13. ヒロインの魅力
迎えに来てくれたクリスフォード家の馬車は快適だった。
広い車内は振動をほとんど感じさせず、腰掛ける椅子もクッション性のある座り心地が良い極上の物だ。快適さが半端ない。
『流石ヒーローの馬車だわ。馬車さえも他の者の追随を許さないのね』
そんな事を思いながら、フルーリリは外の流れる景色をじっと見ていた。
「フルーリリ嬢、熱心に外を見ていますね。何か面白いものでも見えましたか?」
向かいの席に座ったスヴィンが声をかける。
「私はあまり街へ出たことがないので、もの珍しくてつい…」
そう。私は普段街へ出るような事がない。
わざわざ人混みの中に出るのが億劫に思えてしまうのだ。もともと買い物にはあまり興味はないし、買い物に行かなくても、お店の方から来てくれる。
引きこもり万歳である。
前世の自分を思い出す。
それこそ働き盛りの時は、血を吐く思いで仕事をしてきた。
朝早く起き、念入りに肌を整え接客用の顔を作る。
小さなお店だったので、作り手も自分1人だった。
作る、片付ける、接客する。
今考えると、あり得ない働き方だった。きっと私は前世で、今世分も働いたのだろう。
今世は客に愛想を振るようなことも、必死で働く事もせず生きていくつもりだ。
この世界はたとえ外に出なくとも、深窓令嬢という切り札が使える。堂々と引きこもりが出来るのだ。
――貴族は最高だ。
しかしそんな本音は話せない。世間では、流行に敏感である事も淑女の嗜みとされる。引きこもり万歳の思想は、流石に恥ずかしい。
恥じらいを見せるフルーリリが可憐すぎて、スヴィンの口元が緩む。
流行りの最新を求め、ブティックや宝飾品店に足繁く通う貪欲さを見せない所も、彼女の魅力なのだ。
だからこそ彼女を誘うことが難しいのだが。
スヴィンが『今度街を案内しましょう』と誘おうと口を開いた瞬間、すかさずシェリーがフルーリリに話しかける。
シェリーは、フルーリリに好意を見せる男を、絶妙なタイミングで邪魔する事が楽しくてしょうがない。
シェリーが良い笑顔を見せながら話す。
「ねえ、あの場所。あのご婦人方がたくさん集まっているお店があるでしょう?あそこは今、人気の香水店なのよ。あの辺りはどうかしら?
元々人が集まりやすい場所なら、それほど宣伝しなくても自ずと人が集まってくるんじゃないかしら?」
「まあシェリー、街のお店にも詳しいのね。流石ね。
…ふうん。あそこも候補に入れようかしら?ふふ、楽しみね」
「本当に。開店が楽しみだわ」
楽しげに会話する2人に、スヴィンが話しかけた。
「何かお店でも始めるのですか?」
「ええ。まだ計画段階なのですが…近いうちにシェリーと共同で色々お店を出そうと考えているのです。まず手始めに、ご婦人方向けの美容品の販売を始めようかと思いまして。これはカスティル家の事業ではなくて、私個人の財産で始める、趣味のお店としてですが」
―そう。これは趣味の店だ。
ヒロインが客を次々と攻略する、その生き様を見届けるための店なのだ。
勿論ヒロインにはヒーローとの幸せが待っているものだし、私もそれを願っている。
だがシェリーならばきっと、ヒーローと幸せになりつつも、私の満足度を引き出してくれると確信しているのだ。
フルーリリのにこにこと笑う嬉しそうなその顔に、スヴィンまでもが楽しい浮き立つような気分になる。
「それは凄いですね。シェリー嬢は治癒魔法師でもありますから、効果は保証付きですね。きっとご婦人方に人気のお店になるでしょう。
商品が完成しましたら、ぜひ教えてください。クリスフォード家の皆に使ってもらいたい品になるでしょうから」
シェリーが、『お得意様来た!』とばかりにスヴィンの言葉に食いつく。
「そんな事を言ってもらえるなんて嬉しいわ。『美しい女性を、より美しく』が今回の化粧品のコンセプトなの。クリスフォード家の美貌は必ず守って見せるわよ」
「それは逞しいですね。我が家の皆も喜びます。楽しみに待っていますよ」
楽しげに話すスヴィンとシェリーの姿に、フルーリリは内心驚いていた。
スヴィンはいつもご令嬢方に囲まれていて、いつも笑顔を見せているが、『楽しそう』と思える笑顔ではない。いつでも美しく綺麗で、どこか冷静さを持つ同じ笑顔なのだ。
あのように彼の真の笑顔を引き出すとは…
――シェリー、貴女に完敗よ。貴女ほど人の心を掴む者はいないわ。この冷静な眼鏡男子の心を瞬時に溶かし、血の通った笑顔に導いたのよ。
貴女は完璧なヒロインだわ。
本当に私の10年は報われたのだわ…
嬉しすぎて顔が緩む。
そんなフルーリリをスヴィンが楽しそうに見つめ、シェリーは自分達の店の成功がもたらす莫大な利益にうっとりとする。
皆を幸せな気分にしたまま馬車は公爵家へ向かっていった。
公爵家に到着して馬車を降りると、フレドリックがエスコートに手を差し出した。
その手を借りて、フルーリリは馬車を降りる。続けて降りるシェリーにも彼は手を差し出し、見事なヒーローぶりを見る事となった。
「何だ。みんな楽しそうだな。馬車の中でそんなに楽しい話をしていたのか?」
馬車を降りた皆んなの顔があまりに楽しげに見えて、フレドリックが尋ねた。
「確かに楽しい話でしたよ。フルーリリ嬢とシェリー嬢の話はとても興味深いものでした。馬車の時間だけでも価値あるものでしたよ」
「…それは妬けるな。私が皆を迎えに行けば良かったな」
珍しく拗ねた様子を見せるフレドリック。
少し子供っぽい自慢をするスヴィンと、拗ねるフレドリック。
――それは貴重な瞬間だ。
『凄いわシェリー。フレドリック様の新しい表情を引き出したのも、やはり貴女よ。スヴィン様まで新しい一面を見せているわ。貴女は人の心にスルリと自然に入っていくのね。相変わらず素晴らしいヒロイン力だわ…』
これで主役は揃った。ヒーロー2人とヒロイン、そしてキューピッドの自分。
今こそ自身の役割を全うする時だ。今回の失敗は許されない
フルーリリは気を引き締めて、公爵家の玄関をくぐった。




