てこなくて――茉理は無言で立ち尽くしてしまった。

 何も言わない彼女を、美奈子は軽く睨みつける。

「人を呼び出しといて、その態度は何? 用件はさっさと言ってちょうだい」

「あの、その……」

 茉理は必死に言葉をつむぐ。

「昨日、帝様に助けられたからって、いい気にならないことね。帝様って本当は誰にでもお優しいのよ。そうは見えないみたいだけど、わたしは知ってるわ、帝様のすべてを」

 勝ち誇ったように叫ぶ美奈子に、茉理の気持ちが高揚する。

(違う! 違うよ、円城寺先輩……)

 わかってないのは美奈子の方だ。

 いや、もしかしたらわかってて気付かない振りをしている可能性もある。

「校内で死人が出たら、理事であるクリスティ家の名にも傷がつくわ。まったく何にもわかってない人ね。今度、帝様をわずらわせたら、わたしが承知しないわよ」

 話がないなら、わたしは行くわ、と気分を害したように、美奈子は踵を返す。

「あ、待ってください」

 茉理はあわてて引き止めた。

 美奈子をせっかく呼び出せたのに、何も言えなかったら意味がない。

 茉理はこぶしをぐっと握り締め、きっと顔をあげる。

「円城寺先輩、わたし、先輩は会長のこと、何もわかっていないと思います」

「なんですって」

 思いがけない言葉を言われ、美奈子は身を震わせた。

「よくもそんなことを。あんたなんかに何がわかるっていうのよ」

 そう叫ぶなり、彼女は茉理の前につかつかと歩み寄ると、片手を振り上げる。

 バシッと大きな音がし、茉理の右頬は真っ赤になった。

 頬を押さえて、茉理はじっと美奈子を見つめる。

 怒りながら美奈子は涙をこぼしていた。

「あんたなんかにそんなこと言われたくない! わたしは帝様をずっと見てきたのよ。初等部の頃からずっと――突然先月入ってきて、資格もないのに気まぐれでエントリーされたあなたなんかに、そんなこと言われる筋合いはないわ」

「生意気に聞こえることは、わたしにもわかってます。でも円城寺先輩が本気で好きなのに、会長、全然こたえようとしてないじゃないですか」

「帝様は、いつもわたしに優しくしてくださってるわ。わたし、帝様と過ごす時間が最高に幸せなの。満足しているわ」

(じゃ、どうしてそんな風に悲しそうな声を出すの? どうしてそんなに泣いているの?)

 茉理は美奈子をじっと見る。

 無理をしている様子が、とても痛々しい。

 やっぱりこれは何かが違う、そう茉理は心の中で思った。

 そして挑むように強い口調で、きっぱり宣言する。

「わたし、決めました。今度のイベント、絶対にがんばって勝ち抜きます。もちろん円城寺先輩と早川さんは魔力があるし、わたしにはないから、勝ち目なんてほとんどないと思うんですけど」

「……」

「でも、あきらめないことにしましたから、わたし」

 茉理は綺麗な瞳をあげて、真っ直ぐに美奈子を見た。

 彼女の真摯なまなざしに、美奈子は何も言えなくなる。

「それだけ先輩に言いたかったんです。生意気言ってごめんなさい」

 ぺこっと頭を下げると、茉理は脱兎のごとく駆け出して、屋上から教室へ降りていった。



 今日やりたいことの半分は達成出来た。

 茉理は教室に入って、ほっと一息つく。

 すぐに先生が来て、五時間目が始まる。

 でも彼女はこのあとやろうと思うことを考えて、授業などまったく耳に入らなかった。

(でも……一つ問題があるな。放課後、誰に声をかけたらいいんだろう)

 生徒会メンバーを思い浮かべながら、茉理は迷う。

(遠野君はこないだからずっとお休みだっていうし、まさか会長には声なんてかけれないし。森崎先輩もちょっと怖いな。雅人先輩にいたっては、もう顔も見たくないし)

 やっぱり残るは一人しかいない。

 あのくせものぞろいの生徒会の中で、まあ普通そうな人。

(ていうか、かなりパシリにされてるよね、あの先輩。気の毒といえば気の毒かも)

 茉理は、あとで会おうと心に決めた彼のことを思い浮かべ、少し笑ってしまう。

(一人ぐらいはああいう人がいないと、生徒会運営なんてやってられないだろうけど)

 そんなことを考えながら、茉理はひたすら放課後になるのを待った。



 放課後。

 二年の教室に行ってみたが、英司はすでにいなかった。

 茉理はちょっとがっかりする。

(どうしようかな。他に話して、まともに取り合ってくれそうな人、いないし)

 計画中止にするしかないと、茉理はとぼとぼ階下に下りる。

 すると、なんと英司が機嫌よく鼻歌を歌いながら、階段を上がってくるではないか。

「や、山下先輩っ」

 茉理は咄嗟にがしっと英司の腕をつかんだ。

「うわっ、あ、後野さん?」

 英司は突然のことに目を瞬かせる。

「どうしたの? いきなり」

「え……あ、あの、ごめんなさいっ」

 茉理はしっかり捕まえていた手を離して、顔を真っ赤にした。

 ぺこぺこ頭を下げる彼女に、英司は優しい瞳を向ける。

「何か俺に話でも? じゃ、階段じゃなんだし、あそこにいこっか」

 彼はそう言って、茉理の前に立ってさっさと歩く。

(あそこって、どこだろ?)

 首をかしげながら、茉理は英司のあとについていった。



 二人が向かったのは、特館の裏庭。

 いつものことながら見事な薔薇が咲き誇り、庭を華やかに彩る。

(あっ!)

 庭に一歩足を踏み入れ、茉理は硬直した。

(嘘……ここは)

 彼女の脳裏に、別次元でのことがよみがえる。

(ここ、知ってる。そうだ、あそこだわ)

 何故今まで気付かなかったのか。

 茉理は横に立つ特館の建物を見上げた。

 古びてあちこちにつたのからみついた洋館だったが、間違いなくあの建物だ。

 この庭も、白いベンチも――。

(フランソワさんが作り上げた幻想の館だ)

 自分は彼に囚われ、薔薇でいっぱいの館に連れてこられた。

 ここと同じ洋館、そして同じ庭園。

 白いベンチには、せつなげなまなざしでフランソワが座っていたのだ。

 茉理の胸がぎゅっと締め付けられる。

 魅惑的な瞳の魔力は、いまだに彼女の心に影響力を与えているのか――忘れたくても忘れられない。

「どうしたの? 後野さん」

 英司が不思議そうに彼女を見た。

 その声に茉理は我に返り、いいえ、とつぶやいてベンチに座る。

(ここはわたしの世界。あの別次元じゃないわ)

 ふうっと深呼吸。

 横にいるのはフランソワではなく、山下英司だ。

 彼の存在を感じ、茉理は少し落ち着く。

「あの、ちょっとお聞きしたいことがあるんですけど」

「改まって何?」

 英司は茉理の決意あらたかな顔に、首をかしげた。

「イベントのことなんですけど……」

「イベント? ああ、それなら五日後にやるって、朝、生徒会メンバー全員一致で決まったよ」

「へっ?」

 思いもかけないことを言われ、茉理は目が点になる。

「五日後? 随分早いですね」

「うん。本当は月末を予定してたんだけど、今回は候補者同士の揉め事が多いしね。ほら、後野さんだって異次元まで飛ばされたじゃないか。これ以上何か起こる前に、いっそ早く決定しようって会議で決めたんだ。みんなにはあとで掲示板にお知らせを貼る予定だよ」

 無邪気な笑顔で説明されて、茉理は、そうですか、と答えるしかなかった。

「で、イベントがどうかした?」

 英司が心配そうな声で問いかける。

「もしかして、今から棄権したいとか言うの?」

「いえ、そうじゃなくて」

 茉理は深呼吸して心の準備をした。

「イベントの内容についてお聞きしたいんです。具体的にはどんなことをやるのかなって」

「それは後野さんが帝の彼女の座を目指してがんばるって意味にとってもいのかな」

「……」

 茉理は何も答えなかったが、英司はそれを肯定の返事だと思い、軽く笑む。

「ちょっと聞いたよ。早川さんと円城寺さんに宣戦布告したんだって?」

「あ……はい」

「俺としては嬉しいけどね。後野さんがやる気になってくれて」

 英司は、本当に嬉しそうな顔をした。

「帝のこと、少しは見直してくれたってことだろう? 良かった」

 茉理は、また何も答えられなかった。

 少し違うような気もするし、まあ確かに最初の時よりは少しは気になる度数が増えたことは事実である。

 にこっと微笑むと、英司は説明を始める。

「イベントは簡単に言うとね、この特館で行われるんだ。特館に特別教室があるのは知ってるね」

「はい。まだ授業で使ったことはないんですけど」

「書庫には入ったろ? 直樹先輩の館内説明は聞いたと思うけど、ここは少し特殊な館でね。魔法がかかってるんだ。各特別教室にはそれぞれ鍵がかかっていて、鍵を持った人がいないと教室もドアも出現しないんだよ。だから鍵なしで特館に入っても、ずっと玄関から長い廊下が果てしなく続くだけで、どこにも入れないようになってるんだ」

「そうなんですか」

 茉理は想像しながら驚いてしまう。

 確かに以前斎と入ったとき、建物の幅よりあきらかに長い廊下をてくてく歩いて書庫に着いた。

 あのときは斎が書庫の鍵を持っていたのだ。

(だからドアが出現したのね。そうじゃなかったら、あの長い廊下をずうっと歩き続けないといけないのかあ)

 茉理は合点がいき、考えるのをやめて英司の方を見た。

「で、その仕組みを利用してイベントを行う。僕達生徒会メンバーのうち四人が格特別教室――理科室・音楽室・視聴覚室・技術室を一つずつ受け持って、そこに自分の魔力やいろんな仕掛けを入れた障害トラップを置くんだ。要するに候補者たちのことを試験させてもらうってことなんだけど」

「四つの教室で、それぞれ担当する人が作った課題をクリアするっていうことですね」

「そう。クリア出来た人には担当者が次の教室の鍵を渡す。そしたらその人は次に進めるわけ。もし出来なかったら、そこで失格さ」

「むずかしそうですね」

 茉理は考え込んだ。

 当然、試されるということは魔力の資質が試されるってことだろう。

 きっと魔法が使えないと、クリア出来ないものばかりなのかもしれない。

(わたしには圧倒的に不利だわ。怪獣でも出されちゃったら倒しようがないもん)

 はああっとため息が漏れる。

「ま、そこまで深刻に考えなくても……命の危険があるときは、必ず誰かが助けにくるから」

(それって、あんまり嬉しくないわね)

 茉理は更にどんよりと落ち込んでしまった。

 英司はあせって必死に言葉を捜す。

「ま、まあ、そんなにむずかしくないってば。大体雅人先輩とかは、けっこうお茶目な課題を出して、みんなを和ませようとかするし」

(まともな課題、あの先輩が出しそうもないわね)

「直樹先輩だって、去年は数学の練習問題を解くっていう、とっても簡単な物だったし」

 どよーん。

 茉理は数学と聞いて、更に落ち込んだ。

(あちゃーっ、魔力がないってだけじゃなくて、成績の方も自信ないのかあ、まいったなあ)

 頭をかきかき、彼女を更に落ち込ませてしまったようで、英司は困ってしまう。

「と、とにかく、そうやって四つの教室を全部クリアしたら、最後に最上階の生徒会室に上がることが出来るようになるんだ」

「で、一番についた人が、会長の彼女ってことですね」

「そういうこと」

 英司は軽くうなずいた。

「生徒会室には帝が待ってる。盛大な歓迎を受けると思うよ。一年間、帝はそれこそ全力で、その彼女とお付き合いするだろうからね」

(全力で付き合うって――義務だから、必死に好きになる振りをするっていうこと……)

 茉理はぎゅっと両手で膝を握り締める。

(そんなことさせたくないよ、会長には)

 そして、その相手になる女の子にも。

(一年間だけの恋人の振り。期限付きのおままごとなんて終わったらむなしいだけじゃない、両方とも)

「あの、それで彼女になったら、会長はなんでもその人の言うことを聞いてくれるって言ってたんですけど」

 茉理の質問に、うーんと英司は考え込んだ。

「ま、大抵はおねだりしたら聞いてくれると思うよ。やっぱり自分の好きな子のお願いって、かなえてあげたいじゃん」

「そう――ですよね。じゃ、なんでも聞いてくれちゃうんですよね」

 ここが肝心。

 茉理はしっかりと確認する。

「何? 後野さん、帝に頼みたいことでもあるの?」

「……まあ、あるといえばあるんですけど」

 茉理の答えに英司はにこっと笑って、彼女の背中をばしっと叩いた。

「じゃ、がんばりなよ。俺、応援してるから」

「ありがとうございます」

 茉理は笑むと、あ、と小さく口の中でつぶやく。

「もう一つ、あの、遠野君が来てないんですけど」

「あー、斎? 実はまた魔力を使い果たして消えちゃってね」

 英司がもごもご返事を返す。

「わたしと一緒にハーブ園に行ったんですけど、それからもしかして何かあったんですか」

 心配そうな茉理の声に、英司はあわてて両手を振った。

「違うよ、そんな深刻にならないで。ま、あったと言えばあったんだけど、君が気にすることじゃない」

「とーっても気になるんですけど」

 頬を膨らませ、横目で見られて、英司は思いっきりため息をつく。

「しょうがないなあ。明日には斎が登校してくるから、そのとき本人から聞けばいいと思ったんだけど――早川さんが後野さんを異次元にぶっ飛ばしたろ? それで斎が怒って、早川さんとやりあっちゃったんだ。別に早川さん自体を傷つけたわけじゃないけど、魔術のぶつかり合いをしたから、魔力をつかっちゃってね。また見えなくなっただけのことさ」

「そうだったんですか」

「斎にとっちゃ後野さんは救世主みたいなもんだからね。大事に思ってるし、そんな人を突然消されちゃったら、怒りたくもなるよ。心配しなくても明日には登校出来るから、大丈夫」

「きゅっ、救世主って……」

 茉理は思いがけないことを言われ、顔が赤くなる。

「斎の言葉を初めて受け取ってくれた人じゃん、後野さんは。それまではどんなに心で叫んでも届かなかったのに――あれで斎の世界が外の誰かとつながることが出来るようになったんだ。本人は、きっととても後野さんに感謝してると思う」

「そ、そんな……あれは偶然で、わたしは何にもしてないし」

 下を向いて照れる茉理に、英司はくすっと笑った。

「明日来るから声かけてやってよ。後野さんが帰ってきたの知ったら、すごく喜ぶと思うから」

「はい、そうします」

 心配そうな顔に色が戻ったのを見て、英司は内心ほっとする。

(説明はこのくらいでいいよね)

 ゴタゴタした内容は、彼女の耳に入れなくても良いだろう。

 斎本人もそんなことは望まないだろうし。

 響子の嘆願のせいではないが、やはり人の精神をそのまま閉じ込めておくのはまずかったので、魔力を取り戻しつつある状態の斎を説得し、明人の意識をすぐさま開放させたのだ。

 斎自身はかなり怒っていて、茉理が戻ってくるまで捕らえておく、と息巻いていたが、帝が生徒会とクリスティ一族の総力をあげて彼女を捜索する、と確約し、やっと納得させたという。

(やれやれ、斎君も普段はおとなしそうなんだけど、怒らせたらけっこうやっかいそうだ。僕も気をつけないとね)

 そんなことを考えながら、茉理の目の前にいる英司はふふっと口元に笑みを漏らした。

 聞きたいことは全部聞けたので、茉理は立ち上がる。

「もう行く?」

「はい」

「そっか」

 俺はもう少しここにいるよ、と英司は笑った。

 茉理は改めてぺこっと頭を下げる。

「あの……一応お礼を言っときます。いろいろありがとうございました」

「っていうか、俺、何もしてないと思うんだけど」

 怪訝そうな英司の声に、茉理は彼の顔をはったと見つめる。

「わたしがいないときには、わたしのかわりをしてくれたし、昨日は突き飛ばして驚かせちゃったし、それで会長から電撃くらっちゃったし、ほんと、すみませんでした」

「……」

 英司の目が険しくなった。

 ふっと口元が優雅に微笑む。

「参ったなあ、気付いてたんだ?」

 指をパチンと鳴らし、英司の姿が歪んだ。

 金髪に縁取られた丹精な美貌が現れる。

「やれやれ、お見通しとはね。完璧だと思ったのに――ね、茉理姫。僕の変身にどこで気付いたんだい?」

 薔薇の花を取り出して、ポーズを決めつつ雅人は苦笑する。

「さっき階段で、先輩の腕を捕まえたとき――」

 茉理は俯き、ぼそぼそと答える。

「昨日と同じ、薔薇の香りがしたから……」

「そっか。これは失敬。僕のミスだね」

 雅人は薔薇の花を口元にあてながら、自嘲気味につぶやいた。

「あーあ、まだまだ僕も未熟者だね。英司のことは言えないや」

 そして彼は目線をあげ、優しい笑みを末理に向ける。

「かんばって、帝の彼女になるんだよ、茉理姫」

「……」

「応援してるってのは本当さ。僕はね、帝には絶対君が必要だと思うんだ」

 茉理は何も答えられなくなった。

 自分を見つめる雅人の視線は、いつもの軽薄そうなものとはあきらかに違っていたから――。

 少し間を置いて、茉理は思った事を口にする。

「雅人先輩って会長のこと、本当に大切に思ってるんですね」

「まあね」

「あの、でも英司先輩を泣かせちゃ駄目ですよ。いくら会長が大事だって、英司先輩も大切にしてあげないと」

 予想もしなかった茉理の言葉に、雅人はえ? と鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

「だって英司先輩と付き合ってるんでしょ? わたし、そういうのよく理解出来ないけど、本人同士の問題だし」

「あ……はははっ、そうだね」

 雅人は乾いた笑いを漏らす。

(まーだ、誤解してるんだ。ま、いいか、面白いから)

 心の中でそう思う。

 誤解させておくのも、また一興。

「じゃ、失礼しました」

 茉理は勢い良く頭を下げると、庭園から出て行った。

 その後姿を見送って、雅人は満足そうに微笑む。

(五日後が楽しみだよ。ね、帝)

 一体誰が勝利の女神となるのか。

 そしてイベントを終えた先の未来はいかに。

 去年と違う新しい存在の予感に、雅人は心が躍動するのを感じていた。

*注:作中の響子のはちゃめちゃ自分本位な未来設計の発言は、スルー奨励でお願いします。(現実考えたら、どう見ても実現不可能なものもありますし)そして一つ付け加えさせていただきますと、序盤で直樹が語った響子の家事情と、この章で響子が語る内容に多少ずれが生じているのが、おわかりだと思います。これは意図的なものでして、響子はあくまで明人と血のつながりがないと認識しているために、この発言となりました。(実は半分血はつながってる兄妹なんですが、それを知るのは物語が進んでからなのです)

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